第二十一話 裏ボスさんの憂鬱
「何でしょうかね、あれは」
岩壁が溶け落ちたことで、露わとなった金属製の扉。
巨人でも通り抜けられそうなほど大きなそれは、重厚で厳めしい雰囲気だ。
扉を開けたら、それこそ大魔王でも出てきそうだな。
「こりゃ、いわゆる隠し部屋ってやつかもしれねえな」
「恐らくそうだろうな。どうする? 見ていくか?」
キッカさんはそう言うと、視線を俺に向けた。
さーて、どうしたものかな……。
一般にダンジョン内の隠し部屋には宝があることが多い。
だがそれと同時に、強力な魔物が隠れている場合も多かった。
戦力にはだいぶ余裕があるけれど、行くべきか行かざるべきか。
「ここはひとまず、また来られるようにポイントだけ設置するのがいいんじゃないでしょうか? 私、ちょっと魔力使いすぎちゃったので」
「あー、そりゃあれだけの魔法を使えば当然ですよね」
疲労を訴えるスーシャさんの顔は、心なしか青かった。
ぶっつけ本番で最上級魔法を使ったのだ。
いくら魔法の天才を自称する彼女とは言え、消耗して当然だろう。
むしろ倒れなかったのが不思議なくらいだ。
「じゃあ、今日のところは帰りましょうか。メリシダさん、浄化を」
「わかったわ、マスター」
聖水を振りまき、儀式を始めるメリシダ。
やがて彼女がメイスで地面を叩くと、波打つように清らかな気配が広がった。
これでしばらくの間、この場所の安全は保たれるだろう。
「あとは転移用の魔石を置いて……よしっと!」
こうしておけば、あとから魔石を利用してこの場所まで飛んでくることが出来る。
隠し部屋の攻略は明日にでもするのがいいだろう。
「待ってくれェ!」
「ん? エルグランドさん、何か言いました?」
「俺は何も」
「じゃあ、ボルタさんですか?」
「私も言ってませんよ」
妙だな……。
確かに今、中年男性らしき声が聞こえたのだけども。
俺が首を傾げていると、再び誰かが語り掛けてくる。
「おーーい、こっちだ! 誰かいるのであろう?」
「やっぱり聞こえますね」
「ああ。今度は私にも聞こえたな」
「あっちから声がしたわね」
そう言うと、メリシダは改めて扉の方を見やった。
どうやら声の主は扉の向こうにいるようだ。
「これはいったい……」
「どれ、少し見てやろう」
眼帯を外し、眼を細めるキッカさん。
その竜眼をもってすれば、金属製の扉すら見通すことは容易かった。
「む、これは……!」
「何か、ヤバそうですか?」
「ああ、とんでもない魔力の塊がいるぞ。あの扉、絶対に開けてはいけない!」
顔を引きつらせながら、強い口調で叫ぶキッカさん。
彼女がここまで言うとは、よほどの何かがいるのだろう。
俺たちはとっさに後ずさると、扉から一段と距離を取った。
「こりゃ、早く帰ったほうがいいですね」
「触らぬ神に祟りなしってやつだな」
「お、おい!? 本当に待ってくれ、何もしないから!!」
ずいぶんと焦った様子の声。
俺たちを誘い込んで罠にはめようとしているのか、それとも……。
ちょっとばかり気になった俺は、質問を投げる。
「……じゃあ聞きますけど、あなたは何者なんですか?」
「我は宝物庫を守護するリッチだ」
「凄いこと言ったぞ!?」
リッチと言ったら、死者の王とも言われる大物魔族じゃないか!
場合によっては魔王とか呼ばれるクラスだぞ!
どうしてそんな奴がこんなところに……。
というか、よくもまぁ堂々と正体を明かしたもんだな!
「確かにこの魔力……リッチと言われても不思議ではないな」
「ほんとですか?」
「嘘を言ってどうする」
「そうですけど、何でこんなことに……」
リッチと普通に会話をしているという異常事態に、頭が混乱してきてしまう。
え、えーっと!
とにかく、まずは理由だな。
俺たちに話しかけてきたわけを聞かないことには、話が始まらない。
「リッチ……さん? どうして、俺たちに声をかけて来たんですか?」
「この隠し部屋に入ってきてほしいからだ」
「部屋に入ったら、俺たちの魂を奪うとかそういうことです?」
「いや、入るだけでいい! すぐに出て行って構わない!」
それ、いったい何がしたいんだ?
リッチの目的がさっぱり読めない俺たちは、互いに顔を見合わせた。
「扉を開いた瞬間に、封印が解けるとかではないでしょうか?」
「もしかすると、入ったらすぐに生気を抜かれる仕組みなのかも」
「いいや、食っちまうに違いねぇ!」
思い思いに、恐ろしい考えを述べる一同。
するとそれを聞いていたらしいリッチが、哀愁すら感じさせる切実な口調で答える。
「本当に何もするつもりはない! 絶対にお前たちに危害は加えないと約束しよう! この部屋のお宝も欲しければやる、頼むから部屋に入って出て行ってくれ!」
「……ですから、何でそんなことをしてほしいんですか? 目的が全然見えないんですけど」
「うむ。理由を話すと長くなるのだが、簡単に言うとだな……」
しばらくの間。
どんな恐ろしい理由があるというのだろう?
自然と緊張が高まり、その場にいた誰もが息を呑んだ。
「我、ダンジョンに騙されて無給で宝の番人をさせられていてな。ずーーっとタダ働きなのだ。本当はすぐにバックレたいのだが、契約には逆らえん。そこで契約の条件を満たすためにお前たちに協力してほしくてな。なーに、簡単なことだ。部屋に入ってすぐに出て行ってくれればいい。それで侵入者を撃退したことになって、我はこのバイトから堂々と逃げることが出来る!」
長い!
しかもちょっと情けない!
つか、リッチってバイトで雇われてるのか!?
魔族の意外過ぎる裏側を知った俺たちは、何とも微妙な顔をするのだった――。




