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第四章:六話 嫉妬の炎は骨をも燃やす

          ◇         ◇          ◇


「ようやく静かになりました」

『嫉妬仮面が来てから騒がしさに拍車がかかってますよねー』

「静かな環境が欲しいところです。さて」


 悲鳴を上げて逃げる常盤平と、奇声を上げて追いかける嫉妬仮面たちはまるっと無視して、宗兵衛は机の上に書類を置く、とヒンヤリとした冷気が宗兵衛を包んだ。


『魔石養殖は順調のようですねー?』

《肯定。まったくもって順調です》


 冷気の発生源はラビニアとリディルだ。内と外、双方からの冷気に宗兵衛は骨の身を震わせる。


「すべては特産品開発のためです。この集落のため、僕たちの未来のためです」

『わたくしはなにも言ってませんよー』

《同調。うまくいくことを願っています》


 幻の胃痛をこらえつつ、そうなれば本当に特産品の完成だ、と宗兵衛は嬉しくなる。白取くるみとフリードとの接点ができ、外部との交易への道が多少なりとも開通した。だが商品がなければ交易は成立しないし、接点にもなんの意味もない。商品にしたところで、魔物たちが採ってくる木の実や魚や獣では著しく魅力に欠ける。そこで宗兵衛が考えたのが、マンドラゴラを使った商品開発だ。


 常盤平の作成した内政無双推進計画書に目を通した際、真珠の養殖を思い浮かべた。真珠のように、土系統の魔石や水属性の魔石を養殖ができるかもと考え、技術や知識の不足から諦めた経緯がある。


 マンドラゴラとの出会いがなければ、今でも諦めたままだったろうが、マンドラゴラとの合流が状況を覆す。養殖真珠に必要になる養殖用母貝の役割が、マンドラゴラには可能なのだった。


 植物型の魔物であるマンドラゴラの作る実の中に、真珠核に相当する核を差し入れることで魔石を養殖しようと宗兵衛は考えたのだ。厳密には、リディルからマンドラゴラは魔石養殖に適していると教えられて、宗兵衛が考えたのであるが。リディルの、マンドラゴラの適性を告げてきたときの得意そうな声が宗兵衛には忘れられそうにない。


 通常、魔石ができるまでには――核となる小さな石や砂粒が長期に亘って魔素を帯び続ける必要があるため――年単位の時間がかかる。しかし最初から魔力のあるもの――例えばゴブリンの体の一部を核とすれば、マンドラゴラの魔力も合わさって短期間に魔石を作れるのではないか。


 マンドラゴラの生育環境を十分に整える必要はあるが、それはリディルらのフォローで問題なく行える。自然界では一グラムを超える大きさの魔石が産出されることは稀で、産出してもすぐに国家の預かりとなるため、一般に流通している魔石の大半は一グラム未満の石だ。


 この問題も養殖ならクリアできる。マンドラゴラ次第だが、上質で大きな石を作ることも可能だろう。加えて魔石は鉱脈から採掘されるという性質上、土属性が多い。


 他の属性を望む場合、長く生きた魔物から得る必要があり、危険性から値段は跳ね上がる。植物型であるマンドラゴラの属性は七割が土で三割が水であるため、上手くいけば水属性の魔石ができるだろうと宗兵衛は目論んでいるのだった。


 実際に魔石養殖は順調で、商業ベースに乗ることも夢ではない。そんな魔石養殖に絡む唯一にして最大の問題が、エスト、クレア、ラビニア、リディルからの不満が極めて大きいことだ。魔石養殖の手順について説明を説明した際、マンドラゴラが顔を赤くしたことに宗兵衛は気付かなかった。


『それって、我々とイッキ様方との結晶ということになるのでしょうか』

「そうですね。常盤平や僕の一部と、君たちの花があって初めてできることですから、結晶であることには間違いありません。大丈夫です。確かに初めてのことで不安はあるでしょうが、初めてなのはこちらも同じです。できるだけ貴女方の負担にならないよう、優しく丁寧にしますから、どうか僕たちを信用して任せてください」


 ますます顔を赤くするマンドラゴラに、急激に機嫌の悪くなるエストたち。宗兵衛は完全に失念していた。魔石養殖が前進できた事実がうれしくて、忘れていたのだ。


 結実には受粉というプロセスが必要になることを。


 本来はマンドラゴラの雌ずい先端に花粉を付着させることが受粉なのだが、魔石を作るため、事前に花粉には常盤平か宗兵衛の魔力を帯びさせる。結実すると、まだ小さい実の中に核――常盤平か宗兵衛の体の一部を用いる――を差し入れ、養殖魔石を形にしていくのだ。自然界における受粉とは違う形、しかし受粉と評することも可能な手順である。


「もちろん、経過観察は丁寧に行います。集落のためとはいえ、異物をその身に受け入れてくれた君たちを、万が一にも危険に晒すわけにはいきません。この話を受けてくれるというのなら、君たちの体はもう、君たちだけのものではなくなるのですから」


