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第三話 働き者へ感謝を

「まさか、本当に並の冒険者の十倍近い仕事をこなしてくれるとは……」


 キッカさんが我が『白光の槍』に所属して、はや一週間。

 その間に処理された依頼書の束を見て、俺はたまらず呟いた。

 平均的な冒険者ならば、簡単な討伐依頼でも一日に二件も処理できればいい方だ。

 それをキッカさんは、たった一週間ほどの間に百件。

 しかも、一日はしっかり休みをとってこの数字だから驚異的である。

 

「これで、何とか今月はトントンぐらいにはなりそうだな」


 ギルドの維持費もタダじゃない。

 土地や建物の税金などを中心に、結構な額が毎月飛んでいく。

 今まではずっと、両親の時代に築いた貯蓄を切り崩して払っていた。

 しかし今月は、キッカさんが稼いでくれた分でどうにか賄えそうだ。


「けど、そろそろマズいかなぁ……」


 キッカさんには、西の森の討伐依頼を中心にこなしてもらっていた。

 だが、発生する魔物の数にも限度がある。

 他のギルドとの兼ね合いもあるし、この調子で続けてもらうのもまずかろう。

 そろそろ他の場所へ移動してもらわないといけないが……。


「ろくな場所がないんだよな」


 『白光の槍』が拠点を構えるラグドアの街。

 古くから冒険者の街として知られるその周囲には、俗に狩場と呼ばれる場所がいくつかある。

 しかし冒険者たちは、ギルドで討伐依頼を受けなければその場所で狩りをしてはならない。

 無秩序な乱獲を防ぐため、簡易的な入会権のようなものが設定されているのだ。


「今うちに来てる依頼は、西の森とガラト山と地下水路のやつだけか。うーん、ガラトは遠いし……」


 ガラト山は東の丘陵地帯を抜けた先にある大きな岩山である。

 ロックリザードなどを中心に、中級者向けの魔物が数多くいる狩場だ。

 しかし、街からだとかなりの距離がある。

 キッカさんの足でも、泊まりがけの仕事となるだろう。

 現状唯一の冒険者である彼女が、何日もギルドを不在にするのは少し具合が悪い。


「かと言って、地下水路は……」

「何を悩んでいるのだ?」

「あっ! おはようございます!」


 キッカさんに話しかけられ、慌てて曲がっていた背筋を伸ばす。

 気がつけば、時刻は八の刻。

 彼女が毎朝決まってギルドを訪れる時間だった。


「おはよう、マスター。しかしどうしたのだ? ひどい顔だぞ?」

「すいません、朝から考え事をしていて。その、キッカさんが凄い勢いで依頼をこなされるので、そろそろ狩場を代わってもらおうかなと」

「なんだそんなことか。で、次はどこだ? ラマド峡谷か? それとも東の草原あたりか?」

「それが、今うちに来てる依頼が地下水路とガラト山しかなくて」


 俺がそう言うと、キッカさんはなるほどとうなずいた。

 こちらが悩んでいた理由を、どうやら理解してくれたらしい。


「ガラトへ行かせると、冒険者がいなくなって困る。かと言って、地下水路は評判が悪くて勧めづらいと」

「はい……。もう少しだけ、待ってもらえませんか? 知り合いを回って、他の場所の依頼がないか探してみますから!」

「いや、大丈夫だ。地下水路の依頼を受けよう」

「そんな、いいんですか?」


 地下水路の依頼はとにかく不人気だ。

 理由は簡単で、狭くて戦いにくい場所の上にとにかく臭いがキツイ。

 汚水に落ちたりしたら最悪で、一週間は臭いが取れないとすら言われている。

 キッカさんならそんなヘマはしないだろうが、それでも女性には辛いだろう。


「他に依頼がないなら仕方ないだろう。今のギルドの状況で、すぐ仕事を取れるとは思えんしな」

「それは……その通りですが」


 キッカさんが入ってくれたとは言え、うちはまだまだ超がつく零細ギルド。

