プロローグ
「おかあさん、おばあちゃんのところに行ってくるね」
今日はおばあちゃんの誕生日、お母さんとお父さんはこれから仕事のため、夜におばあちゃんの家に集合予定だが、待ちきれない私は朝から向かうつもりだ。
私の名前はシャルロッテ、まだ六歳だけど人よりも力持ちで、よく家事を手伝う普通の子供だ。
お気に入りの白い頭巾をかぶり、バスケットにリンゴを入れて、おばあちゃんの家に行く。何回も通った道を迷うことなく、突き進む。三十分もすれば、たどり着く、だが、その途中で倒れている人を見かけた。
「大丈夫ですか?」
傷は浅いが、どうやら立てない様子の兵士さんだった。
「ああ、大丈夫だ。ところで君はこんなところで何をしている?」
「今から、おばあちゃんの家に向かってリンゴを食べるの」
「そうか、そのおばあちゃんはどこに住んでいる?」
「えーとね、この道を真っすぐ行ったところにある森の中にある家です」
「………すまないね、この道は今封鎖されているんだ。だから、別の道を使うといい」
「そうですか、ありがとうございます。親切な兵士さん」
兵士さんのケガが少しでも早く治るように、バスケットに入ったリンゴを一つ渡すと、迂回して、別の道からおばあちゃんの家に向かった。
本来よりも十五分ほど時間が多くかかったが、それでも太陽は未だに東にいる。
扉をノックすると、おばあちゃんから返事があった。
「誰じゃ?」
「おばあちゃん、シャルロッテだよ」
「おお、シャルロッテか、入りなさい」
大きな扉を開けると、おばあちゃんの家に入った。少し変なにおいがするが、それでもいつものおばあちゃんの家だ。
テーブルにリンゴを置くと、私は兵士さんの話をした。
「ねえ、おばあちゃん。さっきね、けがをした兵士さんがいたんだよ。それでね、その兵士さんにリンゴを渡したんだ……」
満面の笑みであったとことを話すと、おばあちゃんの雰囲気が少しづつ変わった。
「その兵士さんは、こんな顔だったか?」
男声で急に話しかけられ、異質感を覚えた。
こいつは…誰?
おばあちゃんではない。その思考ができると、部屋の奥に黒ずんだ、何かがあった。
死体?
じゃあ、誰の?
ここにはおばあちゃんしか住んでいない。
結論は出た。
肉食獣は私に襲い掛かり、牙を立て、私を食い殺そうとする。その姿は人間のようだったが、狼だ。人狼と呼ぶほかない。
両腕を押さえつけられ、地面に倒されたが、明確な化け物を見つめると、私は思った。
殺される。
理由もなく、ただ、食物連鎖の中で殺される。
いやだ、
いやだ、
いやだ!
私の何かが、私でない私に、命令した。
体が、先に動いた。
生存本能が動き出し、人狼の腹をける。少女の力では足りなかったが、振り切ることはできた。
台所にある、果物ナイフを取り出し、構える。
再び狼は襲い掛かって来るが、今度は体が自然と避けた。
それに合わせ、ナイフを差し込んだが、切り傷程度にしかならない。
足りない。
殺せない。
こいつを殺すには、もっと強い得物がいる。
周りを確認するが、致命傷を与えるような武器はない。
テーブルを投げつけるが、一時しのぎにしかならない。
「ダメだ、これじゃ、ダメだ」
室内から、飛び出そうとするが、人狼は容赦なく襲い掛かって来る。
完全にホールドされ、身動きが取れなくなったが、頭だけは動いた。
頭と頭をぶつけ、たまたま正面に来た人狼の右目に嚙みついた。
「――」
悲鳴を上げる人狼を前に、家から飛び出すと、そこは地獄だった。
狼の集団がこの家を囲っていた。
周りを確認する余裕が無かったが、このままでは死ぬという事が分かった。
狼が威嚇しながら近づいてくると、一発の銃弾の音がした。
それが、火ぶたを開けたのか、その銃弾はあちらこちらで鳴り響き、狼は次第に逃げ出した。
「大丈夫か!」
一人の兵士が私を確保しに来てくれたのか、森のから出てきた。
ダメだ、ここにはまだ人狼がいる。何も持たずに来れば、扉から襲い掛かって来る。
「中に…狼…」
口からは言葉があまり出なかったが、伝わったようだ。
兵士は扉をゆっくりと開けると中を確認した。
「……今はいないようだな」
中を一時的に確認すると、私の保護を優先した。
「私はこの子を安全地帯に運ぶ、後は任せた」
「分かりました。少尉もお気をつけて」
私はおんぶをされると、安心して、その背中で眠り始めた。