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「パン、買いすぎたから食べて」

 そう言って佐伯は例のパン屋の袋を差し出してきた。

 食べる量を把握出来ているはずなのに買いすぎることなんてあるのか、と首を傾げると「今、キャンペーンで千円以上買うとおまけ付いてくるの。家で食べきれないから貰って」と言われた。

 それならありがたく貰おう。


 袋を開けると懐かしい匂いがした。中学の時よく買っていたパンだ。

 一口かじると何とも形容し難い味が口に広がる。不味いとは違う。独特が近いのかもしれない。

 何故人を選ぶこのパンを購入していたのだろうか。

「……好きだったのかな」

 そうポツリと呟いた言葉が佐伯に届いたのか、静かに頷かれた。


 パンを食べ終えてもまだ先生は来ない。あちこちで雑談の声が大きくなっていく。

「そういえばあんた、今日四限のあと空いてる?」

 何で、と口に出す前に用件がわかった。昨日グループ課題が出されていたんだった。

「大丈夫だよ。他の人たちは?」

「まだ確認取ってないけど、たぶん大丈夫なはず」


 場所は大学図書館のグループ学習室になった。

 市立図書館に行き慣れているせいか、あまり効いていない暖房に驚いた。

 効きすぎて暑いのもどうかと思うが、市立図書館の方が良い。理由は考えなくともわかる。あそこは「夏」だからだ。



「じゃあ今日はここまで。解散!」

 あっという間に課題は終わった。

 まばらに人が減っていく中、佐伯は最後まで鞄の整理をしていた。

「もしよかったら、晩飯食べに来ないか」

 そう声をかけたらとても驚いた顔をされた。それはすぐ引っ込み嬉しそうな笑顔が返ってくる。

「えー?そんなに言うなら仕方ないなあ」

 佐伯は実家通いだから、遅くならない程度にしないとな。


 一人暮らしの男の家に女性を招くのは如何なものかと思うが、佐伯だしいいやという気持ちの方が大きい。

 大学から歩いて数分のところにある学生マンションに二人で向かう。

「それにしても、実家通いできる距離なのに一人暮らししたんだ。やっぱ気楽?」

 四六時中考えずにすむから、気楽なのかもしれない。



 ごちそうさま、と声が揃った。オムライスに昨日の残りのカレーをかけただけの簡単飯だったが、佐伯は美味しそうに食べてくれた。

 洗い物は任せて、と言ってくれたのでお願いした。

「しっかし、調理環境整ってるしご飯も美味しいのに、食べないなんてもったいない」

「もったいないってなんだよ」

「ちゃんと食べないと心配になるでしょ」

 そう佐伯は言うと食器を持って流しのほうへ行った。


「心配になるって、佐伯以外に誰がいるんだよ……」

 佐伯以上に健康のことでとやかく言う奴はいない。内心思っているかもしれないが、親ですら口に出してこなかった。

 

 でも、そういう自分も人に言わない。



 佐伯を駅まで送ったあと、いつもより静かに感じる部屋に戻った。

 ふと、本棚の隅に並べているノートが気になりその中の一冊を開いた。中一から今まで描き溜めているノート。でも、高一の時は二月まで描いていなかった。

 開いたノートは中三の終わりに描いていたもので、教室の景色を描いたものが多い。


 パラパラとめくっていくと身に覚えのない落書きを見つけた。ノートの存在を知っているのは君だけだから、犯人はすぐにわかる。絶妙な画伯具合に思わず顔が綻ぶ。


 次のページをめくろうとしたら紙が重いことに気づいた。

 めくると、君と佐伯と三人で撮った写真が貼られていた。



 君の命日まで三週間もない。

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