 仕事を任せてくれるのは、昔から付き合いのある個人商店ぐらいだ。

 新規の仕事を得ようとしても、すぐには不可能なことぐらいわかっている。


「心配するな。冒険者を始めて長いんだ、地下水路の依頼も何回かは受けたことがある」


 カウンターに置いていた依頼書。

 それを手にしたキッカさんは、そのままギルドを出て行ってしまった。

 うーん、彼女のことだし依頼達成は間違い無いのだろうけど……。

 このままじゃ、ちょっと申し訳ないよな。


「何か、キッカさんを労えるようなものはないかな?」


 ーー○●○ーー


「どうにか片付いたな」


 ひと仕事終えたキッカが呟く。

 彼女の周囲には、討伐したばかりのラットの死骸が累々と転がっていた。

 その数、百か二百か。

 たかが大きなネズミとはいえ、これだけの数を相手にするのは並大抵ではない。


「しかし、マスターもよくこんな物を貸してくれた物だ」


 ラットの死骸を収納しながら、感心するキッカ。

 ーーキッカさんには、これが必要です!

 そう言われて、ギルドに入った初日にロアから借り受けたマジックバッグ。

 かなりランクの高い物だったらしく、ラットたちの死骸を次々と放り込んでもまだまだ余裕があった。

 これだけのもの、買えばいったいいくらになるのか。

 有名冒険者のキッカでも、おいそれと払える額ではないだろう。


「それだけ、私を信頼してくれていると言うことか」


 微笑みを浮かべるキッカ。

 これだけの物を預けたということは、それだけキッカを信用し期待しているということだろう。

 所属する冒険者を商品のように扱うマスターばかり見てきた彼女にとって、ロアからのまっすぐな信頼はとても好ましく思えた。


「よし、帰るか」


 死骸を全て詰め終えると、キッカはマジックバッグを手に地下水路を出た。

 時刻は夜。

 吹き渡る冷たい風が、地下で冷え切った体に染みる。


「行水がつらそうだな……」


 あいにく、キッカの泊まっている宿屋に風呂はなかった。

 臭いを取るため水浴びする自身を想像して、彼女の顔がたちまち曇る。

 身体を洗うというよりは、もはや修行か何かのようだ。

 しかも、冷たい水では身体に染み付いた臭いまではなかなか取れない。

 キッカは欝々とした気分になりつつも、ギルドへの道を急ぐ。


「お帰りなさい!」


 こうしてギルドに入るとすぐに、ロアが挨拶をしてきた。

 夜もすっかりふけたというのに、カウンターでキッカの帰りを待っていたようだ。

 キッカはすぐさま彼の前へと移動すると、マジックバッグごと今日の成果を手渡す。


「ただいま。依頼は全てこなしてきた、討伐証明部位はバッグの中だ」

「さすがキッカさん、助かります」

「明日までに精算を済ませておいてもらえるか? 今日は遅いし、早く帰って身体を洗いたい」


 それだけ言うと、キッカはギルドから立ち去ろうとした。

 するとロアは慌てて立ち上がり、木製の桶と手拭いを差し出す。


「これは?」

「お風呂セットです。汚れて帰ってくるだろうと思って、あらかじめお風呂に入れてもらえるように近くのホテルと話をつけておきました」

「ほ、本当か!?」


 興奮して、声のトーンが高くなるキッカ。

 寒空の下での行水を覚悟していただけに、何ともありがたい心遣いだった。

 有名冒険者とはいえ、ここまでの配慮をギルドからされたのは初めてのことである。


「地下水路の依頼しかなかったのは、元はと言えばギルドの力不足が原因ですから。気にせず入ってきてください」

「……ありがとう! 本当にありがとう、マスター! 私はあなたに一生ついて行こう!」

「ちょ、ちょっと!?」


 思い切りロアに抱き着くキッカ。

 こうして彼女は、より一層ギルドへの忠誠心を高めるのであった。


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