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第五話 引退の理由

「まさか、引退の理由が子育てだったとはな……」


 膝の上にリースちゃんを抱いたエルグランドさん。

 そのアットホームダディな姿を見ながら、キッカさんは呆れたように呟いた。

 七年前に引退するまで、エルグランドさんはラグドアの伝説と呼ばれるほどの冒険者だったそうだ。

 キッカさんたちは彼らの一世代後の冒険者で、その活躍を聞かされながら成長してきたらしい。

 その伝説がこうして目の前にいるのだから、驚きもするだろう。

 

「昔の俺は派手に遊びまくってたからなぁ。年貢の納め時が来たってわけだ」

「その子の母親は、ちゃんとわかっているのか?」

「ああ。だが、すぐに出て行っちまったよ。ガキを育てるつもりはないってな。信じられねえぜ、こんなにかわいいのに!!」

「パパ、痛いよぅ」


 エルグランドさんに頬ずりをされて、顔をしかめるリースちゃん。

 髭が擦れて、結構痛いようだ。

 一方のエルグランドさんは、幸せそのものという顔をしている。

 このどことなくダメな雰囲気を漂わせるおじさんが、元最強にはとても見えないのだけど……。

 キッカさんが言うには、本当に凄かったらしい。


「しかし、一度は引退したのがどうしてまた現役復帰を? 最強と言われるほどの冒険者なら、十分稼いだでしょうに」

「リースに魔法の才能があるとわかってな。王都の学園に通わせてやろうと思ったんだが、学費が目ん玉飛び出るほど高くてよぉ。昔稼いだ金もだいぶ飲んじまったし、また働くしかねえってわけよ」

「そういうことか。ではどうしてウチなのだ? エルグランド殿は『天馬のたてがみ』の看板だったはずだが」


 キッカさんがそう問いかけると、エルグランドさんの顔が険しくなった。

 彼ははぁっと息を吐くと、不機嫌さをあらわにしながら言う。


「それが断られたんだよ。『うちにはロートルのあなたに合うような仕事はない』ってな。ったく、苦労もしらねぇ若造が偉そーに! 俺がロートルなら、てめーは青二才だろうがよ!」

「パパ、こわい……」

「おおっと、ごめんごめん! パパは怖くない、怖くないよぉ! ばぁ!」


 すっかりおびえてしまったリースちゃんを、精いっぱいあやすエルグランドさん。

 しかし、天馬のたてがみもひどいことするなぁ……。

 エルグランドさんはまだ三十代半ば。

 しっかりと鍛え直せば、まだまだ現役で戦える歳だ。

 

「大方、育児を理由に冒険者をやめたことをまだ許してないんだろう。あの時の俺は、間違いなくギルドの稼ぎ頭だったからな」

「うわぁ……育児休業を許さないって典型的なブラックですね……」

「ブラック?」

「あ、気にしないでください!」


 軽く笑ってごまかす俺。

 いかんいかん、つい日本の言葉が出てしまった。

 

「そういう理由なら、ギルドへの加入を認めましょう。事前に相談してくれれば、リースちゃんのために休んでも構いませんよ」

「おお、そいつはありがたい! ぜひよろしく頼む!」

「…………待った」


 俺たちが握手をしようとすると、急にキッカさんがそれを止めた。

 彼女はエルグランドさんの方を一瞥すると、少し険しい顔をして言う。


「エルグランド殿。あなたはリースちゃんの子育てのために冒険者をやめたと言ったな?」

「ああ。嫁さんが出ていっちまったからな」

「ではリースちゃんがある程度大きくなるまでの間、ほとんどそちらにかかりっきりで己の鍛練はしていなかったのではないか?」

「そうだな。少なくとも、ミルクを飲んでいるうちは付きっきりだった」

「パパ、昔はずーっとおうちにいたよー!」


 元気よく答えるリースちゃん。

 それを聞いたキッカさんは「やはりな」と確信めいたつぶやきをした。

 そして――。


「私は、エルグランド殿のギルド加入に反対だ」

「えっ!? どうしてですか!」

「危険だからだ。エルグランド殿の肉体は、長いブランクで大きく衰えた状態にある。その状態で冒険者を再開しても、ケガをするだけだ。なまじ元が強かっただけに、今でも『できるつもり』でいるのがなおのこと性質が悪い」


 あえてきつい言い方でもしているのだろうか?

 キッカさんの口調は強く、有無を言わせぬような迫力があった。

 聞いているだけで、嫌な汗が額ににじむほどだ。

 しかし、彼女の言うことにも一理ある。

 『できるつもり』というのは、この業界に限らず危険なことだ。


「……ほう。つまりお前さんは、今の俺が弱いとでも言いたいのか?」

「その通りだ。ただでさえ、冒険者は危険だ。リースちゃんのことを考えるなら、他の仕事で稼ぐべきだろう。今の財産を元手に、商売でも始めるといい」

「あいにくだが、俺の頭じゃそういうのは無理だ。この生き方しかできねえよ」


 そう言うと、エルグランドさんは膝の上のリースちゃんを床に下した。

 そしてゆっくりと立ち上がると、キッカさんの顔を指さして言う。


「そこまで言うなら、勝負で白黒つけようぜ。俺が今でも強いってことを証明してやるよ」

「いいだろう。構わないな、マスター?」

「キッカさんがそれで納得するのなら。いずれ実力は見ないといけなかったですし」


 依頼を回すにしても、その人の力量を把握していないことには無理だからな。

 キッカさんとの勝負でエルグランドさんの実力がはっきりするのなら、反対する理由はない。

 しいて言うと、二人のやりすぎが少し心配だが……。

 冷静なキッカさんならば、その辺は上手くやってくれるんじゃなかろうか。


「決まりだな。では、改めて自己紹介をしよう。私は竜眼のキッカ。このラグドアの街で、いま最強だと言われている」

「お前さんがあの竜眼か、聞いたことあるぜ。俺は豪斧のエルグランド。このラグドアの街で、七年前まで最強と言われていた」


 固く握手を握る二人。

 こうして、最強と呼ばれた者同士の戦いが思わぬ形で実現した。


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