出会い ①
「陛下!大変お待たせ致しました!」
「ご覧の通り、天邪鬼を連れてきたですわい!」
連れてこられた場所は玉座の間とも言うのか、よくアニメや漫画で見る王様と話すような広い部屋だった。
中央に真っ赤なカーペットが伸び、先には数段高い位置に背もたれの長い椅子が置いてある。
「おお!待っていたよ!急に呼び出してすまないね、ミナト殿」
椅子に座り、陛下と呼ばれた男が立ち上がる。
その姿を見て1番に思ったのは若い、20代中盤から後半にしか見えない、ブロンドのロングヘアでその朗らかな笑みからは柔らかな印象を受けるが、その場の雰囲気もあるのか、王としての威厳もある様に感じた。
そして反応したのは王様だけじゃない、この広間にいる全員がざわつき始める。
「では我が王よ!さっそくじゃが話を……ってなんじゃ!?」
話が勝手に進む前に、俺はお爺さんの肩を軽くつついて話を中断する。
「あの、お伺いしますが、王様に発言してもいいですか?」
「良いわけないじゃろうに!……じゃがまあ、王もお主を大変気に入っておる、1つや2つ聞いても怒らんじゃろうて、しかしなんじゃ、いつも好き放題やる癖にわざわざ確認なんぞ……気味の悪い事を言うでない!!」
「では失礼して……王様!お伝えしたいことがあります!」
ざわついていた室内が静かになる、みんな注目してるんだ。
「王様だなんてやめてくれ!ミナト殿にそう言われると照れるじゃないか!」
一体どういう事をすれば、王様にそんなことを言われるのか不思議でしょうがない。
状況はよくわからないが、とにかく今俺にできることは誤解を解く事だろう。
「待ってください!私は皆さんが言っている……ミナト殿ではありません!」
そう言った途端……えっ?という雰囲気が部屋全体を包み沈黙が続いた。
これだけ静かで、声もよく響いた。まさか聞こえてないと言うことはないだろう。
「す、すまない、もう一度言ってもらえるだろうか?今……ミナト殿ではない」
「私は、皆さんがおそらく言っているであろう我妻湊ではありません!」
「「ええーーっっ!?!?」」
どよめきが広がる、隣にいたお爺さんはぷるぷると震えて飛び上がった。
「こら天邪鬼!やりたくないからとまたそのような事を言いおって!」
「い、いや、違くて本当に俺は」
「落ち着いてください、ハクロウ殿」
「む、クレス殿」
カンカンに怒るお爺さんを諭そうとした所に、正面から1人の騎士が玉座の側から降りてくる。
見たところ王様の側近のようだ。
クレスと呼ばれた銀髪の騎士、整った顔立ちに鋭い瞳、彼が身に付けている鎧は明らかに周りの兵と差があるのがわかる、また近づいてくる立ち振る舞いは威圧的だが、高潔な雰囲気もどこか感じられる。
「ここは私がこの者の素性を調べます、もしミナト様が嘘をついているようでしたら、その時は、朝を知らせる時が3度鳴くまで説教を聞かせてやってください」
「ふぉふぉふぉ!そりゃええ考えじゃわい!おい天邪鬼!謝るなら今のうちじゃぞ!」
何やら恐ろしい話をしていたが、ほんと、どうしたらこういう扱いになるのか知りたいくらいだ。
でも、みんな好感を持って話していたのはわかる、なら嘘をついてはいけないだろう、というより、俺が騙したくない。
「いえ、嘘ではありません、俺は我妻湊ではないです!」
「なるほど……わかりました、ではチェルシー、こちらへ」
「はーい!」
チェルシーと呼ばれた女の子が、元気な返事をして駆け寄ってくる。
明るめの金髪を左右に均等に結んだツインテールが揺れる、生で見るのは初めてだが、13〜14歳程の見た目に背の低さも相まって、とても愛らしく似合っていると思った。
だがそんな呑気に観察している場合ではなかった。
クレスの元まで行って手を握ったと思った時である、なんと彼女の体が内側から光ったと思えば、次の瞬間には愛らしい少女は杖へと姿を変えていた。
「うわっ!?えぇ……すごっ……」
今までは、もしかしたらここが異世界じゃない可能性もほんの少しの可能性であるんじゃないかと思っていたが、それは完全に消え去った。
ここは異世界だ。
「ふふっ」
驚いて、そんな間抜けな反応をしたまま固まっていたら、笑い声が聞こえてきた。
「あははっ、お兄さん面白いね、そんな反応するのなんて、今時ちっちゃい子供くらいよ!」
「しゃ、喋った!」
声がしたのは、たった今チェルシーが変化した杖からだ。
間違いなく、今彼女は杖へと姿を変えている!
