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月が見ていた  作者: 夕暮本舗
8/8

 俺は、押し入れに隠しているものをすべて出した。少年の歌を聴きながら描いた絵や、彼が出したCD、インディーズ時代のライブのチケットもある。彼の個人情報が書かれた紙や、近くのコンビニで見かけた少年の後姿の写真も。

 少年は、「へー……」と妙に納得したような顔をしながら、それらをずいぶん長い時間見つめていた。

 俺は死刑宣告を待つ被告人のような気分で、ただ部屋の隅に縮こまっていた。


「君のこと……実は、見たことあるような気がしたんだよね。ライブで、何度か来てくれてたんだね。それも、ぜんぜん人が集まらなかった初期の方のライブとかも……」


 俺の描いた絵の線を丁寧になぞりながら、彼は独り言のように言った。俺は、それでも何も答えられなかった。


「僕の歌を聴きながら、描いてくれたの?」


 俺はうなずいた。さっきから汗と震えが止まらなくて、逃げ出したい気持ちだった。


「そう。」


 少年は短く、醒めたような口調でそう言った。


 そして、俺の描いた絵を破り始めた。

 俺は黙って、それを見ていた。

 少年は、自分のCDも力いっぱいに叩き割った。

 俺は黙って、それを見ていた。

 絵も、チケットも、CDも、写真も、彼への誹謗中傷をたくさん書きこんだパソコンも、全部、全部。

 彼はただ壊し続けた。

 俺はもう、黙っていられなくなった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、死ぬなんて思わなかったんです、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 土下座の姿勢をつくると、何の意味にもならない謝罪を繰り返し続けた。壊れた機械のように、何度も、何度も。少しでも、自分に被せられた罪を軽くしたかった。そんなこと、出来るわけがないことも知っていたけれど。

 少年は何も返事せず、ずいぶん長い間俺の物、少年と関わってきた物を壊し続けた。

 そして、息を切らしながら俺の方を向いて、こう言った。


「正義、僕だって君のこと殺したいよ。でもね、それはできないみたい。触れられないんだ、ほら。」


 知ってると思うけど。そう言いながら、少年は腕を振りかぶって俺を殴る真似をするが、すり抜けるだけだった。「そうだ、こういう手もあったか。」と言いながら、ハードディスクを俺の方に向けて投げつけてきた。泣きながら避ける俺を、心底つまらなさそうに見ながら、少年は言った。


「それに、君には死なないでほしいんだよね。自殺も駄目だ。死ぬなんてよくないよ。いいことなんて、ありゃしない。こんなになっちゃうんだもの」


 そう言って、普段はあまり見せないようにしてる体の左側を俺に近づけた。俺はもう、漏らしてしまうんじゃないかと思うほどだった。彼をこんなに怖いと思う日が来るなんて。俺を殺す気がない、その言葉が信じられるわけないじゃないか。


「僕が怖い?」


 俺は何度も、うなずいた。それにまた、彼は嘲笑した。


「もっとたくさんの人が、僕を嫌ってると思ってた。もっと怖い大人が、僕を傷つけてると思ってた。なのに、なんだ。こんな弱い人が、僕を傷つけてきたなんて。たった一人のせいで、こんなことになるなんて」


 そして少年は声をあげて笑い始めた。俺はこの場に不似合いすぎる笑い声に、ビクッと肩を震わせた。


「どっちにしろ、この世界じゃ誰も君を裁けないし、大した罪にもならない。だから忘れないで生き続けてよ。このことを、僕のことを、僕を殺したことを。」


 俺はそんなの、嫌だった。こんな罪を背負って、裁かれないまま生きていくのは、俺にはとても重すぎる。殺してほしかった。

あのとき彼の母親の前で言ったことは、本心だった。俺は、俺を殺したいと本気で思っていたのだ。


「僕は君を殺さないよ。でも、自殺するのも駄目だよ。一生、背負って、生きて。悔やんで悔やんで悔やんで、僕のこと、一生忘れないで。それが僕から君への罰だ。」


 俺は、呪いをかけられた。俺が彼にかけた呪いと同じくらい重いものだった。


「さようなら、正義。次会うのは、君が死んだときだ。そのときこのお返しをたっぷりしてあげるから楽しみにしてて。」


 未練がなくなったのか、彼の使命が終わったのか、何かから解き放たれたのか――少年の体が、どんどん薄らいでいくことに気が付いた。


「君のこと、友だちだと思ってたのにね。」


 それが彼の最後の言葉だった。

 部屋には、びりびりに破られた絵やチケット、割れたCD、破壊されたパソコン――それが、彼のいた跡だった。後は何もない。何も変わらない、いつもの部屋。

 俺はふらふらと立ち上がると、カーテンを開けた。あの日、彼のマンションの扉に張り紙を貼ったとき同様に、月が咎めるように爛爛と輝いていた。

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