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第四章:二話 冒険者たち

 一般に冒険者というと、礼儀作法を弁えない荒くれものの集団と考えられている。もちろん、そんな連中ばかりでないのだが、特に階級が下の冒険者にはこの傾向が強い。


 最上級のA級から最下級のF級で区分けされる彼らは、各々のランクに見合った依頼を受注し、成功報酬を受け取ることで生計を立てる。しかし、低ランクで受けられる仕事には実入りが乏しいものが多く、かなりの割合の低ランク冒険者は副業を持っているのが常だ。


 問題なのは、副業の種類である。


 冒険者登録をしながら市場や他の商店で働くような真面目な部類なら構わない。積極的に魔物を狩り、その素材を売却することで副収入を得ているケースも大丈夫だ。盗賊紛いの連中こそが問題なのである。他の冒険者が戦闘の末に手に入れた戦利品を強奪するケースはまだマシで、酷いものだと、盗賊と結託して護衛を引き受けた商人を襲う連中までいるほどだ。


 冒険者全体への信頼にかかわる以上、冒険者組合としてはこれを放置しておくことはできない。素行の悪い冒険者及びパーティの情報は冒険者間で共有され、組合内部で設立された監察士――冒険者の活動を監視、評価し、場合によっては冒険者の捕縛や処分を実行する――が指導しているのである。


 ただ、冒険者の総数と比較して監察士の数が圧倒的に少ないため、「重要度が低く、素行の悪い冒険者の捕縛」は一般の依頼として、組合から発注もしていた。


「確かに、『鮮烈の牙』のメンバー三人を確認しました。ご苦労様でした」


 冒険者組合の地下には牢があり、官憲に引き渡すまでの間、臨時的に犯罪者を留め置くことができるようになっている。個室対応などではなく、手枷足枷を着けられた複数人が一つの牢屋にぶち込まれるのだが、今、組合受付のケイティの冷ややかな視線の先には、『鮮烈の牙』を登録パーティ名とする三人組が石床の上に転がれていた。Eランクパーティの彼らは冒険者稼業の傍ら、知りえた情報を元に商人や依頼人から金品を強請っていた犯罪者であり、冒険者組合から捕縛ないしは討伐依頼が出ていた。


「いえ、冒険者全体の問題ですから」


 ケイティの言葉に力強く返したのは、E級冒険者のペイジだ。まだ少年の面影が残る彼と、彼のパーティが捕縛依頼を受注し、見事に達成したのである。ペイジを含む男女二人ずつの四人パーティで、いずれもまだ年若い。


「ちょっとペイジ」

「っい!」


 マルチナの踵が流れるような動作でペイジの右足甲を踏む。マルチナは年上で美人のケイティにデレっとなっているペイジが不愉快で仕方ないのだ。「おま、なにすんだよ、マルチナ」「別に」などとやり取りをしているペイジたちに、他の二人、ザックとメーガンが呆れと生暖かい好意の入り混じった視線を向けていた。


 構成的には、剣士のペイジと、徒手空拳で戦うマルチナが前衛。回復魔法を使えるザック、弓を扱うメーガンが後衛だ。リーダーのペイジが攻撃魔法の使い手をスカウトしたがっていることは、公然の秘密だった。


「それでは皆様、依頼完了と報奨金支払いの手続きがありますので上に戻りましょうか」

「お、おい、ちょっと待てよ!」


 小さく笑んだケイティに被せてきたのは、『鮮烈の牙』のリーダー、ホフマンだ。ペイジたちとの戦闘で全身に傷を負っているが、命に別状がないだけではなく口を動かすのにも支障がないらしい。


「つい出来心だったんだ。本当だ、ケイティ。嘘は言わねえよ。冒険者だって俺たちみたいにランクが低いと稼ぎが少ないから、生活のために仕方なくやっただけなんだ。なあおい、酌量とかってねえのかよ。俺たちの仲だろ、ケイティ?」