 もはやマンドラゴラは顔だけでなく全身が赤くなっている。なにか単語を選び間違えているのだろうか。宗兵衛は自信の胸中に湧き上がった疑問を、


「さあ、安心して僕たちにすべてを任せてください」


 これまたまるっと無視することに決めた。常盤平がマンドラゴラとの子作りがどうのと、意味不明なことを口走りながら殴り込んできたのとなにか関係でもあるのだろうか、とのんびり考える。


 あるのだ。関係が。大いに。


『はい。我々のすべてを捧げます』

「ええ、よろしくお願いし………………うん?」


 すべてを捧げる、とマンドラゴラが頷いて初めて、宗兵衛はなにかおかしいと感じたのだ。手遅れにも程がある。エストたちの機嫌が悪いのは、女性型の魔物が常盤平の近くに増えることが理由だと判断していた。ラビニアとリディルの機嫌が悪い理由は、ちょっとよくわからないので放置していた。


『イッキ様、ソウベエ様の欠片を用いる以上、これらの魔石は我が子同然と思って育てます!』


 瞬間、空気が凍結したことと、凍結した空気が砕け散ったことを宗兵衛は克明に覚えている。あの後、お仕置きと称する折檻が宗兵衛――と、その場にいなかった常盤平――の身に降りそそぎ、二人して臨死体験をしたのも、今となってはいい思い出だ。いや決してよくはない。


 宗兵衛は養殖状況を示す書類をペらりとめくる。


「この分だと、初めての出荷もなんとかなりそうですね」

『自分の子供をお金のために売るんですかー?』

「お待ちなさい。あくまでも子供同然であって、子供ではありませんから。異議を申し立てます、異議を」

《主は外道です》

「違いますよ!? 農家が家畜を育てるときは美味しくなぁれと愛情を掛けて育てるように僕もですね」


 そのときだ。


「ひゃっはああぁっぁぁぁあああっ! 罪人を発見したぜええぇぇぇえっ!」

「まさか子作りまでしているクサレ外道がいやがるたぁ、恐れ入ったクソ度胸じゃねえか骨野郎ぉぉおおっ! 火刑か磔刑かくらいは選ばせてやるぁぁぁぁああ!」


 狂笑を撒き散らしながら出現したのは二体の嫉妬仮面だ。全身からはどす黒い嫉妬の炎が天を突く勢いで吹き上がっていた。


「バカな!? 君たちは常盤平の死刑に誘導したはずっ」


 所詮、この程度の信頼関係である。


『『奴は既に始末したああぁぁぁああっ!』』


 嫉妬一号が鋭く長い爪をべろりと舐めると、嫉妬二号の口からは瘴気が「こふぅ」と漏れる。魔物よりも、妄執で動くアンデッドに近い性質がうかがえた。


「その常盤平が今際の際に教えてくれたぜぇぇぇ? てめえ、盲目の幼女に『お兄ちゃん』って呼ばせて喜んでいるらしいじゃねえかあぁはああぁぁん?」

「あのクズ、言うに事欠いてなんて嘘をっ!」

『宗兵衛さんに一騎さんをクズ呼ばわりする権利はないと思うんですけど』

「そんなことはありません」

「しかもその幼女に、自分の頭をよしよしさせてたそうじゃねえか!」


 恐らく骨体を失って頭部だけになっていたときのことだろう。悪意に満ち満ちた表現である。


「魔物との間に子供まで作ったてめえだ! いずれその幼女も『お兄ちゃん、わたし初めてだから』とかなんとか言わせて毒牙にかけるつもりでいるんだろうが、そうはいかねえ! 世界中の幼女はこの嫉妬仮面二号が守るっ!」

「異世界でわざわざ妹(幼女)まで作るとはな! もはや問答は埒もなし! 貴様を粉砕して嫉妬の炎にくべてやるわああぁぁぁああ!」

「く、交渉はできそうにありませんね。ここはひとまず撤退を……っ!?」


 宗兵衛の全身から力が抜ける。床に転がる直前、宗兵衛は骨体内から魔力が感じ取れなくなっていることに気付いた。


「ちょ、リディル!?」

《主はそろそろ痛い目に遭うべきだと判断します》

『猛省を促すべき時期ですよねー』


 いつの間にかラビニアは宗兵衛の頭の上から離れていた。


『『げっひゃはははははぁぁぁっ! 祭りじゃぁぁぁぁああっ! 天にまします嫉妬の神よ! 我らからの供物をお受け取りやがれ! 覚悟はいいな骨野郎ぉぉぉおおっ!』』


 嫉妬仮面たちは宗兵衛を担いで去って行き、


 ――――なに!? もう宗兵衛を捕らえたのか!?

 ――――常盤平! 君という奴は! よくも人を売ってくれましたね。苦楽を共にした仲間を売って心が痛まないのですか!?

 ――――どの口が言ってんだコラぁっ!

 ――――おいおいおいおい、もう復活してやがんのか、クソゴブ野郎ぉっ!

 ――――ちょうどいい! 今度は八つ裂きにしてやるぜああぇぇぇっ!

 ――――ぎゃあああああぁぁぁぁぁああっ!


          ◇         ◇          ◇

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