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第六話 始まりの一戦

 ギルドの裏庭。

 その中心でキッカさんとエルグランドさんが睨み合う。

 周囲に満ちる張り詰めた空気。

 見ているだけで、額に汗が浮いてくる。

 きっかけはどうあれ、これほどの勝負はなかなか見られるものではない。


「お父さん頑張って!」

「おう、任せてくれ!」


 リースちゃんの声援に応え、手を振るエルグランドさん。

 一方のキッカさんは、先程からほとんど静止していた。

 集中力を高めているかのようだ。


「ルールは一つ、互いを殺さないこと。それ以外は何をしても構わない。これでいいか?」

「構わねえ。俺もシンプルな方が好きだ」

「マスターも、それで構わないか?」


 キッカさんの問いかけに、緊張しながらもうなずく。

 本当は、武器も訓練用のものにして欲しいが……それでは真剣勝負にならないからな。

 互いに一流の冒険者であるし、本当に危ない点は心得ているだろう。

 下手に制限するよりも、しっかり戦って禍根を絶って欲しい。


「ありがとう」

「なかなか物わかりがいいじゃねーか」

「そのかわり、後で揉めないでくださいよ」

「もちろんだ」


 二人の声が揃った。

 互いに武器を抜き、構える。

 さらにここで、キッカさんは左眼の眼帯を取り去った。

 紅に光る竜の瞳が姿を表す。

 勝負に当たって、キッカさんは一切手抜きをするつもりはないようだ。

 

「そいつが噂に聞く竜眼か……。大したもんだぜ!」


 先に仕掛けたのはエルグランドさんであった。

 大きく踏込み、自慢の大戦斧で斬りかかる。

 巨体に似合わぬ動きの速さ。

 さながら、身体全体が前滑りしたかのようだった。

 しかし、キッカさんの速さは更に上を行く。


「遅い」


 地面を打ち砕く強打。

 その一撃を容易くかわしたキッカさんは、入れ違いざまに切りつけた。

 だがそれを、今度はエルグランドさんが鋼の手甲で受け止める。

 一進一退。

 唸る大戦斧が地を穿ち、研ぎ澄まされた刃が火花を散らす。

 攻守が激しく入れ替わるが、速度で勝るキッカさんがいくらか優勢のようだった。

 重厚な鎧に阻まれ決定打にこそならないが、着実に攻撃を決めている。


「負けちゃダメーー!!」

「エルグランドさん!」


 攻勢を堪え切れなくなったエルグランドさんが、バランスを崩した。

 すかさずキッカさんが構え、必殺の一撃を入れようとする。

 この体勢じゃ、かわすのは不可能に近いぞ……!

 俺とリースちゃんは、揃って息を飲んだ。

 だがしかしーー。


「しまっ!」


 切っ先が逸れた。

 キッカさんがバランスを崩してしまったのだ。

 入れ違いに放たれたエルグランドさんの一撃。

 それを飛び退いて避けたところで、キッカさんは驚いたように目を細める。


「そうか。先ほどからずいぶんと大振りな攻撃ばかりだと思っていたが、これが狙いだったか!」


 気がつけば、地面が穴だらけとなっていた。

 エルグランドさんの斧によって、あちこち耕されてしまったからだ。

 

「まぁ、そういうことだ。これであんたの足は封じたぜ」

「甘いな。この程度で、私を止められるか!」


 限られた足場をうまく使い、驚異的な勢いで飛び出すキッカさん。

 鍛え抜かれた身体能力に天性のバランス感覚、そして周囲の状況を完璧に捉える竜眼。

 この三つが揃い、初めて可能となるような動きだ。

 とっさに斧を構えるエルグランドさんだったが、間に合わないーー!


「決まったな」

「お父さん!!」

「まずいぞ……!」


 神速の刃が、鎧の隙間に入った。

 体を捻って致命傷は避けたようだが、ダメージは大きいようだ。

 エルグランドさんは何とかキッカさんと距離を取るが、そのまま膝をつく。

 これはもう、勝負あっただろう。

 キッカさんはエルグランドさんに近づくと、その眼前に刀を突きつける。


「私の勝ちだ」

「それはどうかねぇ」


 うそぶくエルグランドさん。

 その直後だった。

 彼は自身に向けられていた刀を、あろうことか手で掴んだ。

 そして、そのまま遠くに投げ飛ばしてしまう。

 あまりに突然、あまりに突飛。

 驚いたキッカさんは、とっさに反応できなかった。


「形成逆転だな」

「先ほど膝をついたのは、私を油断させるためだったか……!」

「その通り。足場が不安定では、いくらあんたでも攻撃の威力は下がる。俺の身体なら何とか耐えられるぐらいにな。だがそれを、敢えて効いたように見せて……食いついたってわけよ」


 ネタばらしとばかりに、少し自慢げに語るエルグランドさん。

 これが、かつて最強と言われていた冒険者か……!

 まったく大した戦いぶりだ。

 以前と比べてのことはわからないが、強い。

 精神的にも肉体的にも、未だ一流の域にいるのは間違い無いだろう。

 さらに、老獪な知略も加わっている。


「完敗だ。最強と呼ばれた実力は、今なお健在なのだな」

「お父さんかっこいい!!」

「互いに『手加減』してなきゃ、わからない勝負だったがな」


 そうは言いつつも、嬉しそうなエルグランドさん。

 彼は駆け寄ってきたリースちゃんを抱き抱えると、すぐに俺の方を見る。


「マスター、改めてよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしく」


 堅い握手を交わした俺とエルグランドさん。

 手を握っただけで、その力の強さが伺える。


「よっし! これからガンガン稼ぐぜぇ!」

「頑張ってね!」

「お父さんに任せとけ!」

「……しかし、七年もブランクがあったとは思えないですね。何か特別なトレーニングでも?」


 俺が尋ねると、エルグランドさんは得意げな笑みを浮かべた。

 彼は腰に手を当てると、高笑いをする。


「はっはっは! 俺は戦いの天才だからな、何にもしなくたってーー」

「お父さん、最近はずっとお山にこもってたよー。徹底的に鍛え直すって!」

「あ、リースちゃん! 余計なこと言うんじゃない!」


 格好つけるはずが、思わぬ一言にたじろぐエルグランドさん。

 それを見ていたキッカさんが、笑いながら言う。


「なるほどな。子を思う父は強いと言うわけだ!」


 気持ちよく笑うキッカさん。

 彼女につられて、俺もまた笑った。

 こうして俺たち白光の槍に、新たな仲間が加わるのだった。


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