第二十話 汚物は消し去るべし
「ファイアーボール!!」
スーシャさんの杖から、灼熱の球が飛ぶ。
紅の炎が広がり、瞬く間にスライムが蒸発した。
さすが、上級魔法を極めたと豪語するだけのことはある。
初級魔法とはおよそ思えないぐらいの威力だ。
「おお……すっごいわね」
「一撃か。前に見た王立大卒の魔法使いより、よっぽどすげえや」
石の壁にできた大きな焦げ跡。
それをまじまじと眺めながら、メリシダさんとエルグランドさんがつぶやく。
本当に、スーシャさんを連れてきてよかった。
物理攻撃の通じないスライムは本来ならかなり厄介な敵のはずだが、一撃必殺である。
「この先はしばらく、魔物の気配はないな。先を急ごう」
眼帯を外し、その竜眼で周囲の魔力を走査したキッカさんが言う。
ダンジョン攻略を始めてから今日で三日。
今のところ、進捗は非常に順調だ。
当初は三日から四日で一階層進めればいいと思っていたのが、今のところ一日一階層ずつ進んでいる。
階層が浅く難易度が低いというのもあるが、それでも驚異的な進行度だ。
「もう少し進んだら、ポイントを作って帰りませんか? そろそろ夕方ですし」
懐中時計を見ながら、キッカさんたちに告げる。
時間がわかりにくいダンジョンではついつい長居をしてしまいがちだが、無理は禁物だ。
疲れは知らないうちに溜まっている者だからな。
「もうそんな時間か。早いものだな」
「今のところサクサク進んでますからね。つい、時間を忘れちゃいますよ」
「ま、それもこの階層までだろうがな。次あたりで魔物の構成が変わるはずだ」
そう言うと、少し厳しい顔つきをするエルグランドさん。
一般に、ダンジョンは三階層ごとに難易度が大きく上がると言われている。
このダンジョンもそうだとするなら、次の階層が鍵になるはずだ。
「それなら、次の階層の様子だけでも見ておきますか。階段もそろそろですし」
権利を購入した際に貰ったダンジョンの地図。
それによれば、今いる場所から歩いてすぐのところに四階層へ続く階段があった。
近くに魔物はいないとのことだし、十分に到達できるだろう。
「賛成だ。厄介な魔物がいたら、対策せねばならんしな」
「俺も賛成です! まだまだ戦えますから!」
キッカさんとラーサーの言葉に、他の皆も揃ってうなずいた。
よし、満場一致のようだな。
俺はサッと手を上げると、皆を連れて階段の場所まで移動する。
そのまま長い階段を下って四階層へとたどり着くと、そこは石組みの壁や床が広がる三階層よりも天然の洞窟に近い造りとなっていた。
「鍾乳石?」
「一気に広くなりましたねぇ!」
狭い通路とは打って変わって、広々とした大空洞。
直径三十メートルぐらいはありそうな感じだ。
天井も高く、巨大な鍾乳石が氷柱のように連なっている。
「油断するな。微かにだが、魔力の変化を感じる!」
すぐさま背中合わせに円を作り、極力隙をなくそうとする俺たち。
そこかしこに立つ石筍が、魔物の姿を隠すのにちょうどいい物陰となっていた。
さーて、いったい何が出てくるのか。
緊迫した空気が満ちる中、俺は自身の武器である槍を握りしめた。
他のみんなも、それぞれに武器を構える。
そして――。
「いっ!?」
「こ、こいつは!!」
石筍の陰から姿を現したのは、黒く大きな虫であった。
小学生ぐらいのサイズはあるだろうか。
その甲殻はつやつやと光っていて、頭にはピンッと伸びた二本の触覚。
胴体はずんぐりとした楕円形で……。
うん、あれだ。
キッチンでカサカサしている奴が、そのまま巨大化したような感じだ。
「のわああああっ!!」
それはもう恐ろしい雄たけびを上げる女性陣。
半ば錯乱状態に陥った彼女たちは、次々と強烈な攻撃を繰り出した。
キッカさんの斬撃が宙を裂き、メリシダさんの打撃が地を砕く。
そこへスーシャさんの炎が加わり、恐ろしいまでの威力を発揮する。
しかし――。
「おいおい、集まってきちまったぞ!」
「そりゃあ、一匹見たら三十匹いると思えって言いますからね!」
「冷静なこと言ってる場合ですか、ボルタさん!」
虫とはいえ、これだけの大きさのものが集まるとかなりの脅威だ。
というか、単純に気持ちが悪い!
見ているだけで背筋がぞわぞわとして、得体のしれない不快感がある。
「こ、こうなったら私が最上級魔法で焼き払います!!」
「使えるんですか!?」
「ぶっつけですけど何とかします!」
「ぶっつけ!?」
ツッコミを入れる間もなく、スーシャさんは呪文の詠唱を始めた。
見る見るうちに魔力が高まり、肌を焦がすような熱が生じる。
嘘だろ、マジで使えちゃうの!?
俺たちは互いに目配せをすると、大急ぎで壁際へと避難した。
その直後、気合の籠った叫びが響く。
「滅殺竜炎砲!!」
溢れ出す光。
噴き上がる炎が虫の群れを焼き尽くした。
岩が一瞬にして赤熱し、溶岩へと変わっていく。
すっげえ、なんつー火力だよ!
あんなの喰らったら、どんな魔物でも消し炭になるに違いない。
これほどの魔法を使いこなすとは、スーシャさんは俺が思っていた以上の天才のようだ。
できれば、もっと穏やかな形でその事実を知りたかったけど!
「ふぅ……! 危機は去りましたね!」
「あ、危ないですよ! いくら何でも!」
「いいんです! あんなおぞましいものは、絶対に殲滅しなきゃいけないんですよ!」
スーシャさんの言葉に、女性陣が揃ってうなずいた。
あ、ボルタさんも一緒だな。
いやまあ気持ちはわかるけどさ!
もし誰かが巻き込まれたりしたら、さすがにヤバいからね!?
「……これからはやらないでくださいよ」
「もちろんです!」
「約束ですよ。さて、ひと段落つきましたし今日のところは――」
引き上げを宣言しようとしたところで、ふとあるものが目に留まった。
あれはもしや……。
「隠し扉?」
圧倒的な火力によって、すっかり溶け落ちたダンジョンの壁。
その向こうに、分厚い鉄の扉が見えた――。




