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第四話 豪斧のエルグランド

「さすがにあと五人は欲しいよなぁ」


 キッカさんがギルドに加入してひと月が過ぎた頃。

 俺は余ってしまった求人票を見ながらつぶやいた。

 残念なことに、キッカさん以降の応募者はゼロ。

 やっぱりみんな、長い目で見た福利厚生より目先の取り分なのか?

 でもなぁ、そこだけを重視するようにはしたくないんだよな。

 やっぱり、うちのギルドに来たからには長く働いて欲しいし。

 金が全てみたいなのは肌に合わない。


「また渋い顔をしているな、マスター」

「あ、キッカさん。今日は休みにするって言ってませんでした?」

「暇だから寄ったんだ」


 言われてみれば、キッカさんの服装はいつもと違っていた。

 見慣れた白銀の鎧ではなく、白い町娘のような服を着ている。

 あまり着飾らないタイプなのだろう。

 とてもシンプルな服装だが、キッカさん自身のスタイルが良いこともあってなかなか様になっていた。


「お綺麗ですね、よく似合ってます」

「よしてくれ。私など、戦いしか頭にない武辺者だよ」

「そんなことないですって」

「あー、それよりも。さっきから何を唸っていたんだ?」


 気恥ずかしかったのだろうか。

 少しばかり強引に、キッカさんは話を切り替えた。

 彼女はそのまま、俺の手元にあった求人票を見やると、納得したような首を振る。


「なるほど、応募がなかったんだな?」

「ええ、まぁ。結構あちこちに広告も出したんですけどね。今のところはゼロです」

「ううむ……。私に仲間がいれば紹介するのだが、あいにくソロ専門だったからな。知り合い程度ならいるが、すでに他のギルドへ所属してしまっている」

「まぁ、気長にやるしかないですね」


 そうは言ったものの、やはり冒険者が一人という状況はマズい。

 ソロでも可能な依頼しか受けられないし、泊まりがけになる依頼も無理だろう。

 第一、キッカさんにかかる負担が大きすぎる。

 いくら有名冒険者とはいえ、常人の十倍近い働きを維持し続けるのは難しいはずだ。

 彼女の健康を害したりしたら、元も子もない。


「ふぅ……」

「あまり辛そうな顔をしてくれるな。マスターの食い扶持くらいなら、私がーー」


 不意に、キッカさんの言葉が途切れた。

 彼女の視線を追いかけてみれば、ギルドの入口に女の子が立っている。

 まだ六歳か七歳ほどだろうか。

 黄色いワンピースを着て、手にはクマの人形を抱いている。


「ここは、『はっこーのやり』ですか?」

「そうだけど……君のお名前は?」

「私はリースだよ!」

「そうか。なら、リースちゃんはどうしてここに?」


 キッカさんは中腰になって視線を合わせると、至極優しい口調で尋ねた。

 するとリースちゃんは、笑いながら元気よく答える。


「わかんない! パパがここに行くって言ったから、来たんだ!」

「じゃあ、そのパパはどこ行ったのだ?」

「それもわかんない! 途中で迷子になっちゃったみたいだよ!」

「そうか……」


 キッカさんと俺は、互いに顔を見合わせた。

 恐らく、迷子になっているのはこの子の方だろう。

 

「どうする? しばらく預かるか?」

「ですね。ここが目的地なら、父親もすぐ来るでしょうし」

「しかし、どこの子だろうな? ギルドへこんな子どもを連れてこようとするなんて」


 腕組みをしながら、呆れた顔をするキッカさん。

 冒険者ギルドというのは普通、荒くれ者たちの集まる場所である。

 たまたま今の白光の槍に、子どもへ危害を加えるような輩はいないが……。

 危ない大人でいっぱいの場所へこんな小さな子を連れてこようなど、普通の親なら考えない。

 

「父親が来たら、ちょっと言った方がいいかもしれませんね」

「そうだな。たまたまうちが優良ギルドだったからいいようなものの――」

「リーースウゥ!!!!」

「な、なんだ!?」


 いきなりとんでもない大音響が聞こえてきた。

 熊の雄叫びのようなそれに俺たちが驚いていると、リースちゃんがサッと入り口の方へ振り向く。


「パパだ! おーーい!」

「リース! 一人で歩いていったら危ないじゃないかッ!!」


 筋肉の塊のような大男が、いきなりギルドの中へ突撃してきた。

 この人が……リースちゃんの父親なのか?

 お人形さんのような容姿をした娘とは、ずいぶんとまた違う雰囲気だ。

 鈍く光る鎧を身にまとい、巨大な斧を担いだその姿は、どこぞの武将か何かのようだ。

 ……中腰になって娘を抱いている時点で、いろいろとおかしいが。

 

「リース、リースゥ……!」

「痛い! パパ、鎧が痛いよ!」

「ごめんごめん! つい力が入っちゃった!」

「もー! パパがさつすぎ!」


 ふくれっ面をするリースちゃんに、おろおろと狼狽する大男。

 どこの誰かは知らないが、こりゃ相当の親馬鹿だな。

 俺とキッカさんが黙って様子を見ていると、ここでようやく、大男がこちらの存在に気づく。


「おっと、恥ずかしいところを見せちまった! あんた方、『白光の槍』の人かい?」

「ええ。俺はマスターのロアです」

「私は所属冒険者のキッカだ」

「おお! マスターがいるなら話は早い!」


 大男はゆっくりと立ち上がると、リースちゃんの手を引きながらこちらへと移動してきた。

 彼は軽く会釈をすると、雷のような声で告げる。


「俺はエルグランド! このギルドが人を募集していると聞いてきた! どうか俺を入れてくれないだろうか!」

「む? エルグランド?」


 大男の名前を聞いた途端、キッカさんの目つきが変わった。

 彼女はエルグランドさんとの距離を詰めると、背中の斧を見つめながら言う。


「その大戦斧、もしかして豪斧のエルグランドなのか?」

「ああ。前はそう呼ばれていたぜ」

「驚いたな……! まさか、伝説に会えるとは……!」

「有名な人なんですか?」


 俺の問いかけに対して、キッカさんはすぐさまうなずいた。

 そして、やや引きつった顔をしながら答える。


「豪斧のエルグランドと言えば、かつてこの街で最強と呼ばれていた男だ。七年前に突如として引退して、その後は長らく行方知れずになっていたのだがな」

「え? この人が……最強!?」


 思いもよらぬ言葉に、俺は思わずキョトンとしてしまうのだった。


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