中華マフィアとのアルバイト3
中華マフィア「黒星会」は香港、台湾、横浜を拠点とする組織で、総員500名ほどの小規模のマフィアだが、三合会勢力の中では構成員数万の組織とも同格に扱われている、それは強い結束、暗殺などの請負、そして魔術界とのコネクションから成るものである、老舗でかつ大きな組織はそれぞれお抱えの魔術士がいる場合が多いが、そういった魔術士は門外不出であまり(裏社会基準で)表には出てこないため、外からの仕事を受けたり、野良の魔術士に仕事を振ったりはしない、そういった面で黒星会は比較的間口が低い組織として認識されていた。
そして最も魔術士と深くかかわっていた古株の一人にレックス・チャンという男がいた、組の中ではもっとも根幹を握るポジションの組員で、古株の中では67歳と中堅の年齢だったが、老いた前組長が病床に伏していた2年の間実質的な指導者として振る舞っていた、そしてこれは他の組員に隠されていた優位として、娘を魔術士の子を孕ませ、身内に魔術士の子を得ていたというポイントがあった。
静かだった、宇宙船の中は8人の乗組員に対して窮屈だったが、実際”会話”を行えるメンバーはすくなく、ほとんどのメンバーはただ黙々と飛行操作を行っていた。
「爺ちゃん、宇宙旅行の気分はどう?」
「あ、ああ・・・こんなことを今言うのはどうかと思うのだが、感動的だな、地球の青さ、宇宙の静寂さ、これだけでも200億を使った価値はあったよ。もちろん黒星会組長の座が確約されたということを踏まえたらもっと喜ぶべきなんだろうがね。」
私の前にいるあどけない少年は、魔術士であり私の孫でもある。まったく13歳の男子となっても、ガマガエルのような爺さんである私と血がつながっているとは全く思えないほどにかわいい、しかし私は私のために彼を、そして娘を使ったことを忘れてはいけないだろう。自らの手中に魔術士の力を得るために、20億をかけて娘に魔術士の種を撒かせたのだ。黒星会のイデオロギーとしては血を信用しないというものであったが、私はそんな自縛のようなことをする意味がついぞ分からなかった、そしてこの子はそういった罪悪感を忘れ去るほどの超然とした能力を持っていることを確信していた。
”魔縛術”と言った彼の魔術は非常に強力だ。あらゆる物質を縛る・・・空中に固定させたり、身動きさせなくする力は物凄いとしか言いようがない、10tトラックをアクセル全開にしても全く微動だにしないのだ、しかも彼の縛は精神的なものにまで作用する、つまり思考の制限などをさせることもできるというのだ。彼にはまだ”仕事”はさせていないが、以前試しに能力を私自身に使わせたら次に気づいたときには2時間後だった。
私は数多くの魔術士とかかわってきたが、13歳のこの時点でもおそらく中堅以上の能力であることは確信できる。
———もちろん組の”ゲーム”に幼少の孫を関わらせるべきかは迷った。しかしこの”印”を授けられた時に組長は仰っていた。
「黒星会は個の強さで作り上げられたものではない、他人と他人との絆で築き上げたものだ。
ゆえにここで更に上を目指すというのなら人と人との信頼を学べ、それがお前を生かすだろう。」
その言葉を基礎としてこの50年間黒社会で第一線を張り続けていたのだ、ここで頂点を目指さずに終わる”俺”ではない、そしてそのための公平な”ゲーム”なのだ。
この子、リュウヘイ・チャンは聡明な子だ、魔術士のサークルに参加しているという話は聞いていたが、すでに子供特有の甘えや弱さのようなものは削ぎ落ちているのがわかる。このゲームのことを説明した時もとても嬉しがったいた————というのも、彼曰く、
「爺ちゃんが良くない仕事をしているのは知っていたよ、でも少し安心した。だって”仲間を殺してはいけない”なんてルールを作る組織は、きっとそこまで悪い人が作ったものじゃないと思うんだ。もちろん”良いマフィア”が存在するとは思ってないよ、でも”外道の悪人”レベルの人が身内じゃなくてよかったって思うんだ。俺だって半人前だけど魔術士だからさ、魔術士って言うのは堅気からしてみれば”外道の悪人”だから爺ちゃんが俺たちのレベルまで堕ちてなくて良かったと思うんだ。」
マフィアを前にしてそこまで言うのにただの虚栄心といったものは一切見えなかった、言葉の偽りとか揺らぎのようなものが見えなかったのだ、きっとこの子は相応の世界で生きてきたのだろう。そこら辺も今回の作戦に参加させる理由でもあった。
血縁に魔術士がいるというのは大きなアドバンテージだ、魔術士というのは信用できない人種だ、黒星会の人間は長く所属していれば多少なりともつながりのある魔術士というのがそれぞれに存在するようになるが、比較的組織の実態を見せないように(拷問術などによって組織の全体像が吐かされないように)情報を絞ったような構造にするため、特定の魔術士に対してはある組員のみが関わるという、バラバラに窓口とコネクションを作っているのだ。それは大元の仕事を振っている上層部からもかなり見えづらいようになっているのだが、下から全体はもっと見えづらい、つまり他の組員がどのような魔術士を使う可能性があるか、というのはより組織の根幹の部分にいなければ分からないのだ。魔術士は非常に強力な能力を持っているが、相手の能力を先に知っていれば、圧倒的な優位を持ってゲームを始められる、それだけ根幹にいることはアドバンテージであり、ゲームに対する準備は先手がとれるのだ。
作戦はかなり前から手を付けていた、というよりこの印を捺された時点からゲームは始まっているという考え方をしている組員がほとんどだっただろう、私も会長の年齢が80を超えた15年以上前からは具体的な対策を始めていた、魔術士との縁談もその一つと言えるだろう、本来は魔術士の血を外に出すことは厳禁とされているらしく、実際女を差し出したのはこちらなのに相応の値段が必要だった。といっても月にまで逃げるという大胆な作戦をとれるようになったのはつい最近だが。
ロケットにのるためには200億以上かかった、もちろんそれだけの値段で宇宙旅行二人分は買えない、更に言うなら、60を超えた爺さんや13歳の子供が宇宙旅行へ行けるほど、まだ気軽に宇宙旅行はいけない、そのため200億は魔術士によってパイロットや民間宇宙航空会社に対する洗脳と工作を行うための予算だ。
しかしそこまでやっても計画は半分、実際どうやって逃げるかよりも、どうやって金印を奪うか、という部分が非常に難しくなると思っていたのだが、そこは我が孫リュウヘイの魔縛術とリュウヘイのサークル仲間だという日本人の若い魔術士の協力によって事なきを得た。ここは20億の先行投資が活きたと言えるだろう、前半の200億の費用と比べれば、20億の投資と数千万の仲間の魔術士に対する報酬は安上がりだった。
たしかあの女、夏子といったか、あれは魔術士なのだが、リュウヘイの知人でなければ愛人にしたいほど良い女だった、しかしさすがに孫にそっち側の痴態は見せられまい。