ー日曜日ー 影道サンデー
◆登場人物
檻原柵(おりはら・さく) 学生
沫河冷華(まつかわ・れいか) 学生
身動木社(みじろぎ・やしろ) 学生
忌野諏訪乃(いみの・すわの) 学生
去際通(さりぎわ・とおる) 写真家
影道サンデー
0.
その証拠は間違っている。
その証言は間違っている。
その証明は間違っている。
その推理が真実だというのなら、
その真実も間違っている。
1.
学校の帰り道に写真を撮ろうと思った。
影道公園。中心に位置する花壇で彩られた日時計は、この影道公園のシンボルだ。
今は昼の3時で、その日時計の針も3時を指している。ただのハリボテ、という訳ではなく、きちんと役目を果たしていた。
夏至や冬至などで少しくらいの誤差は出るのだろうか。一度作ってしまえば、太陽はきちんと正しいリズムで時を刻むので、調整や改竄のはいる混む隙間は無さそうだ。電波時計よりも正確で、取り返しがつかない代物だ。
そして、それが身動木 社の鉄壁のアリバイを証明している。影道公園で起きた殺人事件は、既に行き詰まり、人々の記憶からも忘れ去られようとしていた。僕はそういう事件にこそ心を奪われる。
奇妙で不可解で常識では考えられない気持ち悪さを含む事件を、僕は欲する。そして、僕の街には不思議とそんな事件にあふれているのだ。
「檻原君」
僕のことをそう呼ぶ女性は一人しかいない。振り向かなくても彼女だと気づいたので、僕はそのまま日時計を見つめていた。
「どうしてここにいるんだい? 沫河」
「どうしてって……」
足音が近づいてくる。彼女の本体が現れるよりも先に、彼女の影が僕を追い抜いた。
遅れて彼女の本体が姿を現す。
黒い長い髪、透き通るような白い肌。今にも生き返りそうな死人のような瞳。彼女は陰でこう呼ばれている。死んだ珊瑚。その美しさは、生を超過し、死を凌駕する。
そんな女子生徒とごく普通で平凡な僕が会話をしているというのは、クラスメイトたちから見ればおかしく見えるかもしれない。
しかし、僕達からしてみれば、それは当たり前の事。
この街で不可解な事件が多発するのと同じで、同じ思考の持ち主は同じ場所へ集まってくるのだと。
類は友を呼ぶ、とでも言うだろうか。
僕らは、性別も、容姿も、友人も、夢も、違うけれど。同類なのだと。
「影道公園を直に見てみたくて。帰り道にちょっと寄ってみたのよ。あなたもそうなんでしょう? 檻原君」
彼女が僕の視界に姿を現したとき、太陽の光を全身で捉え、神々しさを纏っているようだった。彼女の影も、また平等に3時を示す。
それを確認して、改めて、彼女もまた僕と同じ人間なのだと認識する。
まぁ、それは過言だけども。
「この砂場に忌野さんは横たわっていたのね」
「そうみたいだね」
事件は一か月前のちょうど今日。5月7日の日曜日に起こった。
高校三年生の忌野 諏訪乃が首や腹を刺されて失血死していた。砂場の砂は酸化した血液で赤黒く染まっていたという。
ちょうどその女子高生が殺された時間、フリーの写真家が公園を撮影しており、その写真に彼女が横たわっているのが映っていたという。その写真は日時計をメインに撮影されており、その写真家は彼女の遺体に気付かなかったとのことだ。
確かに、彼女の遺体があった砂場は、日時計から見て、滑り台の奥に位置している。遺体が映っていたのはたまたまというか、奇跡である。
そして、その日時計が表している昼の1時は、容疑者、身動木社のアリバイを証明しているのだ。
身動木社は忌野の交際相手であり、忌野を殺害する動機を持っている最有力容疑者だが、当の身動木はその時間、校内の球技大会でクラスメイト全員に姿を確認されている。トイレなどで数分間誰にも見られてはいないが、学校からここまで片道徒歩二十分はかかる。行って帰ってくるとそれだけでひと試合が終わってしまう。警察も彼に手も足も出ないようだ。
「ポイントは日時計よね。この時間を崩すことが出来れば、彼にも犯行は可能よ」
「でも、日時計は普通の時計と違って、時刻をいじることは簡単じゃない。まず昼間の太陽の出ている時でないと意味がない。写真を見れば分かるように、たまたまその時間晴れていたから1時だとわかったんだし、文字盤の方を変えようにも、花が文字盤の役割をしているから、植え替えられていればすぐにわかるだろう」
警察もそのあたりは入念に調べたようだ。アリバイが強固なものであることが分かってから、警察の捜査は次第に少なくなり、ついにこの公園から立ち入り禁止テープは消えた。
