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君と初めて会ったのは中一の夏。週に一度の図書委員の当番日で、貸出カウンターに一人座っている時だった。
「遅れてごめん。キミが――?」
そう言ってふわりと隣に腰掛けたのが最初だった。図書委員でもないのに。
「君、図書委員だったっけ」
「違うよ。三組に佐伯って子いるでしょ?代わり頼まれたの」
図書委員は二人一組と決まっていて、三組の上総とペアだった。だから上総ではなく佐伯という人が代わりを頼んだ理由がわからなかった。思わず眉をひそめると君は笑った。
「上総、今日休みなんだ。普通は委員の代理を副委員長がするんだけど、佐伯は今日他の手伝いがあるんだって。それで任されたわけ」
「わざわざどうも」
そこで会話は終わり、当番が終わるまでの二十分間ずっと静かだった。君はただじっとカウンターから図書室を眺めていた。
その次に会ったのは一週間後、廊下だった。君は佐伯と話しながら歩いていたが、目が合った瞬間名前を呼ばれた。
それがきっかけで君と佐伯と話すようになった。
三年間で君と同じクラスになることはなかった。ちなみに佐伯とは三年の時同じだった。
しかし昼休みになる度君は訪ねてきた。
そしてノートを開き絵を描くことを楽しみにしていた。一度気まぐれで描いて以来ずっとだ。
「今日は何を描くの?」
そう言って笑う君の笑顔にとてつもなく弱いのだと知った。
君との思い出は昼休みが多いが、佐伯とは帰り道の印象が強い。
通っていた塾が佐伯の家の方面にあり、一緒に帰ることが多かった。その際にパン屋に寄ることもあった。
「あんたはあたしと同じ高校、目指してるんだよね?」
中三の秋、そう聞かれた。
どうして、と聞くと君の進路について教えてくれた。
君が通信制の高校に通うとその時初めて知った。
進路の話など一つもしなかった。同じ高校に通うと思い込んでいたから。
佐伯自身も詳しいことは分かっておらず、今日君から「通信制の学校に行くんだ」と言われたらしい。
塾が終わり家に帰って君のことを考えた。
君のことを何も知らないことを知った。
中学を卒業し、高校生になった。
佐伯とは同じ学校だったが違うクラスのため会話は減っていった。学校が違う君に関しては連絡先もわからない状態だった。
しかし、高一の夏に突然君は現れた。一緒に散歩しよ、といつもみたく笑って。
これが最後のターニングポイントだったのだと、今ならわかる。
炎天下の中、コンクリートでできた道を二人で歩く。普段は車がよく通る道だったがその日に限って車は全く通らず、君は車道の真ん中を踊るように歩き始めた。
「危ないよ」
「大丈夫だよ。なんだか今なら裸足で歩けそうな気分」
陽炎でゆらゆらと君の足元が見えなくなるたび、不安な気持ちに駆られた。
「なあ」
そう声をかけるも君は歩みを止めない。どんどん勝手に一人で先へ行ってしまう。
「あのさ、何か話があったから誘ったんじゃないの」
声に苛立ちが混じってしまった。それでも君は止まらない。
だめだ。これ以上先へ行かれたら。
「……止まれよ、――!」
叫んだ声に、ようやく君は止まった。
「ごめんごめん」
振り返った君はそう言って笑うだけだった。
それから何か言おうと口を開きかけて――やめた。
追いつくと君は以前の調子になり、少しホッとした。何の変哲も無い近況報告をして、その日は解散した。
連絡先を聞き忘れたと気づいたのは帰ってからだった。
年が明けた二月に、君は死んだ。




