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月が見ていた  作者: 夕暮本舗
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 何年かぶりに人前に出るのだから、なるべく小奇麗にしようと思ったのだが、それがまた一苦労だった。浮浪者みたいに伸びきった髭や髪を自分で整えるのはとても骨が折れることだったし、家族に本当に諦められたのか自分の靴が玄関になくて、家じゅうを探すのでまたくたびれた。

 大騒ぎされたり心配されたりしたらひどく面倒くさいので、両親がいない平日の昼間を狙って出かけることにした。少年の母親はパートの休みが水曜日と金曜日で、その日なら昼間でも一日中家にいると言っていた。

 外に出た瞬間、こんなに日光が眩しかっただろうかと思った。気分が悪くなりそうだった。これじゃまるでドラキュラだ。比べて、俺の周りをうろうろしている少年は何日かぶりの外に、心底はしゃいだ声をあげていた。

 少年のマンションの位置は知っていたけれど、怪しまれないために少年の案内に従って向かうことにした。薄暗い部屋と違って、明るい部屋だと彼の傷が生々しくよく見えた。あまり見続けると吐いてしまいそうだったので、彼を左側に置いて、なるべくいつものように右半身しか見えないようにした。

 少年は母親に会えることが本当に嬉しいようだった。俺はそれに、少し疑問が湧いた。


「心配じゃないのか。母親のこと。」

「心配って?」

「……怖くないのか。今の母親がどうしてるのかとか。自分をどう思っているかとか。罪悪感、とか。」


 最後の言葉はずいぶん小さくなってしまい、もしかすると聞き取れなかったかもしれない。けれど少年は体の右側だけ見えるよう、俺の方を振り向いて、しばらく考え込むような姿を見せた。


「……怖いよ。それに、罪悪感もある。僕のせいでお母さんを傷つき、苦しめたから。

 けれどだからこそ、それを見なきゃいけないんじゃないかなって。それに僕自身が、何よりお母さんに会いたいから……。」


 そう言うと、彼は肩を震わせて俯いた。少年の瞳から、透明な涙が落ちては消えて行った。俺は迷ったけれど、相当に迷ったけれど……少年の傷のない方の肩に手を置き、何度か軽く叩いた。少年は俺よりずっと、小さかった。



 マンションに向かうまでずっと考えていたことだったが……俺と少年の関係性についてだ。突然こんな怪しい男が現れて、話がしたいなんて言ったら通報されるのがオチだ。

「友だちって言おうよ」少年はそう提案したが、俺はそれもちょっと腑に落ちなかった。


「友だちなんて、歳が離れすぎだろ。下手したら、やばい趣味のオッサンだと思われる。」

「オフ会で知り合ったって言えばいい。僕、投稿したての頃はよく同じ音楽が趣味の人たちとオフ会してたんだ。だいたい僕が最年少だからちやほやされたっけなぁ。」


 もちろん親にはそんなネットで知り合った怪しい集まりに行くことなんて禁止されていたそうだが、もう死んでしまったから怒られることもないだろうと少年は笑い飛ばした。

 決してベストだとは思わなかったけれど、他に良さそうな関係性も思いつかなかった。早くも帰りたくなってきた。どうして、こんなところに来てしまったんだろう。どうか通報されませんように、それだけを祈って、マンションのインターホンを鳴らした。


「はい。」


 少し疲れたような響きのある女性の声が聞こえた。何年かぶりに幽霊以外の他人と会話するので、俺はもう頭が真っ白になってしまって、思いついたまま口にしていた。


「あの、山岸正義と申します。えっと、あの、近藤優樹さんの、オフ会仲間でして……。」


 インターホンの向こうの相手は沈黙のままだった。隣にいる少年がどんな表情をしているのかすら、確認する余裕がない。変な汗がだらだら止まらなくなってきた。


「このたび、優樹さんのご不幸を聞いて、あの、いてもたってもいられなくなってしまって……えっと、なんだか、優樹さんがずっと僕の傍にいるような気がしたので……それで……このたびは……」

「わかりました。今開けますので入ってください」


 意外なことに、少年の母親はすんなり開けてくれた。ずいぶん支離滅裂なことばかり言っていた気がして、冷静になると顔がカッと熱くなった。少年に冷やかされるだろうと思ったけれど、彼は妙に深刻な顔をして黙り込んだままだった。

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