 どんな仲なんだ、と一人の例外を除く全員が冷ややかな目で語っていた。例外はペイジだ。思い切り目を剥いて、明らかに動揺している。


「はぁ」


 ケイティは呆れと軽蔑を織り交ぜた息を吐く。


「貴方方のしたことは冒険者全体への信頼を著しく傷つけました。出来心? 貴方方の素行の悪さは冒険者になる前からのものでしょう。生活が苦しいのだって、得たお金をすべて酒と遊びにつぎ込むから。どこに酌量の余地があるの?」


 淡々とした指摘にホフマンと、普段のケイティの姿しか知らないペイジたちは黙り込む。今のケイティにはそれだけの迫力が備わっていた。


「処分の内容は冒険者資格の剥奪は当然、あとは犯罪奴隷といったところでしょうか」

「っ!」


 犯罪奴隷の単語に、へつらう姿勢を前面に出していたホフマンも、態度と表情を一変させる。拘束されている四肢をバタバタと動かし、足枷を石床に叩きつけて音を立てる様は、動物が周囲を威嚇するのに似ていた。


 犯罪奴隷とは奴隷の区分の一つで、そのまま、犯罪者が奴隷身分へと落とされることを意味する。奴隷自身が作った被害額と、購入者が出した金額分に相当するだけの働きをすれば奴隷から解放される身分だ。だがこれは建前であり、ほとんどの場合、死ぬまで奴隷として使い倒されることになる。唾を伴って吐き出される個性と独創性に欠ける雑言を背中に受けながら、五人は薄暗い地下を出た。あまり長時間いると、それだけで病気になりそうな空間からは早く出るに限る。


「じゃあ、次はどんな仕事を受ける?」


 組合の一階、冒険者への依頼が張り出されているボードの前で、ペイジは腕を組みながら仲間たちに問いかける。


「冒険者らしいものをお願い」

「魔物討伐とかダンジョン攻略とか」

「ダンジョンって、この辺じゃ魔の森の中の洞窟とかじゃないの」


 問いかけられた仲間たちは掲示板近くのテーブルに集まって、『鮮烈の牙』捕縛で得た報奨金の分配をしている真っ最中だ。一応はパーティリーダーのペイジのセリフなど半分くらいしか聞いていない。


 掲示されている依頼票は階級毎に分けられており、冒険者は自分たちのランクより一つ上までの仕事を受けることが可能で、現在、E級のペイジたちはD級の仕事までは受注できる。


 F級は初心者や見習いレベルとされ、扱える仕事も雑用類が中心だ。E級になると討伐や護衛の依頼が増えてくる。もちろん討伐依頼の中でも報酬の少ないもの、つまりはゴブリンのような雑魚が相手となることが大半だ。これがD級となると、冒険者の中でも一人前扱いとなって、討伐対象となる魔物の危険性も上昇してくる。故郷と年齢が近いものどうしで集まったペイジたちは、今回の『鮮烈の牙』捕縛の功績もあって、近々、D級昇格を見込まれていた。


 ――――はい、完了札を確認しました。こちらが報奨金です。

 ――――あああありがとうございます、はい。


 穏やかなケイティの声がペイジたちの耳に届く。受付にいたのは冒険者の間ではちょっとした有名人になっている男だ。中年と呼べる年齢になってから冒険者登録をし、冴えない外見ながら、受注した仕事は失敗したことがないらしい。


「行商人のフリード、だっけ?」

「ああ、そうだな、マルチナ」


 掲示板に視線を固定したままのペイジの適当な相槌に、マルチナはため息をつく。フリードはF級の仕事に相応しい小銭を麻袋に放り込むと、ペイジのいる掲示板の前にまで歩いてきた。重心のしっかりしていない歩き方は、まだE級のマルチナたちの目から見ても、武芸に長じていないと断言できる。


「休まなくていいのかい?」


 ペイジの質問にフリードは額の汗を拭きながら答えた。白かったはずのタオルは既に茶色く汚れている。


「いやいやいや、貧乏暇なしというやつでしてね。働き続けないと商品の買い付けにも事欠いてしまうのです。休む暇を作ることもできなくて」


 早口のフリードの顔には、疲れもあるが充実感も多分に含まれている。茶色味を帯びたタオルをポケットに捻じ込んだフリードは、掲示板に張り出されている中で、報酬も難易度も低いものを選ぶ。