「人を殺すってどういうことなんだろう。どうして人を殺すんだろうね。首や腹を刺すなんて、ずいぶんと恨みがましい殺し方だ」
「それは人を殺したことのある人にしかわからないでしょう?」
「だから君に聞いたのさ。沫河」
沫河は眼力だけで人を殺せるような冷たい瞳に僕を写し、僕の言いたいことの意味を考えていた。
「君は人を殺したことがなくても、人を殺したいと思ったことくらいありそうだからさ」
「なんだ、そういうこと」
彼女はほっとしたようだ。彼女のした過ちに、僕が気づいていないことがわかったからだろう。
僕は、そういう様を見ているのが好きだ。
過ちを隠して笑い取り繕う、偽善者の笑顔を見るのが。愛おしいくらい。
気持ち悪い人間だなぁ。
彼女も、僕も。
「リスクの問題じゃない? 自分の障害を取り除くのに、殺害が一番効率的だったとか」
「確かに、今回の殺害はとても手際が良い。大した証拠も残ってないし、犯人を示唆する証言もない。ただ美しい写真が一枚残っているだけだ。そこに冷徹な犯人像を、冷酷な価値観を、冷静な判断力を見て取ることが出来る。けどね、冷華。僕はそうは思わない。ただ事務的に、首と腹を刺して殺しただけに過ぎない。そこに感情は無いんだよ。だから冷徹で、冷酷で、冷静なように見えるだけだ」
「やめて」
沫河が僕を見る。さっきの眼力だけで殺すような冷たい瞳ではない。ただの人間のような、熱の込められた拒絶の瞳。
「私を名前で呼ばないで」
「そうだったね、沫河」
僕は悪びれないで続ける。
「多分犯人は、忌野さんと身動木くんがケンカしているのをたまたまこの公園で見かけたんじゃないかな。そしてこの日時計を目にして、ちょっと面白いことを考えたんだ。それがこの事件のつまらない動機さ」
「どういうことよ?」
こうしている間にも彼女の瞳の色は変わり続ける。目に見える色じゃない。不安、拒絶、安心、激昂、懐疑、猜疑、色々な面を僕に見せてくれる。何も彼女を純真無垢だと言っているのではない。一度、深い絶望を見てきたからこそ、その瞳は暗く輝く。
「人を殺すっていうのは、そんな事務的にできることじゃないでしょう? 恨みがあるから爆発して、感情があるから衝動があって、恐れがあるから動線が生まれる。そこに理由や動機がないなら、何も導けないじゃない。本人に聞いたわけじゃあるまいし……」
「本人に聞いたんだよ」
驚いて目を見開く彼女。
「なーんてね。冗談冗談」僕は表面上、笑って言う。
「あなたが言うと、冗談に聞こえないのよね」
沫河は信じたようだった。こんな荒唐無稽な話。信じる奴はいないだろう。
しかし僕は思った。僕も、やはり嘘を笑顔で隠す、偽善者なんだな、と。
いや、偽善者は良く言い過ぎだな……、と僕は思った。
2.
「はじめまして、去際さん」
僕は影道公園で彼に話しかけた。
身動木社に決定的なアリバイをプレゼントしたフリーの写真家、去際 通さんだ。
事件が起こって数日、彼はこの公園に足を運んでいた僕と出会うことになった。
それが彼にとって幸か不幸か。まぁ、どちらかといえば不幸だろう。
「君は……?」
「僕は光宮高校の新聞部です。この間この公園で起こった事件を独自に調べています。あの時のアリバイ写真を撮影した写真家の去際さんですよね?」
嘘はスラスラ出る。僕は光宮高校の学生でもなければ、新聞部ですらない。だけど、この事件を独自に調べてはいるので、3割くらいは本当だ。
本当と嘘の配分はその程度がベストだという持論がある。嘘だけど。
「あぁ、そうだったんだ。痛ましい事件だったね」
顔をしかめる去際さん。
「去際さんは、どうしてここにいるんですか?」
事件があった公園にいるのは、事件関係者か、警察か、犯人か。
僕はそのどれにも属さない。無関係者だが。
「犯人は現場に戻るって言うだろう? だから、もしかしたら、彼女を殺した犯人を、今度こそ写真に収めることができるんじゃないかって思ってね」
彼女が殺されたとされる昼の1時頃。偶然この公園で写真を撮っていた彼のファインダーに映っていたのは、1時を指し示す日時計と、倒れた被害者だった。彼はそれを、家で現像した時に気付いて、警察に届けたらしい。
「あの時、俺がもっと周りの景色を見れていたら、あの女の子に気付いていたら、もしかしたら助かっていたかもしれないと思うと、やりきれないよ」
いや、そうじゃない。彼は最もよく周りを見ていたはずだ。現像するまで気づかないくらい小さく、かつ目に見えて被害者だと分かる大きさで撮影し、日時計の時刻も1時であるとくっきり分かるアングルは、一点しか考えられない。
