第二十二話 ブラックなドラゴン
「そう言われてもなぁ……」
リッチからのお願いに、渋る俺たち。
向こうの言いたいことはだいたい理解できた。
ようは俺たちを利用して契約を果たし、自由の身になりたいってことだ。
でもなぁ、安全に済むって保証もないし……。
扉を開けた瞬間、襲われても全く不思議じゃない。
「一ついいかしら? さっきあなたはずーっとって言ったけどさ。このダンジョンって出来てからまだ数カ月しかたってないわよ」
メリシダが、リッチの話に突っ込んだ。
言われてみればその通り。
寿命なんてないに等しいであろうリッチが、数か月で泣きごとを言うのも変な話だ。
「それは人間側の認識が誤っているのだ。ダンジョンはコアを抜かれると活動を停止するが、完全に消滅するわけではない。力を蓄えればまた違う場所で復活する。その間、中の魔物たちは休眠するがな」
「つまり、このダンジョンが出来てから実際には長い年月が経っているということ?」
「そうだ。かれこれ千年近くにはなるな。場所を変えて復活を繰り返して、十回以上にはなる。起きてる時間も相当だろう」
人に歴史ありというが、ダンジョンにも歴史があるのか。
さすがに千年タダ働きともなると、リッチでも嘆きたくはなるか。
どこか物悲しさを帯びた声に、俺はわずかながら同情の念を抱く。
「ちょっと何とかしてあげたくなってきたな」
「マスター! 相手はリッチだぞ! 狡猾で頭のいい魔物だ、騙しに来ているに違いない!」
「頭のいい奴が、騙されてバイトをバックレたいとかいうかな?」
「……む、確かにそうだな!」
顎を手で擦りながら、うなずくキッカさん。
彼女に同調するように、ほかのみんなもうなずく。
「そうだな、頭のよさそうな奴には思えねえ」
「駄目オヤジ感があふれてますもんね!」
「酒場で管巻いてるオッサンみたいな感じがするな」
「我、ショック! 傷ついた、我傷ついたぞ!」
みんなの容赦のない言葉に、拗ねたような返事をするリッチ。
……ホントにこの人、大物の魔族なんだろうか?
キッカさんの言葉がなければ、とても信じられない。
「いいのだいいのだ、どうせ我は見捨てられるのだ。あーあ、この部屋には結構いい財宝あるのになー、手に入れれば役に立つのになー」
「ううーん……子どもみたいな拗ね方してるな……」
「そうだ、いい方法があります!」
何かを思いついたように、スーシャさんがポンと手を叩いた。
彼女は満面の笑みを浮かべると、自信ありげに語る。
「契約魔法を使うんですよ! そうすれば、安全に扉を開けられます!」
「おお、その手があったか!」
スーシャさんの言葉に、リッチが大きく反応した。
契約魔法か……。
確か、商人や貴族などが主に用いる魔法だ。
魔法で相手の行動を縛り、契約を確実に履行させるために使う。
使い手が限られていて、なおかつ貴重な素材を消費するのでよほど大きな取引でないと出番はないけれど。
「ただ、契約魔法を使うには大きな魔石が必要ですね。買うとかなりお値段が……」
「いくらです? ギルドの予算で、何とかしますよ」
乗り掛かった舟である。
リッチが守っているという財宝も気になるし、多少の出費は我慢しよう。
するとスーシャさんは、申し訳なさそうに指を一本立てる。
「銀貨一千枚はかかります」
「ひょわっ!? そ、そんなに!?」
「リッチに効果を発揮できるだけの契約魔法となると、どうしてもそうなっちゃいますね」
「うーん、それはちょっと無理ですよ!」
合同討伐で出た報奨金は、既にその半分をダンジョンの権利購入に充てている。
他にもいろいろと雑費がかさんだため、ギルドに残っているお金は今までの貯蓄を含めても銀貨五百枚ぐらいだ。
一千枚なんてとてもとても。
「魔石であれば、ここの主のものを当てれば足りると思うぞ」
「主って言うと、ダンジョンの?」
「うむ。ブラックなドラゴンだ」
ブラックの部分に、やたらと力を籠めるリッチ。
ブラックの意味合いがいろいろ異なるのは何となくわかった。
まあ、千年もタダ働きさせられればそう言いたくもなるよな。
「ブラックドラゴンとはまた、随分な大物だな。八階層のダンジョンにしては、あまりにも強すぎないか?」
「それが奴のやり方なのだ。それまで大したモンスターを出さず、油断させたところを一気に潰す。そして、情報が広まり強い人間たちが現れたら抵抗せずにとっとと負け逃げするのだ。倒されたところで、あとから復活できるからな」
「せこいな! タダ働きさせてる時点で想像がつきましたけど、だいぶせこい!」
「……だが、ブラックドラゴンとなると相当につええぞ。キッカやスーシャの実力を考えても、ちっとばかし厳しい」
眉間にしわを寄せ、唸るエルグランドさん。
せこさに気を取られてしまったが、ブラックドラゴンと言えば上位の竜族。
その力は半端なものではなく、国を滅ぼしたとかいう話もある。
ケルベロスを倒す実力があるとはいえ、俺たちではかなり分が悪いな。
「それならば心配するな」
「お? もしかして、何かすごい魔法でも教えてくれるんですか?」
「魔法ではない。関係者用の裏道と奴の攻略法を教えてやろう」
「……それは、さすがにずるくないですか?」
少しばかり、良心の格癪を覚えた。
今リッチがしようとしていることは、明らかな裏切りだしなぁ。
いくらタダ働きとはいえ、構わないのだろうか?
「知らないと無理だぞ。ダンジョン自体も本当に性格が悪いからな。三階層辺りまでは簡単だが、四階層からはあらゆる手を使って殺しに行くスタイルだ。お前たちも実感しただろう、あの黒い奴で。五階層からはあれよりさらにえぐい」
「わかりました、教えてください!」
ためらうことなく尋ねた俺。
こうして俺たちは、貴重な貴重な攻略情報を得たのだった――。




