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幕間:その七 会談

「人間側がお主らに秘密で勇者を召喚するとは思わなんだ」


 そこには誰もいなかった。


 柱や壁の影からではなく、突如として部屋の中に一人の女が現れたのだ。年の頃は十代半ばから後半、蠱惑的に揺れる紫がかった瞳、腰にまで届く鮮やかな真紅の髪が白い肌に映え、見事なプロポーションの体を包むのは、どこの舞踏会でも注目を浴びるだろう華やかで豪奢なドレスだ。


「あら、ルルじゃない」


 突如出現したそれにも、教皇ルージュは動じる気配を見せない。紅茶のカップを置き、砕けた口調で闖入者――天王ルル=メリウスを迎え入れる。


「いちいちうっさいわね。人間なんだから偶には失敗もあるわよ。でないと成功ばっかりで人生が面白くないもの」

「面白いかどうかを判断基準にするでない。世界を左右する問題じゃというのに」


 行儀悪く頬杖をつくルージュを見て、天王ルル=メリウスはため息をついた。


「大魔王復活の予知は今、どの段階?」

「エメラダは五段階で二か三といっておるが」


 大魔王復活を予知したのが海王エメラダ=トルシガンだ。その予知を達成させないために、教皇ルージュと天王ルル=メリウスは手を組んでいる。世界滅亡を望み、実現できるだけの力を持つ大魔王の復活など、誰も望んではいない。


「おるが、ってなによ。歯切れが悪いわね」

「次回作の構想で煮詰まっておるようでの。正直、世界の滅亡よりも生みの苦しみという奴のほうが優先順位は上のようじゃ」

「次回作ってなんの話よ?」

「おっと、秘密にしておいてくれと釘を刺されとるんじゃった」

「??」


 各国の王すらも凌ぐ人類世界の最高位と、大魔王封印後の魔族トップが席を同じくする場面にもかかわらず、微妙にツッコミ不在の状況だ。


 ルージュが教皇位に就いたのはちょうど十歳になったときのこと。一般に、歴代でも際立って若くして即位した彼女の最初の仕事は、法国城のバルコニーから信者らに向けて行った演説だとされているが、真実は違う。


 今日のように、不意に現れた天王ルル=メリウスとの会談こそが最初だった。


 魔族側は天王ルル=メリウスと海王エメラダ=トルシガンの二名、教会側は教皇ルージュと『剣鬼』就任前のアーニャ、『剣神』グラーフの三名が出席した。


 他のすべてを排除し秘密裏に行われた会談において、ルルが伝えてきたこと、それが大魔王復活と阻止のための協力関係構築だったのである。海王エメラダは大魔王復活こそ予知できたが、自身より強力な大魔王についてそれ以上詳しく探ることができなかった。要は復活することしかわからなかった魔族側は、事態打開を目的に人間側、特に絶大な権限を持つ教皇に接触してきたのだ。


 同じ時期、教会上層部――というより、真眼保有者の三人の間でも厄介な問題が持ち上がっていた。大神アルクエーデンに復活の予兆が確認されたのだ。


 大神復活というと疑問に首をかしげるものも多いだろう。魔族との戦いに勝利した神族の長が、どうして封印されるという事態になっているのか。大魔王ミューロンが敗北の間際に大神を道連れにでもしたのだろうか。


 違う。確かに大神アルクエーデンは現在この世界には存在しない。大魔王ミューロンと同じく封印されているのだが、ただし大魔王はかつての大戦に破れて封印されたのに対し、大神は戦いの後に三軍王と初代教皇により封印されたのだ。


「世界を滅ぼそうとする大魔王よりも質が悪い」


 とは初代教皇リヴァーズの言葉である。具体的に大神がなにを目論んでいたかについては、歴代教皇と三軍王を除いて知るものはなく、また教皇と三軍王が協力して大神を封じたことも同様だ。


 天王ルル=メリウスの紫電の瞳が、教皇の私室に飾られている宗教画の表面を撫でる。題材はかつての神と魔の大戦で、大魔王を始めとする魔族側を打ち破った様が見事な筆致で描かれていた。先頭に立つ大神アルクエーデンは当然として、戦神アーロノ、豊穣の神ケティアス、武器の神ギェイン、他にも数十を数える神々が雄々しく、猛々しく戦っている。


「もはや起こりえぬことじゃがな」


 第二次大戦が起きない、という意味ではないことを教皇ルージュは知っていた。


 今のこの世界には魔族は存在しても、厳密な意味での神族は存在しない。戦神アーロノも豊穣の神ケティアスも武器の神ギェインも、誰も残ってなどいない。これら神族の名が残っているだけだ。魔族との戦いで滅びた神もいるが、神族が姿を消した理由は大戦ではない。


 大戦において深手を負った大神アルクエーデンが、回復のために他の神族を残らず食い尽くしたからだ。大神の本性を知った初代教皇は、大魔王を失い劣勢にあった三軍王と接触、未だ傷の癒えていない大神を封印したのだった。


「まったく、大魔王復活だけでも頭が痛いのに、大神復活まで重なったんじゃやってられないわよ。エメラダは新しい予知ができたのかしら?」

「無茶を言うでないぞ。妾たち三軍王は元々、大魔王に作られた存在じゃ。そもそもからして大魔王に逆らうことはできんようになっておる。じゃからこそ期待を込めて勇者を召喚しておるのじゃからな」


 海王エメラダ=トルシガンの予知も大魔王には及ばない。現状で、大魔王復活阻止は困難というのが結論であり、だったら復活の場所と時期をこちらでコントロールして対処しようというのが、ルージュとルルの方針だった。


