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少年は目を見開いた。何を予想していたのかは知らないが、想像以上の答えが返ってきて、明らかに動揺しているようだった。驚愕し、迷い、絶望し、そしてそれら全てをごまかすよう、否定するように笑って見せた。
「うそでしょ?」
どうか嘘であってほしい、俺の妄言であってほしい――そんな願いが、その一言から滲み出ていた。しかし、俺はゆっくりと首を横に振った。
俺を、ずっと引きこもっていた俺をここまで動かしたその一番の理由は――罪悪感だった。
少年が真正面に立つ。傷もいろいろ見えてしまっているが、もはやそんなことを配慮している場合ではなかった。触れない腕で俺の肩を掴み、揺さぶろうとする。
少年自身は気づいていなかったが、彼がどうして俺の前に現れたか。俺だけが知っていた。彼の心残りは俺のことだった。正体の知らない、俺への憎しみが彼の未練となったのだった。
それが、俺の部屋に現れた理由。
「どうしてっ、どうして、どうして。正義、友だちだと思ってたのに、どうして……」
「……それは、」
そして、俺も俺の理由を話した。
俺は絵描きになりたかった。中学の頃まで俺の絵はたびたびコンクールで受賞していた。両親も俺の才能に期待し、絵の学校に入れてくれた。けれど俺は所詮井の中の蛙だった。俺よりすごい奴はごまんといた。何より俺の絵は、子どもだからすごかったのであって、大人になるにつれて大した評価も得られなくなっていた。そのことに気が付いたとき、俺は絶望した。
俺の絵を好きだと言ってくれた友だちも、励ましてくれた両親も、気が付けば心を閉ざした俺から離れていった。俺は学校を辞めて引きこもり、一人で絵を描き続けた。誰に見せるわけでもない、評価されるわけでもない、自己満足だけの絵。
俺は、少年が初めて拙い歌を投稿したときからずっと聴いていた。ライブにも行ったことがある。当時の俺は、熱狂的な彼のファンだった。彼は当たり前だが、俺のことを知らない。それでよかった。俺はただ絵を描くとき、彼の柔らかい声で紡ぐ音楽を聴いているだけで幸せだったんだ。ただの普通のファンだったはずなのに。
どこでこうなったんだろう。
俺が学校を辞める頃、彼はメジャーデビューした。ひょんなことから、彼が近所の人だと知った。俺の中に、妬みという感情が芽生えた。
ただ歳が若いからという理由で才能が過大評価される彼が許せなくなっていった。メジャーデビューしてから思うような結果が出せないことに、邪な喜びを感じた。彼の個人情報を載せたり中傷したりすることに、何故か勝ち誇った気持ちが得られた。そしてあの夜中、とあるサスペンスドラマで見た殺人予告を真似して書いたあの紙を玄関に貼りつけた。
「でも、まさか、自殺するなんて思わなかったんだ。」
俺がそう言うと、少年が叫び声をあげながら俺に飛びかかってきた。俺はその迫力に気圧され、思わず仰向けに倒れてしまった。少年が俺の上に馬乗りになった。傷が良く見える。俺がつけた傷。俺が奪った命。
「お前っ……お前のせいで、僕は、お前のせいで……!!」
殺してくれ、と俺は掠れた声で言った。それは、俺の心からの願いだった。俺が、俺自身を殺したいくらいだった。
「駄目なら、自殺する。俺はもう耐えられない。自分の罪に耐えられないんだ。殺してくれ、どうか……」
辺りはゆるやかに日が落ち、薄暗い闇に包まれていく。少年の無傷な右側の顔が、失望したような形の嘲笑を作ったのがかろうじて見えた。
「何言ってるの、そんなの、駄目だよ……。死ぬなんて、駄目だ。ましてや、自殺なんて。」
それはとてもありふれた道徳的な台詞だった。この場に不似合いなほどの。俺は情けないくらい泣きながら、少年の言う意図が上手くくみ取れず、ただ少年の顔を見つめることしかできなかった。
そして、少年は俺の上から大儀そうに体をどかしながら、こう言った。
「君の絵を、見せて。」