第四章:四話 雑魚魔物には問題が付きまとう
嫉妬仮面たちを集落に迎え入れるか否か。一騎たちにとっても予想外の展開が、喫緊の課題として持ち上がっていた。
一騎個人の考えとしては、嫉妬仮面を受け入れることに抵抗はない。むしろ、日本における数少ない繋がりを、この異世界においても継続できるのだから喜ばしい限りである。嫉妬仮面三号としてちょっぴり羽目を外してしまうだろう懸念はあるにせよ、せっかく頼ってきてくれた友人たちを、危険度の高い森に放り出すのは憚られる。
一方、女性陣は軒並み反対姿勢を採っていた。
『『我らが来たからには、この集落に新たな掟を課す! すなわち! 男女交際の全面禁止である!』』
こんなバカなことを嫉妬仮面の二人が口走ったからだ。一騎もオタクとしていくつも異世界転生ものの作品に触れてはきたが、男女交際禁止を持ち出した作品はちょっと記憶にない。
そして女性陣が反対している以上、力バランス的に一騎の要望が通る可能性は限りなく低い。基本的にエストたちは一騎の言葉に従うのだが、嫉妬仮面の持ち出した掟などが正式に制定されようものなら、これまで通りのこと――一騎の布団に潜り込んだり、起こしに来たりなど――が制限されてしまう。エストたちが受け入れることはあり得ない。
「イッキはわたしと一緒に寝るのがそんなに嫌なの!?」
「嫌なわけないだろう! めっちゃ嬉しいよ!」
『我が起こしに行くのは!?』
「大歓迎だ!」
エストやクレアみたいな美人との接近を忌避する男がいるだろうか。断じていない。思いの丈を告白した瞬間、エストとクレアの顔は朱に染まり、動きが止まった。
『『(コホゥ~~……コフゥ~~)……』』
ついでに一騎の頸動脈には嫉妬仮面の鋭い指が触れている。頸動脈を押さえて意識を奪い去るつもりなのか、はたまた頸動脈を引き千切るつもりなのか。一騎と嫉妬仮面たちの視線が交錯する。嫉妬仮面の血走った目は
――――わかっているよなぁぁぁあああ?
――――裏切りには死の制裁をぉぉぉ
――――お前はこっち側だろうぉぉぉ~~~~?
――――なあ、おい? 信じているぜぇぇぇぇ
「…………」
言葉によらずとも雄弁に語っていた。
(あれ? もしかして、こいつらがいないほうが俺は幸せになれるんじゃないか?)
一騎の脳裏にこれまでのものとは別の考えが浮かび上がる。ここはまず冷静になって状況を整理してみよう、と目を閉じた。
まず、このままの場合はどうなるのか。
エストやクレアとの楽しくも色々と刺激的な日々を送ることができるし、美味しい食事を始めとする快適な生活環境も維持される。くるみとフリードの協力により外部との接点ができ、作物を育てる目途が立ち、ドワーフのような妖精族ももしかすると集落に足を運んでもらえるようになるかもしれない。もちろん、他の魔物や教会等との衝突の可能性は高いが、それなりに明るい展望が確認できるのではなかろうか。
翻って嫉妬仮面たちを受け入れた場合だ。男女交際を禁じる彼らは、むやみな異性間接近も同様に禁止すると高らかに宣言している。よって、例えば
ケース一、エストが布団に潜り込んできた場合 → 一騎は拷問の末に死刑。
ケース二、クレアに朝、優しく起こされた場合 → 一騎はスムーズに死刑。
ケース三、エストやクレアからスキンシップを受けた場合 → 一騎は死刑後に蘇生させられて再度死刑。
いずれも自分がモデルケースになっている点に物申したい一騎だが、恐ろしいほど一騎に厳しい結末が待ち構えているではないか。厳しい人生は人間のときのみならず、異世界転生後にもかなり経験済みだ。いい加減、優しい世界になってもいい頃だと一騎は思う。
農業の確立は嫉妬仮面の有無にかかわらず継続されるだろうか。いや、くるみとフリードを見た時点で、発狂した連中はフリードの処刑を敢行する恐れが強い。ドワーフのような妖精族が集落を訪れると仮定しても、男女交際禁止の場所に長居したい奴などいないだろう。
(おや?)
考えをまとめていくと、一騎は首を傾げざるを得ない。嫉妬仮面を受け入れるメリットが驚くほどないのである。逆に放りだしたほうが、一騎の極刑リスクが減るという特大メリット付きだ。
(もう少し丁寧に考える必要があるな)
小さく頷くと同時、再び一騎と嫉妬仮面たちの視線が交わった。嫉妬仮面の目が語り掛ける。毛細血管の破裂した彼らの目は一騎を信じてやまず、一緒に戦おうぜ、と熱い情熱を湛えていた。この信頼に応えるべきだろうか。
一騎は考える。彼らの信頼に応えるべく、エストたちを向こうに回しての論陣を張るべきだろうか。見捨てちまえよ、なんて悪魔の囁きが聞こえてくる。隣では天使も同意していた。
――――おい、常盤平。こっちはお前の中学時代を知ってるんだぜ?
(っっ!?)
