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幕間:その九 デュラハンは教会に就職しました    ~ブラックな職場編~

「ぜぇっ、ふぅほっほぅ」

「ぶふぇえ……けふ、けっほ」

「ふひぃぇ、も、む、ぃり……」

「死ぬ……ほ、んきで……じんでじま、ぅ」


 精も根も尽き果てるとは正にこのこと。デュラハンに転生して、本来なら自分の首を脇にでも抱えているのが当然な荒巻周平も、頭部を放り投げて地面に大の字で横たわっていた。


 疲労のないはずの動く鎧リビングアーマーの矢野大輔は壁に体を預けて微動だにしない。六本足の馬――スレイプニルという種族の日下純一郎は地面に倒れて、口から舌をだらりと出したまま白目を剥いている。もっとも体力のありそうな単眼巨人サイクロプスの鈴木喜久雄はエクトプラズムみたいなものを吐き出して真っ白に燃え尽きていた。


 人よりも強靭であるはずの彼らのいずれもが活力を失い、荒巻、日下、鈴木の三人の顔色は極めて不良。動く鎧リビングアーマーの矢野大輔には顔色という概念はないが、少なくとも生気を感じ取ることはできない。小刻みに痙攣している荒巻周平の鎧の色艶も、鈍って薄汚れて見えるのは決して気のせいではないだろう。


 この場に医療関係者がいれば、下手をすると急変時コールの手配で大慌てになっていたかもしれない。不幸にして、この場にいるのは医療関係者ではなかった。代わりに、というのも不適切かもしれないが、場合によっては医療関係者よりも命が如何に大事かを説く人物がいる。


 真正聖教会、スコアの街の教会の副教会長、アイリーン・ドランは実に満足気な、後光が差しても何ら不思議ではない素敵な――向けられる側にとっては不吉極まりない――笑顔を振りまいていた。アイリーンのすぐ後ろには、これまた疲れ切った顔のハーピー、菊池美波がふらつきながら立っている。もちろん顔色は悪い。土気色とはこんな色か、との見本のようだ。


「ふむふむ、さすがは魔族の勇者たちね。近隣の村を襲っていた魔物の群れの討伐、崩れた炭鉱からの鉱夫救出、氾濫を防ぐ治水のための土木工事……人間の冒険者や、普通に業者に発注していたら年単位でかかってもおかしくない仕事を一ヶ月足らずで片付けるなんて!」


 腰に手を当てて得意気に胸を張るアイリーンに、荒巻は息も絶え絶えに首だけをゴロンと向けた。


「ど、どうでえ、アイリーン。言われた仕事は、全部こなしてきたぞ」

「まったくもって実に見事だったわ」


 アイリーンは大きく頷き、


「じゃ、これが次の仕事よ」

「「「待てこらぁぁぁあああっ!」」」


 情けも容赦も優しさも慈悲も気遣いも労いも、一欠けらたりとも示さないアイリーンの言行に、どこからどう見ても誰がどう見ても瀕死のようにしか映らない荒巻たちも、目を吊り上げて憤慨の声を上げる。尚、体は地面と熱く抱擁したままだ。


「おや、シュウヘイ、元気じゃないか」

「これっぽっちも元気じゃねえよ! 見ろよ、おれたちの状態!」

「そうだ! 仕事なんかできるはずねえだろ!」

「ちっとはこっちのことも考えろこらっ!」


 荒巻に続いて矢野と日下が吠えたてる。単眼巨人サイクロプスの鈴木が吐いているエクトプラズムも、同意するかのようにうねっていた。抗議の嵐にしかしアイリーンは力強く頷いて、サムズアップをしてみせる。


「若いんだから大丈夫!」

「「「人の命を屁とも思ってないっ!?」」」

「いやいや、あんたら人じゃないし。魔物だし。魔族の勇者だし。人よりも頑丈なんだからオッケーっしょ?」

「「「軽く言うなああぁぁぁああっ!」」」


 このアイリーン・ドランは色々な意味で有名な人物だ。色々の中には悪名もふんだんに混じっている。


 平民出身でありながら二十代前半の若さで副教会長にまでのし上がり、将来は枢機卿も夢ではないと噂されている彼女は、剛腕と異名される行動力と突破力から敵も多い。敵と味方の比率は概算で九:一といったところで、むしろ敵ばかりとも表現できる。


 スコア教会の教会長は露骨にアイリーンを嫌っていて、このことを鮮明にもしていた。部下たちに対して「アイリーンに協力するな」と子供の嫌がらせレベルの命令を出しているくらいだ。教会長はベテランで、部下たちも古くから教会長に付き従っているものたちばかりのため、アイリーンは中々身動きが取れず、自分が自由に使える駒を必要としていた。


 そんな因果の交差路で出会ってしまったのが荒巻たちだ。出会ったのではなく、正面衝突だったかもしれない。


 一騎たちと別れた後、荒巻のグループは自由なのか新天地なのかを求めて旅に出た。出たのはよかったのだが、その道のりは平坦とは程遠かった。


 魔の森を移動中には、当然、他の魔物との戦闘を切り抜ける必要に迫られ、三日間で七回の戦闘をこなす羽目にもなった。


 なんとか人間との接点を作ろうと試みたものの、見た目が完全無欠の魔物なのでどうすることもできず、悲鳴と共に逃げ出されるのはマシなほうで、反対に人間から攻撃されることもあった。