それは、水飲み場の上から撮影することだ。
公園を歩いていて、風景を撮影するごく普通のカメラマンが、水飲み場に足を掛け、周りを俯瞰するように撮影するだろうか。このアングルは、おかしいとしか思えない。日時計だけを写真に収めようとすれば、滑り台が邪魔をして被害者の遺体は写らないし、被害者だけを写そうとすると日時計の時間までは分からない。これは、そういう意図をして撮影したという確実な意思を見て取れる証拠としての写真だ。
そこに、冷徹で、冷酷で、冷静な犯人の意思を感じることができる。感情がない事務的な動線を。これはそうあるべくして撮影された写真だ。
「去際さんは、犯人はどういう人間だと思いますか?」
うーん、と考える素ぶりをして、彼は答えた。
「犯人は被害者の女の子の彼氏なんじゃないのかい? 事件の前に口論をしていたってテレビで見たよ」
「いえ、違います。彼は犯人じゃない。それに、犯人が誰かを聞いたのではありません。犯人はどのような心を持つ人間か、と聞いたんです」
身動木が犯人じゃない、と僕が断言したことに、去際さんは疑問を感じたようだ。そのことを言及しようとすると、犯人が去際さんだと思っていることを話さなければならないため、僕は無視して話を続ける。
「犯人は、まるで被害者を風景のように殺害しています。あくまでオブジェクトの一部として、日時計を美しく見せる添え物のように、客寄せパンダのように、現場を彩って、飾っているように僕は思うのです。なので、犯人は、美的センスの高い人間だと思います」
去際さんの目の色が変わったように見えたのは気のせいだろうか。彼の興味を撫でるように続ける。
「また、去際さんに写真を撮られたこと以外に犯人を示す証拠がまったくありません。この事から、犯人はかなり手際よく人を殺したのだと思います。彼を捕まるのは至難の業でしょう」
「彼、というのは、犯人の目星が分かっているのかい?」
去際さんが一際愉快に笑っている気がした。これは真実を隠すための笑顔か、それとも。
理解者が現れたことに歓喜する笑顔か。
「いえ、もし分かっても僕は捕まえるなんて、無粋なことはしません。ただ、その人と話をしてみたいと思います」
「無粋、ね。そうか」
僕に敵意が無いことが分かってほっとしたのか、彼はベンチに座ろうと言った。
座ってしまえば、高さがなくなるので、日時計も、また砂場の様子も確認できない。この構図では、これはただのさびれた公園だ。
僕は話を進めた。
「僕が疑問に思ったのは、二つの点です。一つは、完璧なアリバイ。そして、当日の天気です」
「なるほど」
動機のある人物に完璧なアリバイがあると、逆に怪しい。これは、そういうエンターテインメント作品が溢れている現代によく人が陥る罠だ。
僕が犯人なら、動機のある犯人役に罪をなすりつけるために、わざとアリバイを用意してあげるようなことをするだろう。アリバイをプレゼントしているように見えて、実はすかすかなアリバイと同時に犯人らしさもプレゼントしている。アリバイが解かれると、その人物が犯人だと思うだろう。
ま、それは過言だけれども。
「写真のアリバイは、日時計の時間が元になっていましたが、そもそも当日の天気は、終日曇りでした」
日時計の弱点に、太陽の光、というのがある。そもそも太陽の光による影で時刻を示すのに、太陽が出ていないときは、日時計はただの飾りになってしまうのだ。
警察は、たまたまその時間太陽の光が差し込んで撮影された、奇跡の写真だと、去際さんを絶賛したが、それは牽強付会というものだ。
太陽の無い日時計は時を刻むことはできない。
ただし、その状況を有効に使う手もある。
太陽をこちらで操作するのだ。
撮影などに使う、バックライトで。
太陽の光が届かない地で、任意の角度からライトを照らせば、1時でも2時でも何時でも時刻を示すことが出来る。
アリバイなんて、あってないようなものなのだ。
警察は、写真から、被害者、日時計の時刻をそのまま俯瞰し、容疑者を身動木社へ狙いを定めた。
しかし、僕はそれらの視点から、逆に犯人の方を見た。
写真の撮られた場所。日時計に差す謎の光。撮影の心得、機材、目撃者の立ち位置。
これらの不自然な影が指し示す道、犯人像を集めていくと、一人の人物が浮かび上がってくる。
去際通。フリーの写真家。目撃者。
彼が忌野諏訪乃を殺した犯人だ。
彼は話す。
テレビで良く見る、懺悔の気持ちを表した犯人でもなければ、ばれて運が悪かったと嘆く犯人でもない。
