01 死亡の経緯
腹が減った…。
作業途中のスケッチブックを閉じた後、近所のスーパーの激安ピーナッツを食べ、激安コーラを飲む。炭酸のお陰なのか程よく腹は膨れ、昼食の儀式は完了した。
最近はそんなにお金に困っているわけでは無いのだが、貧乏生活が長く、長年この食事というか空腹を紛らわす手法で過ごしてきてしまった為、今更変える必要も無い。夕食を若干豪華にすれば、栄養面での帳尻も合ってくれる。
閉じたスケッチブックを見て、ふと思う。俺が絵を描き始めて、どのくらいの時が経ったろう?
…とは言っても、俺の人生これまでずっと絵を描いてました、とかいう話ではない。修行に励んでいる僧侶的な存在ではないのだ。描いている絵も、芸術とかいうレベルの物ではない。流行を追った萌え絵、要は漫画の類だ。
主に描いている内容は、おっぱいだ。
そう、おっぱい。乳房だ。
俺は、おっぱいが大好きだから。
乳房は人類に与えられた最高の宝物だと思っている。
みんなもおっぱい、大好きだよね?
俺がそういうものを描き始めた原因は、インターネットだ。色々と事情があって、インターネットを見るくらいしかやることのなかった俺の前に不意に現れたページが、俺の心をこれでもか!これでもか!と揺さぶったのだ。
驚くくらい沢山いる星の数ほどの先生たちが、その才能を爆発させて、日々萌え絵を投下しまくる様を見ていると、俺も萌え絵を描かなければいけないんじゃないだろうか?という謎の義務感を植え付けられてしまった。
これまで、絵の練習なんていうのをした事は無かったが、紙と鉛筆があればいつでもどこでも出来る。用途が無くなってしまった筆記用具やノートは山ほどあった。練習するだけならどんな物でもいい。
そして、ここからが罠である。描いてみると、自分が思っていたよりも意外と上手に描けるのだ。後々になって見返すと余りの下手さに噴飯ものなのだが、それが最新作な時には全く気が付かない。
それに、気が付いてしまったのだ。俺はおっぱいが好きだ。無論、男なので女性の事は好きだ。だが、それとおっぱいが好きという気持ちは別である。おっぱいを兎に角どんな時でも愛でていたい俺にとって、好き勝手におっぱいを描きまくれる事は、最高の喜びでもあったのだ。
調子に乗った俺は、少ない貯金とオークションサイトを使い、パソコンで絵を描くに当たってどうしても必要なタブレットを買った。中古で5千円しない程度の買い物だが、無職の俺には結構痛い出費。
最初は、普通にかわいい娘を描いてみた。オリジナル…と言っていいのか良くわからないが、ねこ耳少女だ。
念のために説明すると、ねこ耳少女というのは、猫の耳やしっぽが女の子の頭や尻にくっついた、俺たちに愛されるがために生まれてきたような仮想の生命体で、ネットでも長いこと人気がある。人気があるというか、もはや一つのジャンルであると言っても良いだろう。
絵に描いた箱から飛び出してきたような感じにする為に、飛び散ったリボン等も描いてみた。野生の生き物なので全裸にしようと思ったが、ポルノっぽさを低減する為に薄く着衣させ、元気にしっぽを振り上げている。
無論、おっぱいも立派なやつを付けた。猫らしく軟らかそうな二つの双頭を布で包んで隠しながらも周囲に見せつけている。冷静に考えてみると、猫なのだからおっぱいは多数必要なのではないだろうか?とも思ったが、流石にマニアックになりすぎるのでやめた。
「ネコミン村のパイパイですにゃ!みんにゃっ!よろしくにゃあ!」
ニコッ!と笑うねこ耳少女の絵に、ふきだしを描いて付けたセリフである。贔屓目に見ても拙い作品だったのだが、俺が絵を投下した場所が良かったのか、若干の反応があった。
「☆5いいね!将来性を感じます!もっと描いてください!」
「☆4いいね!すこし露出度を上げてもいい気がするけど、大好き!」
「☆5いいね!ペロペロしたいでござるよ!ネコミン村に行きたいでござるよ!」
この手のコメントは、この場所の管理会社が雇っている、コメントの量次第で何円かを貰えるバイトの人たちが、頑張ってコメントをつけて、お金を稼いでいる。…という説もあるのだが、中二病真っ盛りだった俺の心は、まるで理想のおっぱいのように、ゆっさゆっさと揺さぶられた。
もっと作品を、もっと露出度を、もっとペロペロを…そして、自分の為におっぱいを!と、調子に乗って要望や欲望に応え、作品を投げ続けた。はぁ~っ、おっぱいおっぱい!毎日何度もおっぱいを投下だ!飽きる事無く延々とそれを続けた。飽きるわけがない。俺はおっぱいを本当に心の底から愛しているのだから。よーし、今日はおっぱいを5発、10房投下するぞ!!くらえ!俺の乳房っ!!