 決定的だったのが、ある商隊とかかわったときのこと。


 人気の少ない街道で、盗賊に襲われていた商人たちを見捨てることができなかったのだ。十数人いた盗賊たちの半数を殺し、もう半数が逃げ出し、商人救出の目的は果たすことができ、代わりに、パニックに陥っていた商人たちからは、感謝の言葉どころか痛罵の嵐を浴びせかけられた。荒巻たち魔物の集団に恐れおののき、泣きわめいて失禁しながら罵倒して、最後は神に祈りを捧げながらへたり込んでしまう。


 危害を加えるつもりなどなかった荒巻たちは、商人たちの醜態と投げつけられた言葉に傷つきながらその場を去った。


 荒巻たちが去った後、助けられた商人たちは近くの教会に駆け込んで、デュラハンや動く鎧リビングアーマーたちのことを誇大に訴え出たのである。結果、荒巻たちは危険極まりない魔物の集団として、各地に手配されたのだ。


 とはいっても、曲がりなりにも荒巻たちは転生者。幾度もあった襲撃を悉く跳ね返してきた。ちゃんと殺さないように手加減してだ。そんな連中の中に、多少は名の知れた戦士団もあったため、荒巻たちの危険度は更に上昇してしまい、遂には教会の騎士団からも狙われるに至った。


 間の悪いことに、この頃は凶暴な魔物――他の転生者だとは知る由もなく――があちこちに出現した時期と重なっており、教会も冒険者組合もピリピリしていたのである。昼夜を問わない執拗な追跡で心身がボロボロになっていた荒巻たちを助けたのが、スコアの教会の副教会長アイリーンだった。


 追い詰められていた荒巻たちは当初、アイリーンを信用することはできなかった。それはそうだろう。手配をかけたのも、追撃してくるのも教会なのだから。武器を構えて強く警戒する荒巻たちに、アイリーンは驚くべき行動に出る。教会の騎士団の追跡から匿ったのだ。


「いやー、あんな流暢に人間の言葉を喋るなんて、普通じゃないって思ったのよ。下級魔物のハーピーなんかが人語話してるのなんか初めて聞いたし、それに魔族の勇者云々って話も噂程度だけど聞いてたしね。これはもしや、てピンときたわけさ。あっはっは」


 と豪快に笑ったのは後日のことである。


 こうして追跡から逃れることができた元人間たちは、アイリーンの案内した教会出張所に身を寄せることになった。この出張所は閉鎖されていたのだが、心の広い教会長が嫌われもののアイリーンの執務用にとわざわざ用意してくれたもので、アイリーン以外にはほとんど誰も出入りすることがない。


 非常時には山に逃げるための通路も整備されていて、通路の途中にあるいくつかの物置スペースを、荒巻たちの部屋として用意してくれたのだ。のだが、タダで用意してくれるほど、アイリーンは慈愛に満ちた人間ではなかった。広大無辺な神の愛を輝かんばかりの笑顔で説きつつ、


「魔物を匿ったアタシにもリスクがあるんだから、あんたらは体を使って七代先まで恩を返しなさい」


 とハイパーインフレな恩返しを強要してきた。断ればもちろん討伐が待っているのだ。少なくともここなら衣食住は保障されている。荒事に向かないハーピーの美波は出張所内の雑用に回すという条件を付けることが精一杯、荒巻たちは首を縦に振るしかなかったのだった。


 どんな職場環境だろうと追われ続けるよりかはマシだろう、と考えていた荒巻たちは、たちまち認識の甘さを思い知る。


「これで今日からあんたらはアタシの駒さ。これからはアタシの手足となって馬車馬のように働いてもらうからね」


 晴れ晴れとした笑顔で言い放つアイリーンの人使いの荒さときたら、ブラック企業も裸足で逃げ出すレベルだった。なにしろ、荒巻たちのことを知らない教会職員たちが


「最近、アイリーン副教会長が専用スタッフを手に入れたらしいぞ」

「あのアイリーン副教会長の目に留まってしまうなんて……かわいそうに」

「散々こき使われて、心身がズタボロになって発病したら捨てられるんだ」

「今回の生贄は何日持つのだろうか」


 などと囁いているのを、何度となく目撃している。


「ふっふっふ、もう少しよ、あともうちょっとであのくそ教会長の悪事のしっぽを掴めるわ」

「ちょっと待て」


 ほくそ笑むアイリーンにツッコミを入れるのは、ほぼ荒巻の役割だ。チームリーダーとして押し付けられた役割である。


「なんだい、シュウヘイ」

「それだけの手柄を立てる手伝いをしてるんだからなにか見返りの一つもないのか。具体的には休暇とか金一封とか」

「ボランティアって美しい言葉だと思わないかい?」

「「「酷すぎる!?」」」

「冗談さ。ちゃんと休みをやろうじゃないか」

「「「!?」」」


 荒巻たちに戦慄が走る。人使いの荒さにおいて奴隷商人も裸足で逃げ出すようなアイリーンから、まさか休みなんて言葉が本当に出てくるとは。誰よりも言葉を発した荒巻が驚いていた。


 ああ、神は死んではいなかったのだ。感激に滂沱の涙を流す荒巻たちはその後、アイリーンの言葉通りの休みを得るのだった。


 ――――半時間ばかりの、仮眠を。

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