「ではではこれで、わたくしは失礼させていただきます。あまり待たせてしまうと怒られますので、はい」

「ああ、そういやアンタ、年下の女の子と組んでるんだっけ? 冒険者には登録していないみたいだけど、いいのか?」

「はい。彼女は冒険者になる気はないのですが、こうしていつも手伝ってくれておりまして。実力でも数段上で、正直、とても助かっていますです」


 フリードについては、冒険者でもない少女を働かせて金を稼いでいる、との悪評がチラホラと聞こえてくるのだが、稼ぐ金額が小さいことと、その少女とやらが実際にかなり強い――絡んできたD級冒険者を一蹴した――ことで、問題としては捉えられていない。依頼達成のために一般人に協力を仰ぐことも珍しくないからだ。


 まあ、一般人からの協力は普通、情報提供や道案内のようなものが主で、戦闘力の提供なんてケースはやはり少ないことには変わりがない。


「むぅ」


 フリードは受注手続きを手早く済ませ、組合事務所を後にし、その逞しくも頼もしくもないF級冒険者の背中を、マルチナは羨望を込めて見送る。


 冒険業と商人を両立していることが羨ましい、はずもない。彼女が羨むのは、フリードのパーティというかチームというか、相方がいることへだ。中年で新米冒険者のフリードは、若くてかわいい少女とコンビを組んでいることで知られていて、その仲が、こう、なんと表現するか、恋人とか夫婦とか、とにかくマルチナがそれこそ喉から手が出るくらい欲しい関係性なのである。


「お! こいつなんかどうだ? ゴブリン討伐だってよ。よさそうじゃないか、マルチナ?」

「こ、の」


 だというのに、このペイジなる少年は目を輝かせて冒険者業に励むことにしか意識が向かないのだから、思わず拳を握り込んでしまうのも無理からぬことである。


「ゴブリン討伐なんか久しぶりじゃないか。おれはいいと思うぞ?」


 マルチナの左フックがペイジの肝臓を抉る前に、とザックが賛成を示す。隣に座るメーガンに目配せをするのも忘れない。


「そ、そうね。やっぱり魔物を狩るのは冒険者の基本みたいな仕事だし。うん、あたしはいいと思う。賛成」

「どうだ?」


 にか、と少年っぽさの残る顔に大きな笑みを浮かべての言葉だ。マルチナに反対できようはずもない。


「く、ぬ。そ、そうね」

「それを受注して下さるのですか?」

「え?」


 いつの間に受付カウンターから移動していたのか、ペイジたちの近くにケイティが立っていた。背筋を伸ばして立つケイティの姿勢は、どこかのお屋敷に務めていたのではないかと噂されるほど絵になる。美貌もあってケイティのファンは増える一方だ。ファンの一人であるペイジの顔は一気に赤くなって、対照的にマルチナの機嫌は急激に悪くなった。ザックとメーガンは頷き合って、そっと距離をとる。


「助かります。最近はゴブリンの目撃情報も増えていて、依頼の数も右肩上がりなんですけど、ゴブリン討伐は労力の割に報酬が少なくて、引き受けてくださる方もあまりいないものでして」

「任せてください、ケイティさん! ゴブリンなんかすぐに片付けてきますから!」


 鉄製のプレートで覆われた胸を力強く叩くペイジ。傍らではマルチナの手の中にある木製のコップが軋んでいたが、ペイジは気付かず、気付いたザックたちはペイジの末路を思いやって不誠実ながらも祈りを捧げた。


「受注手続きをお願いします。皆もそれでいいよな?」

「いや、まあ、仕事を受けること自体には異論はねえけどよ」

「後でちゃんとマルチナへのフォローはしときなさいよ?」

「へ? マルチナ? フォロー? なんで?」


 素でピンときていないペイジには溜息をつくしかない。幼馴染として、ペイジの鈍感さを思い知っているマルチナの溜息は、他の二人と比較して尚の事大きかった。


「な、なんだよ。なんかあったのか、マルチナ?」

「いいえ? 別に、なにも?」


 にっこりと微笑むマルチナからは、周囲を威圧する迫力が醸し出されていた。

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