この間あった出来事を友人に話しているような、ごく普通の口調で。
「たまたま曇りの時に、良い日時計の写真が取れないかなって試したことがあってね。この方法なら何時でも好きな時間を刻んで撮影することが出来るって思ったんだ。ただ、それだけだとあまり美しくない。日時計の美しさが際立つ、魂震える添え物が必要だと思ったんだ。その時、これもたまたま、あのカップルの口論を目撃したんだ」
歯車と歯車が重なり、良い具合に嵌まった。
アリバイが解けた時の達成感にも似た、問題と問題が合わせて二つ同時に解けたときの甘美な誘惑。悪魔的な魅力を持った、犯罪の果実。
「あの公園は、住宅街が出来てから仕方なく作られた小さな公園で、周りの子供たちは近くの学校の公園に良く行くから、ここは普段からあまり人通りが多くない。人目を気にしたああいうカップルがたまにいるくらいでね。こんな美しい日時計があるのに、もったいないって思ったんだ」
だから殺した。
僕はその言葉に、満足した。
去際さんはベンチから立ち上がった。
「もう会うことはないだろうけれど、君と話せて楽しかったよ」
ありがとう、と彼は僕にカメラを渡した。昔ながらのカメラで、撮影したものがその場で確認できないタイプのカメラだ。だからこそ、時刻を偽ることが出来たと言える。
彼はそう言って去って行った。
ふと、僕はその公園に残って、写真を撮ろうと思った。
良い被写体がいない。今ここで撮影しても、そそられないな。そう考えたとき、日の光が差し込んできた。
日時計の針は、太陽の光を背負い、3時を指し示した。
僕はカメラを構えた。
3.
現像の仕方は分からないけれど、家に帰ってどうにかしてやってみた。
今は何でも調べられる。
フィルムには、今までに彼が写真に捉えてきた被写体が収められていた。寒さに震える少女。車の中でぐったりしている子供。ビル街の中、自然の中、様々な場所で撮影されたその写真は、命というものの儚さ、どうしようもなさ、小ささと訴えているようにも思えた。それらを見てから、改めて影道公園の写真を見ると、太陽の光が神々しさをたたえて、彼女の命の価値を際立たせているような、祝福しているようにも見えた。
ただまぁ、この光は太陽の光ではないのだけれど。
「嘘っぱちだなぁ。去際さん」
これが太陽の光だったのなら、百点満点をあげたかったけれど。
「もう一回、やる訳にはいかないからね」
もう一回、忌野さんを殺す訳にはいかない。
目撃写真の次に、フィルムに焼き付いているのが、僕がさっき撮影した写真だ。
その何枚か後に、例の写真がある。
日時計の針は3時を少し過ぎたところ。
被害者の気持ちになって優越を感じている、砂場に寝転んでいる沫河を、日時計と共に撮影した。
これこそ太陽の光で彩られた命の象徴。
人間は何度でも愚行を繰り返す忌み事の証拠。
この写真を沫河に見せても、「あの写真を真似したのね。ふーん。悪趣味」としか言われないだろう。
だから僕はこう言ってあげるんだ。
彼女の嫌がる顔が見たいから。
「ほら、写真を撮ってあげるから、笑って。冷華」
これで彼女の可愛い顔が撮れるかも。
なーんてね。
影道ダイアル…………完
月曜日に続く。
◎あとがき◎
初投稿です。はじめまして。虹峰 滲です。にじにじと呼んでください(嘘)
これは3年前くらいに1日でドーンと書いたものです。
長らく日の目を見ることがないままハードディスクが壊れ、クラウドに生き残っていたのがこの子だけでした。
で、先日、友達の話を聞いてたら、2017年のホラー小説の企画を知り、舞台設定をのほほんと眺めていたら、ストーリーがひらめいてしまったので、この作品のキャラクター達に、廃墟遊園地に行ってもらうことにしました。
それなら、彼らの第1話も投稿しなくては、と。
彼らにはシリアスで暗い話を担当してもらおうと思います。
飽きたら能力者バトルモノになる傾向があるので、なんとか踏ん張って現代ミステリーを書こうと思います。
2017ホラーに投稿する小説のジャンルは、ミステリーホラー。
ガチなミステリーじゃなさそうなので、番外編みたいな感じで読んでみてもらえたら幸いです。
でも大丈夫。彼らが好きそうな事件が起きて、人が死にますから。
おそらく、7月の中旬くらいに投稿するかと思います。
ちなみに、日時計は英語でサンダイアルというらしいです。
サンクロックでもサンウォッチでも無いんですねー。
豆知識。さっき調べて、ついでにタイトルも変えました。
またいい物語が思いついたら、その時にまた投稿します。
それでは、また。