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第三章:三十話 封印の欠片にまつわるアレコレ

       ◇         ◇          ◇


『一騎さんが決意を新たにしたようですよー』

「是非とも、粉骨砕身の覚悟で頑張ってもらいましょう」


 ラビニアが宗兵衛の頭の上で呟くのも相変わらずだ。


 いつもと違う点を挙げると、頭蓋骨だけになった宗兵衛をアーニャが持っていることか。法国に戻った勇者の藤山まゆに、アーニャは同行しなかった。勇者のお守を砦の人間に押し付けて、本人は集落についてきたのである。目的は魔物退治、のはずもなく、宗兵衛との間で交わした骨刀制作の約束だ。


 教会にある宗兵衛の私室、そのドア近くには見張りのスケルトンが設置されているが、ラビニアとアーニャがいる状況でどれだけの意味があるのかはわからない。


 本来は教会内で一番忙しい部屋の中では、仮にも魔物と勇者が敵対もせずにお茶を飲んでいるという奇妙な絵があった。一見すると和んでいるかのように映る、しかして実態は、頭蓋だけになった宗兵衛からときに異音が発している。


「あの、アーニャさん? 僕を持って下さることはありがたいのですが、持つ手に力を込めるのは止めていただけませんか? 今にも砕けてしまいそうなので」

「……ソウベエは嘘つきです」

「え゛」

「……わたくしに骨刀を作る約束を破りました」


 汗腺もないのに冷や汗が流れ出たような気のする宗兵衛だ。常盤平の竜体への進化ではストックが二本、砕けるだけで済んだが、続けて魔王ペリアルドとの戦いで消耗し、とどめに常盤平がクレアに『進化』を用いたことでストックをすべて失い、骨体も頭部を除いて砕け散った。


 現在の宗兵衛は喋る髑髏どくろでしかない。骨杖や魔法を含むあらゆる戦闘手段を持たず、移動手段も転がるだけ。職業を問われれば、ボーリングのボールと答えても通用しそうだ。


《アーニャ。骨刀は主の魔力が回復次第、制作すると説明しています》

「……わたくしの魔力を渡しますけど」

《否定。主が滅びます》


 聖属性はアンデッドの大敵だ。アウグスト家の人間は代々の聖属性であり、尚且つ真眼を持つアーニャの魔力は量も純度も高い。頭部だけの宗兵衛など、アーニャの魔力を受け取ると同時に塵と化しうる。冠を曲げたアーニャは、頭だけの宗兵衛を棺ほどの大きさのプランターに置いた。教会の土を敷き詰めたプランターの中で、宗兵衛は回復を図るのである。


『話を続けますよー』


 ラビニアは司会進行役だ。『五剣』に魔王まで出てきたとあって、今後の対策や方針を決める、最低でも考えなければならない。宗兵衛は村長の常盤平を交える前に、わかる範囲で情報を整理するつもりだった。


 宗兵衛は魔王種ペリアルドの死体から情報を抜き取っている。魔王を名乗るものの嗜みなのか、情報にはプロテクトが掛けられていたが、リディルが突破することでペリアルドがもっていた情報を根こそぎ奪うことができた。


 魔王――軍王たちの敵対者である。魔王の筆頭を自称するネストルは元は大魔王の部下であり、神との大戦にも参加し、大魔王が封印されると間を置かずに裏切ったのだ。封印の欠片を持って。


「封印の欠片というのは?」

『大魔王ミューロンは神共にバラバラにされて封印されたんです。はっきりとした数はわかってませんけど、数百から数千じゃないですかー』


 封印の欠片は世界中にばら撒かれ、その形状は万別で、ものによっては魔力を発しないタイプの欠片まである。魔力を有する欠片も、微弱であったり大魔王の魔力からは変質したりで、魔力感知で探ることも困難という代物だ。酷いケースではゴミと間違われて捨てられることもある。


「だ、大魔王がゴミ、ですか」

『ゴミと間違われようと欠片は欠片。適性があれば強大な力を得ることができまして、その適性のある連中が魔王種なんですよー』


 グリーンゴブリンやイエローゴブリンを纏めてゴブリン種と呼ぶのだが、魔王になりうる適性を持つ魔物のことを魔王種と呼ぶのだそうだ。大魔王健在なりしときにはなかった分類で、裏切り者のネストルが広めた分類である。