 そのための戦力が「魔族の勇者」である。強大な力を持つ三軍王は創造主である大魔王に逆らえない。なら、復活した大魔王にあたるための戦力が必要になる。教会側の戦力は言わずもがな『五剣』であり、魔族側が勇者なのだ。召喚された側にとっては迷惑極まりない話でしかないが、この点への配慮は欠片もされていない。


「あんた、召喚するだけして放ったらかしにしてるじゃないの」

「手取り足取り教えんと成長せぬ輩なぞ、どうせ役に立たんじゃろうからな。役立たずの間引きはどっちしろ必要なことじゃし、それにこちらが召喚した連中は順調に成長しておるが、お主らのほうは」

「言うな」

「どうして召喚を許すかのう」

「言うなっつってんでしょ!」


 長い間、人間側は勇者召喚を行っていなかった。異世界の人間を巻き込むという人道的な問題からではなく、大神復活につながる懸念が提示されたからだ。


 勇者の持つ宝装。これは大神アルクエーデンの祝福を受けた武器とされ、なにも知らない聖職者たちはありがたがるが、大神封印の事実を知る限られたものたちからすれば不安を覚える事態だ。


 宝装は勇者召喚の際に僅かながらアルクエーデンが干渉することでもたらされる力、つまりは封印が完全でないことを表している。しかし歴代教皇たちは不安こそ覚えたものの、大神復活の予兆もなかったことから、人気取りの道具として勇者たちを黙認してきたのだ。


 天王ルル=メリウスから懸念が伝えられたのは二十一代前の教皇の時代。封印されているはずの大神の力が徐々に増してきているというものだった。


 当時の教皇と三軍王が共同で調査したところ、宝装は最初の勇者と比べて明らかに強力になっており、宝装を増やすことで神の力を世に蔓延らせ、復活の素地にしようというのが大神の思惑だろうとの結論に至る。教会側は強力な宝装は歓迎すべきものと考え、三軍王は強力になったといっても自分たちに仇為すほどじゃないと軽く捉え、ここまで発覚が遅れたのであった。


 以後、勇者召喚は厳しく管理され、強力な魔物が出現しない限りは戒められてきたのである。


「勇者ベリセルダじゃったか。随分と人気のようじゃな」

「ネストルといったかしら? あんたらが裏切り者をいつまでも放置しておくから、勇者を望む声が後を絶たないのよ」


 百二十年前に出現し、魔王級と呼ばれる魔物を生み出したのもネストルの仕業だ。封印の欠片を用いて各地で強力な魔物を生み出すネストルは、教会上層部では討滅対象の第一位に挙げられている。ネストル単体での危険度など三軍王の足元にも及ばないが、巻き起こす被害と、被害に対処するために勇者を望む声が大きくなることが問題として捉えられていた。


 ――――個を捨てよ。人々すべての心を一つにせよ。唯一の教えと価値観を奉じ、喜びも幸福も考えも共有せよ。さすれば差異による争いは消え失せる。唯一にして同一の考えを遍く共有すれば、地上に永遠の平和が訪れる。


 大神アルクエーデンの思考だ。冗談ではない、とルージュもルルも反論する。個人の自由な思考を否定する、たった一つの価値観しか認めないなど、受け入れられるものではない。そもそも、その唯一の価値観とやらは誰が示すのか。大神アルクエーデンに決まっている。


 これはつまり、大神アルクエーデンの言葉をなにも考えずに鵜呑みにしろと言っているのだ。絶対的指導者の言葉があれば安心だというものばかりならともかく、そうでないなら地獄そのものであろう。


 世界滅亡を目的とする大魔王よりも、遥かに悪質だ。大魔王が爆弾なら、大神は世界を腐らせる毒。しかも一定の支持は確実に集めてしまう。自分で考えるのが嫌で、責任を他の誰かに持ってもらいたい、その上で権力が欲しい、そんな連中はどこの世界にだって存在するのだから。


「魔族側の勇者たちにネストルが接触する兆候が見られておる」

「そ。予想通りね。大魔王復活は近いのかしら?」


 魔族の勇者は完全に被害者だ。少なくとも三軍王の目的は魔族の勢力拡大ではなく、戦力拡充と、ネストルを吊り上げるための餌なのだから。人間側の勇者も魔族討滅のための道具として召喚されているが、厚遇されている分だけ、まだマシとさえ言える。


「遠くはないじゃろうな。少なくともお主の代で復活することは間違いはないが」

「なら先に対処するのは大魔王ね。『剣神』と『剣鬼』を投入してでも叩き潰すわよ」

「他の『五剣』はどうじゃ?」

「『剣聖』は成長途上、使い物になるのはもう少し先ね。『剣帝』はこの前、ぎっくり腰になって療養中。『剣王』は知っての通りよ。カヴェリエを寄こしなさい」

「あー、『剣帝』の奴も年じゃからのう」


 三日前に御年八十を迎えた『剣帝』ダスティン。かつては陸王カヴェリエとも派手に殺し合いをした彼も最近では、早くひ孫が見たいなあ、が口癖になっている。『剣王』は代替わりにしているように見せて、実際は陸王カヴェリエが常にその席に就いているのだ。一般の信者が聞けば発狂しそうな事実である。


「アーニャはどうしておる?」

「あんたの呼んだ勇者たちに接触しているわよ。近いうちに戻ってくると思うけど」

「けど?」

「この前、通信を受けたときなんだけど、やたらと上機嫌だったのが気になるのよね。任務としてはそんなに楽しいものじゃない筈なんだけど」


 贅の限りを尽くした豪奢極まりない教皇ルージュの私室に、なんとも不気味な沈黙が降りた。

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