一号のぼそりとした呟きは、雷となって一騎の背筋に落ちる。確かにこの一号とは中学校も同じだった。今ほどではないが親しい部類に入り、ラノベにハマっていた一騎は、よりにもよって「中二病に侵されている当時の自作の歌」を一号に読ませたことがあるのだ。
――――協力しないなら……ばらす!
(き、貴様ぁぁああっ!)
まさか脅迫なんて外道な手段に打って出てくるとは。完全に一騎の予想外だ。
(なにか! なにかあるはずだ!)
見つけないと嫉妬仮面たちは集落から追い出される。その際には一騎の命も――社会的な意味も含めて――露と消えかねない。
(こいつらも転生者なんだから並の魔物よりは強力なはず。集落の戦闘力を上げることを名目にすればなんとかなりそうな気が)
しないでもない、程度の認識だ。必死に頭を捻っていると、ふと、宗兵衛と視線があった。
「宗兵衛はどうだ? やっぱり反対か?」
ぎゅりん、と嫉妬仮面の首が急速に動く様は、完全に人間離れしている。
「僕としては受け入れてもいいと思いますよ」
『『さすが名誉嫉妬仮面の小暮坂だ!』』
「極めて不名誉です」
宗兵衛の肯定に喜色を露わにする嫉妬仮面たちと、敵意を前面に押し出すエストたち。宗兵衛の頭の上ではラビニアも冷ややかな眼差しを閃かせている。
『どういうつもりなのか、聞かせてもらってもいいですかー?』
問いかけのはずなのに、ラビニアの声音からは、返答次第によってはただでは済まさないという冷然たる決意が透けている。
「簡単な話ですよ。ちょうどいいタイミングだというだけのことですから」
《タイミング、ですか?》
リディルの疑問はその場の全員の疑問だ。宗兵衛は骨の腕を組んで重々しく頷いた。
「ええ。フリードさんを通じて種苗も手に入るようになりました。難易度の低いものからになりますが、作物を育て始めたところです。そこで、五穀豊穣を願って天地に捧げる生贄を探していまして」
『『『なるほど、それは確かに実にいいタイミングね』』』
ガタガタ、と宗兵衛の発言に合わせて女性陣が立ち上がった。エストはいつの間にか炎で剣を作り出し、クレアやハーピー、マンドラゴラたちも思い思いの得物を手にしている。
「ちょうどよくないよね!?」
「殺意高すぎだろ!?」
嫉妬仮面たちは一瞬で部屋の隅にまで逃げ、寄せ合った体を恐怖に震わせる。真っ黒なシルエットだけになった女性陣の口が三日月のように歪んでいるのは、素直に恐ろしい。
「ただまあ、先に僕の話を聞いてください」
宗兵衛が持ち出した話とは、嫉妬仮面の信奉者たち、俗に嫉妬団もしくは嫉妬教団と呼ばれる連中のことだった。彼らは人間社会における少数派ではあるが、それなりに勢力を広げている。決して最大多数にはなりえず、しかし消滅することもない。嫉妬仮面が集落に来た際、酒を取り出したことから、フリードたちとは別の形で外部との接点を設けることが可能となる。窓口が一つだけという事態を回避できるのなら、嫉妬仮面と嫉妬団も有意と言えるのではないだろうか。
「よって嫉妬仮面の受け入れに僕は賛成します。もちろん、彼らの生殺与奪の権限はエストさんやクレアさんが保有するという条件付きで」
『『酷い!?』』
「それが嫌なら出て行けばいいのですよ。ですが、出て行っていいのですか? 寄る辺もなく、ただただ闇雲にリア充を粉砕するだけで、本当に君たちはいいのですか?」
『『く……し、しかしっ』』
そこまで口にして、宗兵衛はおもむろに嫉妬仮面たちの耳元に口を近付ける。
「君たちがここから出て行くということは、常盤平の幸せを止める術と情熱を持ったものがいなくなるということですよ?」
「おいこら宗兵衛!?」
『『はっ!』』
嫉妬仮面たちは己の使命を思い出したと言わんばかりに、顔を上げた。
「いやちょっと待て、お前ら! そうじゃないだろ!」
「そうか……この身には、成さねばならぬ重大な使命があったのだったな」
「まさか、こんな重要な使命を見落としていたとは……」
ギリ、と奥歯を噛みしめた彼らは幾ばくかの逡巡の後、決意の声を出す。
『『男女交際禁止は取り下げる。だから、この集落に置いてくれ』』
「ええ。心の底から、君たちを歓迎しますよ」
こうして、集落に新たな仲間が加わった。男女交際禁止という暴論が撤回されたことで、エストたちも一安心と息を吐いて受け入れ姿勢に転換する。嫉妬団への影響力から外部との接点――どうにも偏りが出そうな気がする――が新たにできたことも喜ばしいことだ。唯一人、
「宗兵衛、てめえっ! 俺を生贄にしてるじゃねえかこらぁっ!」
「実に難しい決断でした。僕としても良心の呵責に押し潰されそうです。おっと、そろそろ昼食の時間ですね」
「軽い!? しかもお前は食事しねえだろ!」




