6
帰る頃にはすっかり日が落ちていた。夕日を浴びながら、俺と少年はゆっくりと歩いて帰った。深夜以外に出歩くことは本当に久しくて、昼の光同様それは眩しく感じた。
「マサヨシって言うんだ、どんな字?」
少年は、唐突にそんなことを尋ねてきた。どこで名前を――そう思った途端、そう言えば少年の母親に会うときに自分から名乗ったことを思い出した。
「……正義。」
俺は短くそう答えると、少年は「ヘー! なんか、カッコイイ」とちょっとからかうような口調で言った。俺はちょっと照れくさくなって、いつものように何も答えなかった。
「ありがとね、正義。」
「何が。」
「決して、良かったって言えないけれど……お母さんは生きてた。僕のしたことでお母さんを傷つけた。僕は、それを受け入れる。だから良かったと思う。」
少年は彼にふさわしくない大人びた口調でそう言った。
「それに正義は僕とお母さんのために怒って、泣いてくれた。だからうれしかった。ありがとう。」
少年の笑顔は、あの遺影となんら変わらなかった。俺はそれを見て、少し寂しい気持ちになった。
「僕らはもう、友だちだ。でしょ?」
少年の問いかけに、俺は迷ったけれどうなずいた。それで少年はますます笑顔になった。
そして、少し間を置いて、少年は尋ねた。
「じゃあ、僕の質問に答えて、正義。どうして、僕の名前を知っていたの」
俺は、いつか問いかけられるこの質問に対する答えを知っていた。いつか、打ち明けようとしていたことだった。少年にいつか、バレてしまう日が来ることを知っていた。
俺が、少年が現れた日に慌てて隠した物――俺の個人情報が書かれたもの、今まで描いた絵、少年の出したCD全部、少年のライブのチケット――
少年には見つかっていない。俺が何者なのか、バレていない。いや、もし見つかっても、俺の正体がわかるわけはないだろう。あの夜にしたことは、誰一人知らない。ただ月だけが明るくて、ずっと誰かに見られてる気がしたあの夜のことは、俺しか知らない。
それでも、もう耐えられなかった。あの日からずっと、誰かに見られている気がした。
ずっと責められている気がした。少年が自殺したあの日から、ずっと。
俺はずいぶん長い時間逡巡し、そして今、ゆっくりと口を開いた。
「あの紙を貼ったのは、俺だ。」