驚いた、実際に目の前で見るのは全然違う。
そう、今のでひとつ分かった事がある、この世界はあの夢で見ていた世界と同じだ。
もしかしてとは思っていたが、あの水晶で夢を見ようとしたらこの世界にいたし、夢で見ていた世界も人が武器に姿を変えていた。
「もうよろしいですか?この杖の先端にある水晶に手を置いてください」
急かすようにクレスは杖、チェルシーの先を俺に向ける。
その先には綺麗な水晶がハマっていて、触れと言われたが、あまりに綺麗で少し躊躇う。
「では、私からいくつか質問するので、そのままの状態で必ず正直に答えてください」
「……わかりました」
クレスが小さく何かを呟くと、水晶が淡く光り出す。
「まず、あなたの名前は?」
「……我妻 彰人」
「歳は?」
「……17」
「この世界の事は知っていますか?」
「……はい」
「あなたは、私達のことを知っていますか?」
「……いいえ」
これはもしかして、いわゆる嘘発見器とか、そういうものなのだろうか?
それにしても不思議な感覚だ、たぶんだけど、チェルシーに触れてから暖かいような、不思議な心地を感じる。それは良いもので、まるでふわふわしている気持ちだ。
それからいくつか質問をされたが、欲しい答えではなかったのか、核心をつくような質問が来た。
「ワガツマミナト様とはどういう関係で?」
「我妻湊は父です」
そう答えた瞬間に広間がザワつく、クレスも驚いたのか、俺は動いていないが水晶が手から離れた。
ふわふわしていた感覚が無くなり、ハッと目が覚めたような気分になる。
「そうか……ミナト殿……やはり……」
俺の答えを聞いてよろめくクレスを、人の姿に戻ったチェルシーが支える。
クレスは意識をハッキリさせる為にか、頭を軽く振ると、真っ直ぐこちらを見つめて聞いてきた。
「もう1つ……あなたの母君の名前を、教えてください」
その瞳は真剣だった、チェルシーにどんな効果があったのかはわからないが、少なくとも今の質問はさっきとは違う彼自身からの質問ということだろう。
「我妻アリアです」
俺がそう言うと、クレスは小さくありがとうと答え、背を向けて大きく息を吸った。
「陛下!彼は彼が言うように、我妻湊殿ではございません、彼は我妻湊殿と、アリア・オブ・イリスタシア様のご子息である、我妻彰人殿と確認致しました!」
「えっ!?」
「余計な疑いをかけてしまった、申し訳ない」
俺の間抜けな声に反応もせず、クレスはそう言うと振り向きもせずにまた玉座の横、元の位置に戻っていってしまう。
いや……それよりも今、アリア・オブ……なんだっけ?
とにかく俺が知らなかった、母親のフルネームが出てきたんだけど!?
ざわめきが大きくなっているのをよそに、その驚きの事で思考が止まっていた。
「皆静かに!……急に呼んだのにすまない、ミナト殿の力はすぐには借りれないようだ、みんな急いで作業に戻ってくれ!」
その言葉で部屋の周りにいた人々が慌ただしく部屋を出ていく、王様の周りにも人集りが出来て忙しい雰囲気が出てくる。
考えがまとまらない、信じられない事実ばかりだ、もしかして母さんはこっちの世界の人間なのか?
いや、なんなら父さんすらこっちの世界の人間って事も……?じゃあ俺は……
とりあえず重要な事を聞こう、他の話はきっと後からでも大丈夫、えーと、大事な事……大事な事……
「そうだ、あの……俺は元の世界に帰れる、というか、帰してもらえるんでしょうか……?」
そう問いかけた俺の声は王様に届かず、王様の周りにいる慌ただしい人達の「陛下ぁ!!」という声にかき消されていた。
「仕方ないわい、陛下も忙しい身じゃ、しばらく待っとれ」
ハクロウ……さんだっけ?変な喋り方のお爺さんはそう言うと部屋の出口へと行ってしまう、もう1人居たお爺さんもいつの間にかいなくなっていた。
はぁ……と溜め息をついたが、相も変わらずそれは空中へと消えていく。
俺の周りには誰もいないし、知っている人もいない。
「まあ、ちょうどいいか」
独り言を呟き、俺は少し部屋の脇に移動して、王様の取り巻きがいなくなるのを待った。