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月が見ていた  作者: 夕暮本舗
3/8

 俺は少年を知っている。

 少年は、主に動画投稿サイトで活躍していた「柊 優夜」と言うアーティストだった。まだ小学生だった彼の若き音楽は、目立ちはしなかったけれど、それなりにコアなファンがついてきて、何より子どもがそのような音楽活動をすること自体が珍しかった。そして中学に上がる頃、ついに音楽会社に才能を買われメジャーデビューすることになった。

 けれど、現実はそう甘くなくて――三年間の間に、二枚アルバムを出した。けれど彼は結局、メジャーデビューしてもアマチュア時代と変わらず、マイナーアーティストから抜け出せなかった。

 そして、それ以上に彼を苦しめたのは、彼のホームページや投稿した動画にたびたび書かれる執拗な誹謗中傷だった。時には彼や彼の身内の個人情報を書かれることもあり、それが自殺の主な原因なのではないかという噂もあった。

 彼は、そのことについては一切語りたがらなかった。俺は聞きたいことがたくさんあったけれど、どう切り出していいかわからなかった。



 それはある日曜日だった。


「ここって、大槻町?」


 少年が突然そんなことを尋ねてきて、意図もわからず俺はうなずいた。

 どうやら、窓から見える電信柱に書いてあるのを発見したらしい。といっても、その電信柱は相当遠くにある。片目しかないというのに大した視力だ。

 少年の顔には、今まで見たことないような興奮の色があった。


「僕、僕――僕も、大槻町なんだ」


 言葉をつっかえさせながら、少年は言った。俺はそれを、いろいろな思いがせめぎ合いながら見ていた。


「君、近所の人だったんだね! 知らなかった、一度も見たことないんだもん。もっと外に出た方がいいよ!」


 そう言って、やっぱり自分で可笑しくなったのか、少年はまた笑い出した。今までで一番大きな笑い声だった。もし少年の声が自分以外に聴こえるんだったら、家族が心配して覗きに来たに違いないだろう。


「あのマンションにね、お母さんがいるんだ。多分、今もまだ住んでると思う」


 少年は母子家庭だった。小さい頃父親を亡くしてから、遺されたマンションで母と二人で暮らしていた。そんな事情を彼は早口で捲し立てた。そして、その次に出てきた言葉は俺が一番恐れていたものだった。


「僕をそこに連れて行って!」


 嫌だ――頭で思い浮かぶより先に、口に出ていた。しかし、少年は当然だが諦めなかった。


「どうしてかわからないけれど、僕は君に憑りついているみたいなんだ。だから、たぶん君が部屋にいる限り僕は外に出られないんだよ。お願い! 一生のお願い!」


 一生のお願いって、お前もう死んでるだろ。そんな野暮なツッコミを入れる気も起きないほど、彼は真剣に頼み込んできた。残念なことに、少年が俺に憑りついているのは事実だ。俺が部屋に引きこもり続けてるから、彼はこの部屋の中でしか行動が出来ないのだ。

 しかし、俺は外に出たくなかった。外なんて、学校を辞めてから何年も出ていない。とっくに両親にも諦められていると言うのに、まさか今の俺に外に出てくれと頼む人間がいるとは。


「お願いお願いお願い!! 僕、お母さんに会いたいんだ……」


 今までの俺だったら、例え頼んでくるのが両親でも幽霊でも、決して出なかっただろうと思う。しかし、ここ最近の俺の心をずっと支配し続けるものがあった。それは、罪悪感だった。少年が現れてからずっと俺の心に重くのしかかっているそれを、少しでもいいから取り除きたかった。俺が少年を知っていて、黙っている事。俺が少年を、間接的とも言えるがこの部屋に閉じ込め続けていること。

 そして、俺も実は知りたいことがあった。だから、今までの生活じゃ信じられないことだったが――俺は少年の頼みに、うなずくことにした。

 少年は目を潤ませて喜び、今にも俺に抱き着かんばかりだった。俺はそれに、とっくに失っていた心が痛むのを感じた。ここで言えたらいいのに。

 きっと、君を殺したのは、俺だ。

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