第七話 ギルドに必要なもの
「さすが最強冒険者。いきなりすごいな……」
エルグランドさんの加入から数日。
俺は『達成済み』の判が押された依頼書の束を見て、感嘆の息を漏らした。
登録したての頃のキッカさんと同等、いや、それを上回るぐらいのハイペースだ。
一件一件の報酬は大きくないが、これならばリースちゃんの学費も何とかなりそうだな。
「おう、戻ったぜ!」
噂をすれば何とやら。
エルグランドさんが意気揚々とギルドに帰ってきた。
彼はカウンターの近くの椅子に腰を下ろすと、グーッと背筋を伸ばす。
「どうでした、お仕事の方は?」
「今日もばっちりだ。ほらよ!」
素材の入ったマジックバッグを、そのまま投げてよこす。
それを受け取った俺は、すぐさま手を入れて中身を確認した。
さすがはエルグランドさん、今日も素材がぎっしりだ。
「いつもありがとうございます。明日までに精算しときますね」
「任せたぜ。しかし、喉が渇いちまったな」
そう言うと、エルグランドさんは手で何かを掴み、傾けるような仕草をした。
飲み物が欲しいということか……?
俺はすぐさま、カウンターの奥から水差しを取ってくる。
「どうぞ!」
「ありがとよ……って、水じゃねえかよ!」
違うと首を振るエルグランドさん。
彼はため息を一つ漏らすと、熱く語りだす。
「仕事帰りの一杯といえば、酒に限るだろ。何かねぇのか?」
「あー……あいにく、うちには在庫ないですね」
「おいおい、酒が無いなんてここは本当にギルドか?」
エルグランドさんは肩をすくめ、大袈裟な仕草で驚いた。
ギルドと酒場は、昔から切っても切れない縁がある。
彼の言う通り、酒を切らしているギルドなんてうちぐらいのもんだろう。
「まぁ、ずっと人がいなかったですから」
「つっても、キッカがいただろ? あの女、酒は飲まないのか?」
「言われてみれば、いつもお水でしたね」
だからこそ、先ほどエルグランドさんにも水を出したわけなのだけども。
言われてみれば、冒険者が水しか飲まないのは少し変わっている。
「ただいま」
「あ、キッカさん!」
「おう、ちょうどいいところに来たな」
「……どうしたのだ?」
遠慮のない視線を向けたエルグランドさんに、キッカさんは渋い顔をした。
一度、刃を交えたおかげだろうか。
二人の仲はそれなりに良かったが、さすがにいきなりじろじろ見られては気分も良くないようだ。
「お前が酒を飲まないって聞いてな。本当なのか?」
「まぁな。酒を常に飲むのは身体にも悪い」
「カーッ! それでも冒険者かよ! そんなだから、ギルドに酒が無いなんてことになるんだぜ」
大いに嘆くエルグランドさん。
彼は立ち上がると、さながら大観衆に語りかけるかのような芝居がかった仕草をして言う。
「ギルドに帰って来たら、まずは酒を飲んで肉を食い! ついでに受付嬢をナンパする! それが冒険者の生き様ってもんだろうがよ!」
「そういう者が多いのは事実だろうが、人それぞれだ。そもそも私は女なのだから、ナンパなどするわけなかろう」
「ぐっ!」
「そんなことばかり言っているから、嫁に逃げられるのではないか? 娘もいるのだ、この機会に生活習慣を改めるといい」
恐ろしく鋭い正論。
エルグランドさんはたまらず胸を抑え、呻いた。
しかし、簡単には引き下がれないのだろう。
少々及び腰になりつつも、再び語りだす。
「た、確かにその通りだ! だが、酒と女は冒険者には付き物だぜ。堅いことばっかり言ってちゃもたねえよ。キツイ仕事なんだしよ」
「……まぁ、ストレスを発散することは重要だな」
「だろう? というわけでマスター、酒と受付嬢を頼むぜ」
そう言うと、エルグランドさんは満面の笑みを浮かべてこちらを見た。
話を振られた俺は、軽く腕組みをして考える。
「お酒は構いませんけど、受付嬢の雇用は……」
なんと言っても、人件費のかかることである。
お給料はもちろんのこと、それ以外にもなにかとお金がかかる。
二人が頑張ってくれているおかげで、金銭的な余裕がないわけではないが……。
何かあった時にすぐ解雇ってことはしたくないしな。
冒険者はもちろん、ギルドの職員もきちんと安定雇用をしてあげたい。
「給料の心配か? なら大丈夫だ、それぐらい稼いでやるさ」
「いや、でも……」
「だいたい、マスターもそろそろ仕事が増えてきてキツイんじゃないのか? その意味でも、書類仕事のできる受付嬢は必要だろう」
人員が増えたことで、取り扱う仕事の量は増えていた。
今日もこれから、夜中まで精算作業をしないといけない。
これからさらに人が増えたら、忙しさはさらに増していくだろう。
けど、このぐらいならまだ一人でなんとかできる。
「まだ大丈夫だよ。俺が休まず働けば済む話だ」
「それはダメだぞ、マスター!」
声を大にして言うキッカさん。
彼女は怖い顔をすると、かなりの剣幕で詰め寄ってくる。
「私たちやギルドのことを大切に思うならば、まずは自分を大切にしてくれ。マスターが無理をしているのに、私たちばかり休むわけにもいかないしな」
「そうだぜ、人を大切にしたいならまずは自分からだ」
エルグランドさんも話に加わり、二人して語りかけてくる。
ごもっとも。
彼らの言う通り、ホワイトなギルドを目指すならまずは俺自身がホワイトな働き方をしないとな。
一応はトップである俺がブラックな働き方をしていては、皆への悪い手本となってしまう。
日本にいた頃も、上司が残業しているから帰りづらいとかよくあったからなぁ……。
「わかりました。では、雇いましょう! 受付嬢さん!」
「よっし! これでまた一人仲間が増えるな!」
「賑やかになることはいいことだ」
こうして『白光の槍』は、受付嬢の求人を出すのだった。