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「本当に来ないの?」

 そう佐伯に電話越しで聞かれる。もう佐伯は退院していて、日常生活に戻っている。加害者とはちゃんと話し合えたらしく、もう引きずっていないように見える。

「ごめん、行けない。悪いな佐伯、毎年一人で」

「……別にいいよそんなの。あんたのこと、わかってるつもりだしさ」

 電話が切れる。それと同時にバスが来た。

 始発ではないから券を取り、実家に近いバス停まで揺られる。毎日このバスに乗れば実家通いが可能になるけれど、する気にはなれなかった。

 そこそこ放任主義の親はどんな時間に帰宅しようとも、急に外で食べてきたと言っても怒りも心配もしないだろうから。


 一時間もしないくらいで家の近くのバス停に着いた。ここから数分歩けば実家--なのだが、今日は寄らない。先月の正月の時にも帰ったし、別にいいだろう。


 寒空の中、コンクリートでできた道をひとりで歩く。普段は車がよく通る道だが今日は珍しくも車は全く通らず、真ん中をゆっくりと歩いた。

 息を吐けば白く、風はビュービューと冷たい。ぎっしり詰まったショルダーバッグから温かいお茶が入った水筒を取り出し口に含む。

 つくづくあの時と正反対だ、と思うと同時に季節が違えばそりゃそうだろう、と思い直した。

「本当に、正反対だな……」

 遠く後ろから車の音が聞こえた。歩道に戻ろう。


 しばらく歩いて、ようやく着いた。何かあるわけではない、ただの道の上。でもここは、あの日君が立ち止まった場所だ。

「君は、何を考えていたんだろう」

 どうして会いに来たんだろう。

 どうして何も言わず散歩に誘ったんだろう。

 どうして君の名前を読んだ途端止まったのだろう。

 どうして--。


 君が死んでからしばらくの間は花や色紙であふれていたであろう電柱を眺める。君は花を求めていたのだろうか。色紙を求めていたのだろうか。それはわからないが、いざ用意すると君は笑うだろう。そういうキャラじゃないでしょ、と。

 鞄からノートを取り出す。高一の二月から描き溜めていたものだ。

 車が来ていないことを確認する。あの日も誰も通らなかったのだろうか。だから君は油断したのだろうか。

 --いや、そんなことはどうでもいい。君がここで死んだということだけ、合っていれば。

「――」

 君の名を呼ぶ。



 ノートを空に向かって投げた。

 君に届くように。

 君が見て笑ってくれるように。



 けれども天までノートが飛んでいくはずもなく、バサバサと音を立てて道路に墜落していった。

 その様子をぼんやりと眺め、車が来ないうちに拾い上げていった。ただの自己満足だが、君に届いてくれたら、と。それだけを願う。線香の代わりになってくれれば嬉しい。


『――』


「え……?」


 君の声だ、君の。


 振り返ると、君が立っていた。

 泣きながら笑っていて、あの夏と同じ服を着ていて、足元は裸足でいるのだろうけど陽炎のせいでよく見えない。


『  』

「……なんて、言ってるの」

『    』

「聞こえない……聞こえないんだ……!」

『    』


 もう一度、同じように唇を動かして――君は消えた。





 クラクションの音で現実に呼び戻される。振り返ると、軽トラに乗ったおじさんが「危ないだろうが」と、言葉は乱暴なものの心配そうにこちらを見ていた。すみません、と頭を下げ歩道に戻る。



 ……まだ君の所へはいかせてもらえない。


 そのことを実感し、いきたいわけでもないのに両目から涙があふれた。

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