第二話 竜眼のキッカ
「すっご……」
ギルド奥の訓練場にて。
切り刻まれた訓練用のカカシを見て、俺は呆然と息を漏らした。
冒険者たちが荒っぽく扱うことを前提として作られたそれは、ちょっとやそっとのことでは壊れない。
それをいともたやすく、瞬きするほどの間でバラバラにしてしまうとは。
噂には聞いていたが、全く驚くほどの腕前だ。
「これでどうだろうか?」
「素晴らしい! これほどとは思いませんでしたよ!」
こちらを振り向いたキッカさんに、精いっぱいの拍手を送る。
それなりに冒険者たちと接してきたが、これほどの技を見たのは初めてだ。
こんなことが出来るのは、恐らくこの街では彼女のみ。
国全体で見ても、数名いるかどうかだろう。
「ありがとう。力試しは合格ということでいいんだな?」
「もちろん! でも、本当にうちでいいんですか? これほどの腕があるならば、それこそ『金獅子の牙』でも余裕だと思いますよ?」
金獅子の牙というのは、この街で最も有力な冒険者ギルドである。
国や富裕層とのつながりも深く、美味しい仕事もあれこれと持っている。
キッカさんほどの腕があれば、あちらへ所属して荒稼ぎすることだって可能だろう。
うちも還元率では頑張っているが、取り扱っている仕事があまりにも違いすぎる。
「金で考えるならば、金獅子を選ばない理由はないな。あくまで金だけで考えるならばの話だが」
そういうと、キッカさんは後頭部へと手を回し、眼帯を外した。
たちまち金色に輝く瞳があらわとなる。
ーー竜眼。
彼女の代名詞ともなっている古代遺物の義眼だ。
その眼差しはあらゆる魔力の流れを見通すと言われるが、なるほど大した圧だ。
軽く視線が合っただけで、背中にじんわりと汗がにじんでくる。
「これが私の竜眼だ。戦いで失った自らの眼の代わりとして入れた。ただ、こいつはかなりの難物でな。使いこなすのに半年以上かかってしまったよ」
不意に、悲しげな顔を見せたキッカさん。
彼女はそのまま深呼吸をすると、何かを振り払うように言う。
「その間に、人々は私から離れていった。もう冒険者としての再起は無理だと思ったんだろうな。それまで私を持ち上げていたやつから、順に去っていったよ。挙句、所属していたギルドのマスターに『来週から来なくていい』と告げられて。あの時は本当に、天を呪ったものだ」
キッカさんの話に、俺は深いうなずきを返した。
どこか似ていた。
前世で、俺が部長から会社に来なくていいと言われた時の状況と。
あの見知らぬ土地へ放り出されたような孤独感。
理屈では納得できてもどこかやりきれず、わだかまりの残る感じ。
胸の奥をかきむしりたくなるような感覚を、今でも鮮明に思い出すことができる……!
「だから私は、ここの求人に惹かれたんだ。マスターが本当に人を大切にしているように見えてな」
「そうだったんですか……。なら、安心してください! 俺は絶対に、絶対に来なくていいなんて言いません! 満足なお仕事を用意できるかはわかりませんけど、小さな仕事で良ければ必ず用意しますから!」
そう言うと、興奮した俺は思わず彼女の手を握りしめた。
とっさのことでキッカさんは驚いた顔をしたものの、すぐに優しい笑みを浮かべる。
「……そうか、それは頼もしい」
「はい、任せてください! とはいっても、今はギルド自体がピンチなんですけどね」
「言われてみれば、他の冒険者をまったく見ないな」
周囲を見渡し、怪訝な顔をするキッカさん。
もともとは、冒険者が三十名ほど在籍していたギルドである。
建物もそれなりには大きく、二人でいると人の気配がなくて不気味なほどだった。
「ええ。うちの両親が亡くなって以来、ずーっと人の流出が続いて……。残ったのは俺一人です」
「何と……。白光の槍が落ち目だとは聞いていたが、まさかそこまでだったとはな。ということは、私が唯一の冒険者ということになるのか?」
キッカさんの問いかけに、俺は黙ってうなずいた。
さすがに、一人と聞いては引いちゃうかな?
俺がごくりと唾を飲むと、キッカさんは意外にも晴れやかな顔をして言う。
「よし、それならば私が人の十倍は頑張らねばな」
「え?」
「マスターが覚悟を示したんだ。ならば今度は、冒険者の私が覚悟を示すべきだろう?」
そう言うと、どこか凄味のある笑みを浮かべたキッカさん。
頼もしい、圧倒的に頼もしいぞ……!
勇ましい彼女の雄姿を見た俺は、たまらず「おお……!」と感嘆の息を漏らした。
「依頼書があるなら、持ってきてくれ。ソロで出来るものなら何でも構わない」
「はい! すぐに!」
俺はカウンターに向かうと、処理できずに溜まっていた依頼書の束を引っ張り出した。
そしてそれを手にすぐさまキッカさんの元へと戻る。
「これが今うちにある依頼の全てです!」
「どれ……ほう、ほぼすべてが西の森の討伐依頼だな?」
「はい。最後まで残っていたのが、初心者の方だったので。その方のためにとってあったんです」
「これならば、全部まとめても夜までには終わるな。ちょっと出かけてくる」
「ぜ、全部!? いくら何でも無茶ですよ!?」
止める間もなく、走り去っていってしまうキッカさん。
それから数時間後。
とっぷりと日が暮れて、辺りが暗くなったところで――。
「すっかり遅くなってしまった! だが、すべて終わらせたぞ!」
「マジ……!?」
ありとあらゆる魔物の討伐部位を、山のように背負ったキッカさんが戻ってきた。