これだけおっぱいを描いていると、俺のような凡才でも上達は早い。お手本になる作家さん達も山ほどいる。反応が嬉しく、褒められるのが嬉しく、けなされても嬉しく、嬉しさに溢れた毎日。昨日よりも嬉しくなりたい。昨日よりも良くなるために、昨日のおっぱいを超えていこう。そんな気持ちでおっぱいを描き続けた。
数年経ち、俺はそこそこの評判を得たおっぱい絵師になり、色々な所からお金と引き換えにおっぱいイラストを頼まれるまでに成長していた。そして俺は、これってもしかして、同人誌ってやつを出せば、お金が儲かるんじゃないの?と考え始めていた。
同人誌は個人や有志で出版してイベントで頒布する書籍の事なのだが、昨今は書店や通販や電子書籍などで販路が増えている。違法アップロードの被害に遭いやすいが、昨今は犯人を法的に叩きのめす流れも出来てきているらしい。そうすれば賠償金も手に入るのだ。
そして、この同人誌というやつは、部数が一定数を超えると結構儲かってしまうらしい。実力さえあればだが、出版社と組んで連載し、単行本を出して何万部も売ってやっと得られるようなお金が、たった数十ページの薄い本の出版で手に入るというのだ。
褒め言葉だけで十分、お金なんて要らないぜ!なんていう中二病の純粋な心はとっくに消え失せていた。お金は本当に大事だ。何をするにもお金が必要。俺はその事をこれまでの人生で何度も味わってきた。
奇麗な心の素晴らしい人だって、ホームレスの格好をして臭いを発していれば、大抵の人に避けられてしまうのだ。俺だって何時までも中学生の頃の服を着まわしている場合ではない。いや、多少はマシな服くらいは持っている。持っているが、お察しの通りである。
仲間にも出会った。ネットに上がっているお互いの絵や漫画を気に入って、ネットで対話しているうちに、お互いが大好きな旬のアニメの美少女キャラの同人誌を、一緒に作ってみてもいいんじゃないか?いや、作ろうよ!稼ごうよ!おっぱい最高じゃん!?という話になったのだ。
用途は知らないが、お互いに若干のお金を欲しており、オリジナル作品で勝負!なんて生意気極まる事は、微塵も考えていない所など、人間性が似通っていた。何よりも、描いている絵や漫画の内容が良い。
もう少し具体的に言うと、おっぱいの描写にこだわりを見せていて、最高だった。いわゆる乳袋の描写が実に精密で、俺の心は何度も揺さぶられた。そしてそれは向こうも同じだったらしい。お互いがお互いを刺激しあっていた。
高め合うおっぱい。相互に刺激し合うおっぱい。やはり、おっぱいは人類を救ってくれる。
驚くことに、相手の住所は割と近くらしく、駅前のファーストフード店かどこかで、お互いのおっぱい漫画のネームを見せ合いっこでもしようという話になった。なんと、オフ会である。俺には縁がないものだと思っていたが…。
お互い顔も知らない同士だが、待ち合わせの場所を決め、旬のアニメの美少女キャラの缶バッジが付いた帽子を恥ずかしげもなく被っている俺を目印に、声をかけてくれ!という話になっている。おっぱい絵師同士の会合なのだから、こんな感じでもOKだろう。俺の居場所は学校には無く、世間にも無い。居場所はインターネットだけなのだから、世間体を気にする必要も無いのだ。
待ち合わせの場でスマホを触っていると、見知らぬ少女が近づいてくる。
もしかして、道を聞かれるのだろうか?とハラハラした。何しろ、最近の駅前周辺の地理には詳しくないのだ。もしくは新興宗教の勧誘だろうか?何にしてもロクな目に遭わない気がしたので、その場を少し離れようと歩き出すと、少女から声がかかる。
「あなたが『カメタネ』?」
俺のペンネームである。少女は『オスミルク』と名乗り、遂に俺たちは、現実で出会ってしまった。
お互いのペンネームが下品な所も似通っていて、好感を持っていたのだが、なんとまあ、相手は少女である。ものすごい美少女とかではない。クラスに居てもモテなさそうな、ごく普通の顔に、前髪ぱっつんのおかっぱヘア。中肉中背で、年齢は俺と同じくらいだろうか。
格好も基本がジャージで、化粧っ気などは全く無い。要は地味である。まぁ俺も地味なジャージなので何の問題も無いのだが。なんとなく、似たような生き物だという事は良くわかる。
しかし、相手は少女だ。こんな少女と俺のような日陰者が、オタク絵師同士のおっぱい会合を行ってしまえるわけが無いじゃないか。と、思ったが、現実の性別や見た目などは、おっぱい作品という威力の前では無意味であった。
俺も少女も、互いに交換し合ったおっぱい漫画のネームを読み、感想を言い合い、絵を見て褒めたり貶したり。今まで口にした事も無い事、言いたいことを言い合って、とても満足した。
こういう行為を現実で行うのは初めてであり、俺は少し感動すらしていた。絵を描くって、今までの人生よりも、もっと、もっと楽しいんじゃないの!?そんな赤面するような感情を抱いていた。
同人誌の仕様や、出版するサークル名等も決まり、お互いの作風の一致具合から、これから先、共同で漫画を描いてみるのも面白いんじゃない?という話にまで発展した。
灰色だった俺の人生に、ぼんやりと明かりが灯った感覚。もしかしたら灰色が桃色になってしまったかもしれない。さあ、皆の衆、これからの俺の二次創作活動に、乞うご期待である。
少女を見送り、帰り道を歩いていると、突然、後ろから口を抑えられ、同時に背中に得体のしれない何か熱いものが走る。
「死ねっ!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!」
小さく鋭い声がする中、何度も何度も背中に走る熱い何かと激痛。叫び声を上げようにも、口を粘着性のある何かで押さえつけられていて、声が出ない!
後ろから、知らない男の声が聞こえる。
「あ、ああ、あああ!!僕が守ったっ…!!やったーっ!!!」
走り去っていく男の、喜びに満ち溢れた異様な歓喜の声。身体に力が入らなくなり、意味が分からないまま血だまりに倒れこみ、痛みも感じなくなり、薄れていく意識。
たったの数十秒であっさりと俺の命は壊され、この世から消え失せた。
「小説家になろう」っぽい異世界転生モノを書いてみようと思って挑戦してみましたが、苦戦しています。何卒よろしくお願いいたします。