 ネストルはそれこそ世界中を飛び回って適性のあるものを探し、見つけると封印の欠片を他者に与えることで魔王を生み出しているのだ。一騎が倒したペリアルドもその内の一体なのだが、ペリアルドは魔王種としてはかなり質が悪く、さしてレベルの高くない魔獣が偶々、封印の欠片への適性があっただけだろうとラビニアは説明する。


 魔王の呼称も自分たちで勝手に言っているだけだ。大魔王の封印の欠片への適性があり、大魔王の力を手に入れたのだから魔王を名乗るのである。現在、ラビニアや教会が把握している魔王種は五体。ペリアルドを含めて、俗に六魔王などと呼ばれていたとのことだ。


「これが魔王製造アイテムというわけですか」


 宗兵衛の頭が入るプランターには、ザクロのような形状の石も置かれている。ペリアルドの肉体から取り出した石で、これを失ったペリアルドは瞬く間に砕け散って、後にはなにも残らなかった。ラビニア曰く『分に過ぎた力を手に入れてしまったから』らしい。持ち主に力を与える代わりに代償もしっかりとあるのだから、大魔王の封印に相応しい呪いのアイテムである。


「僕としてはそんなものと一緒のプランターにはいたくないのが本音なのですがね」


 クレアを助けるために、クレア同様、そしてクレアより強力なアンデッドとして、封印の欠片の影響を確かめているのだ。


《いきなりクレアに与えるとどんな影響があるのかわかりかねます》

『あわよくば宗兵衛さんを強化できるかもですしー』

「……封印の欠片は人間でも用いることができます。力を与えることもあれば、代償と引きかえに望みを叶えることもあって、求める人間は後を絶ちません。往々にして世を乱すので、教会では発見次第、回収して封印処理を施します。確か数は、百二十五個になります」


 とんでもない数である。ネストルがいくつの欠片を持っているかまでは不明だが、過去に魔王種の誰かが欠けた際には、間を置かずに新たな魔王種が出現したことから、今回も同様だろうと思われた。


 新たな魔王候補の情報はない。だがペリアルドがわざわざ魔の森にまで来たことを考えると、転生者の中から選ぶことも十分に考えられる。一般的な魔物よりも強力な、転生者の魔王化。人間の心が残っているならまだしも、赤木たちのような転生者が選ばれたならどうなるか。魔王云々よりも魔王を作っているネストルをどうにかする必要がある。


 ちなみにこのネストル、「魔王を生み出すもの」として自分を魔王より上位に位置付け、真王などと名乗ることもあるらしい。


『わたくしたちも探してはいるのですけど、これがまた見つからないんですよねー』

《ネストルは封印の欠片を持っているだけで魔王種ではありません。三軍王との力の差も大きく、離反後は徹底して姿を隠しています》


 逃げ隠れし続けて真王を名乗るのだから、いっそあっぱれである。


「常盤平に魔王種としての適性はあるのですか?」

『あってもおかしくありませんよ。ゴブリンが魔王化しても高が知れてると思いますけどー』


 案外、妖魔の王として歴史に名を残すかもしれない、と宗兵衛は思う。


「魔王種についてはわかりました。次は軍王についてですが」

『そうですねー、軍王って単語もバレたことですし、説明しましょうか』


 大魔王ミューロンの幹部だった三体、天王メリウス、海王トルシガン、陸王カヴェリエのことだ。圧倒的な力を持っているとされるが、魔の世界における影響力は決して大きくない。数百年単位でもまず姿を見せず、かつての大魔王の居城に引きこもっていると噂される始末だ。


『あのお三方は世界征服だとか世界滅亡だとかに興味持ってませんからね。天王メリウス様は気まぐれなゲーム好き、海王トルシガン様は絵や音楽や本が好きという方ですし、魔族らしき活動しているのって陸王カヴェリエ様くらいなものですよー』


