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第一話 ブラックをやめよう

 ーー経営悪化で、どうしてもやめてもらわざるを得なくなった。

 昼休みを終えたところで、いきなり部長からこう切り出された。

 今の会社で働き始めてから、約五年。

 そろそろ昇進もあるんじゃないかと思い始めた矢先の出来事だ。

 

「やってらんねーなぁ……」


 すっかり悪酔いして、ぼんやりする頭をさすりながらつぶやく。

 普段は「君は優秀だねぇ」なんて調子のいいことを言っておいて、景気が悪くなるとすぐこれだ。

 所詮、俺たちは会社の歯車。

 このままでは会社が潰れてしまうと言われれば、抵抗しようがなかった。


「けどなぁ……」


 やはりどうしても、使い捨てられたという感じがぬぐえない。

 人並み以上には働いて、会社に貢献してきたつもりだった。

 残業だって月に八十時間ーー四十時間を超えた分はサービスだーーもしてきた。

 いったい、どこが足りなかったって言うんだよ。


「何が株高だよ、人手不足だよ。全然違うじゃねぇか……」

 

 大きなため息をこぼすと、再び歩道を歩きだす。

 俺もそろそろアラサーだ。

 年齢的にも、次こそいい仕事にありつけるといいのだが――。


「ぬおっ!?」


 不意に、車が歩道へ飛び込んできた。

 やば、避けられない!!

 俺は慌ててかわそうとしたが、完全に手遅れだった。

 嫌にゆっくりとした時間の中で、俺の意識は闇に呑み込まれ――消えた。

 

 ――〇●〇――


「とうとう俺一人になっちまったか……」


 ガランとしたフロアを見渡して、つぶやく。

 何の因果か、いわゆる異世界転生を果たして十五年。

 俺は冒険者ギルドを経営していた両親の元で、すくすくと育ってきたのだが……。

 つい一か月ほど前、ギルドの看板冒険者にしてマスターであった両親が亡くなった。

 もともと、二人の活躍で持っていたような零細ギルドである。

 俺が跡を継いだものの「ひよっこの下で働けるかよ」と古参から順に冒険者が辞めていってしまい、ついに先ほど最後に残っていた新人までいなくなってしまった。


「けど、他で働くのも厳しいんだよな」


 この世界の労働条件というのは、非常に劣悪だ。

 なにせ労働者を守るための法律というものが、およそ存在していないからな。

 貴族や富商にでもならない限り、日々の生活だけでぎりぎりだ。

 もう一つ、冒険者という道もあるが……残念なことに戦いの才能はさっぱりだ。

 一流冒険者だった両親のもとで修業をしたが、一般人よりはちょっと強いという程度で止まってしまっている。


「やっぱり、このギルドを復興するしかないか。せっかく残してくれたんだし」


 そうと決まれば、やることはひとつ。

 再び冒険者を集め、依頼を引き受けられるようにしなくてはいけない。

 けど、一度離れて行ってしまった冒険者たちをどうしたら呼び戻せるのだろう?

 普通にやっていたのでは難しいよな。


「……そうだ、使い捨てをやめるんだ。そうすれば、みんな来てくれるに違いない!」


 この世界の冒険者は、完全なるその日暮らし。

 仕事がない時の保障もなければ、働けなくなった時の保障もない。

 そこを改善してやれば、惹かれる人はいるんじゃないだろうか?

 誰だって使い捨てにされるのは嫌だし、受けそうな気がする。


「そうと決まれば、さっそく詰めてみるか!」


 すぐさま紙を取り出すと、求人票の作成に取り掛かる。

 福利厚生や保障を充実させると、どうしてもギルドの取り分が若干増えてしまうが……。

 そこはまあ仕方ない、わかる人はわかってくれるはずだ。

 冒険者への還元率ならどこのギルドにだって負けないのだから。


「よし、できたぞ!!」


 こうして出来上がった求人票。

 それを手に、俺は急いで街の酒場へと走った。


 ――〇●〇――


「ギルドの取り分が四割? そりゃちょっと無理ってもんだろ。ただでさえ『白光の槍』は評判が落ちてんだぜ、誰も来ねえよ」


 求人票を手渡すと、酒場の主人は渋い顔をした。

 この酒場で人を集めてもらうには、彼の協力が必要不可欠である。

 俺は求人票の福利厚生について記載した部分を指さすと、改めて言う。


「確かに、ギルドの取り分は平均よりも多いですよ。でもそれ以上に、冒険者の人たちにはちゃんと還元します。仕事がない時の保障、ケガをした時の保障、一定以上の功績があれば年金だって出す予定です!」

「そうは言っても、冒険者がギルドを選ぶ基準は何より取り分の多さだ。次は強い奴が所属してるかどうか。そんな保障だなんだって、見てるやつは居ねえよ!」

「そう言わずに! お願いします!」


 たちまち始まる押し問答。

 酒場のカウンターの上を、求人票が行ったり来たりする。

 するとそこで、どこからか伸びてきた手がひょいッと求人票を拾い上げた。

 急いで視線を上げると、眼帯をつけた女性が立っている。


「……なかなかいい条件じゃないか」


 求人票を見てつぶやく女性。

 冒険者なのだろうか?

 鈍く光る鎧は、歴戦の風格を纏っていた。

 

「驚いたな。キッカが興味を示すなんて」

「キッカ? もしかして、竜眼のキッカさんですか!?」


 竜眼のキッカと言えば、街で最も有名な冒険者の一人だ。

 凄腕の剣豪として知られていて、竜すら斬り伏せるという。

 この酒場に出入りしていると聞いたことはあったが、まさか会えるなんて。

 俺はすぐさま、姿勢を正して頭を下げる。


「初めまして! 俺は『白光の槍』のマスターをしているロアです!」

「私はキッカ。既に存じているようだが、冒険者をしている。よろしく頼む」

「はい、こちらこそ」


 さっそく握手を交わす。

 さすがは一流の冒険者だけあって、力が強いな。

 けれど肌は艶やかで、その感触にドキリとしてしまう。

 眼帯をつけてはいるものの、涼やかで整った顔立ち。

 鎧を着けていてもなお隠し切れないスタイルの良さ。

 全体として、キッカさんは俺が出会ってきた女性の中でも一番の美人でもあった。


「では、さっそくギルドへ案内してくれないか?」

「へ? うちに何か御用でも?」

「もちろん、その求人に応募したいからに決まっているではないか」


 そう言うと、ニコッといい笑顔を見せるキッカさん。

 こりゃ、いきなりすごい人が興味を持ってくれたぞ……!!

 俺はすぐさま、彼女を白光の槍のホームへと連れていくのだった。


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