 大魔王復活を目論んでいる、というのは、世間で囁かれているだけであって、真実ではないようだ。


 宗兵衛たちを魔族の勇者として召喚することを考えたのは、天王メリウスだという。ただし、召喚するだけして後は放っている。天王メリウスは魔族の勇者を召喚すること自体が目的であって、勇者を使ってなにかしたいことがあるというわけではなかったらしい。


 召喚後の振るいは、戦力強化を目的にした陸王カヴェリエの発想である。陸王カヴェリエは崩壊状態にある軍の再建を一応は考えているとのことだ。


「……それ、新情報。天王メリウスはゲーム好き、海王トルシガンは読書好き、と」

「大魔王は封印されたのでしょう? 復活を目論んではいないのですか?」

『少なくとも熱心ではないですよ。唯一、陸王カヴェリエ様だけが大魔王復活の作戦を立てたことがありますけど、かなりおざなりなものでしたしねー』


 仮にも自分たちの主、魔の頂点が不在であり、復活のための手立てもわかっているというのに、軍王たちが大魔王復活に積極的でない理由はなんなのだろうか。


《大魔王ミューロンはこの世界を滅ぼすことを目的としているためです》


 魔族は世界の敵なのだから当然のことなのかもしれないが、三軍王にとっては違った。世界が滅びればゲームも本もなくなる。新しいものが生み出されなくなり、自分たちの楽しみがなくなってしまう。だから世界を滅ぼそうとする大魔王を復活させないでいるのだ。大魔王を復活させるくらいなら三軍王が代理を務めているほうがマシだから、と。


『天王メリウス様はヴォルンというゲームにドハマりしてますし』


 ヴォルンとはボードゲームの一種で、宗兵衛の知識に合わせると将棋やチェスに近い。王・竜・馬・車・船・歩兵の六種類の駒を使って遊ぶものらしく、二人用と四人用とがあるとのことだ。


『海王トルシガン様にいたっては、ミスターRのペンネームで、歌劇の如き愛という小説を発表してますからねー。たしかシリーズ化もしてたような』


 歌劇の如き愛、は王侯貴族も庶民も関係なく、女性からの人気が極めて高いロマンス小説で、シリーズ四作で累計三百万部を突破し、大きな都市では舞台化が行われている。いずれの舞台も連日、満員御礼の大盛況っぷりだ。誰も会ったことのない正体不明の小説家として、ミステリアスなイメージも人気に拍車をかけている。


「……ミスターRの正体が三軍王とは知りませんでした。ルージュなんか熱狂的なファンですけど」


 とんだところで教会と魔族の架け橋が見つかったものである。


「小説ですか。僕には文才はありませんからね。代わりになにか、特産品になるようなゲームを考えるとしましょう。どういうものがいいかな」


 宗兵衛が日本にあったゲームのことを思い出していると、部屋のドアが勢いよく開けられた。


「くぉら宗兵衛! マンドラゴラの名付けと子作りについて言いたいことと聞きたいこ」


 部屋に乗り込んで来たのはグリーンゴブリン、の背後に見張りスケルトンが立ち、スケルトンはゴブリンの腰に手を回してクラッチ、


「とが、あ……る?」


 勢いよく後ろへと反り投げた。常盤平一騎の肉体が優美な曲線を描いて、頭から床に落ちる。ジャーマンスープレックスだ。宗兵衛の許可なく部屋に立ち入ったものに実行するようプログラムされていたのである。常盤平の首からはゴキャ、と縁起でもない音が響いた。


「ああ、常盤平、ちょうどいいところに。オタクとしての君の知識を最大限に活用してもらいま」


 ゴキャ、と二回目の鈍い音が響く。


「おや?」

『なにかおかしくないですかー?』


 ゴキャ。三回目だ。


「……ソウベエ?」

《主、そういえば》


 入室許可を出すまで延々とスープレックスを続ける設定になっていたことを宗兵衛が思い出したのは、七回目が終わってからのことだった。すっかり白目を剥いて気絶している常盤平を、


「君のオタク知識を貸してもらいたいので早く起きてくれませんか」


 宗兵衛が気遣うはずもなかった。


       ◇         ◇          ◇

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