第一章:七話 骨の戦い
◇ ◇ ◇
《疑問。今の茶番について》
「茶番とは失敬ですね」
洞窟の中を走りながら反論するものの、茶番の表現がしっくりくることを宗兵衛は自覚していた。
ズボンのポケットに骨の手を突っ込む。取り出したのは常盤平が言っていた布切れだ。宗兵衛が着ている制服にはいくつかのポケットがあるのに、迷うことなくズボンのポケットから布を取り出せたのは、常盤平の行動を見抜いていたからに他ならない。見抜いていた上でのあのやり取りなのだから、確かに茶番だった。
「信頼関係の醸成なんかできていませんからね。人間だった頃からよくつるんでいた古木らとチーム戦になったら勝ち目は、まあ限りなく薄いでしょうから各個撃破しか僕たちが生き残る道はなかったのですよ。それにもう一つの理由もあります。頼んでおいたことはできましたか、『導き手』?」
《否定。常盤平一騎の特異能力『進化』の解析はまだ終了していません》
宗兵衛は残念そうに首を振る。宗兵衛がわざわざ自分の能力である『導き手』を秘密にせず、なおかつ常盤平に接続させたのには明確な理由があった。常盤平の能力『進化』を自分のものにできないかと考えたのだ。
もちろん共に行動する以上、ある程度の信頼を得るためとの理由もある。だがもっとも大きな理由は『進化』の獲得だった。『導き手』と相手を接続することで、相手の能力を解析、複製できないかと考えたのである。さすがにこんな話を当人の目の前でするわけにもいかない。
「『進化』が使えるようになるのはまだ先ですか」
《否定。特異能力『進化』を主が使用することは二つの理由からできません》
「というと?」
《転生に伴い獲得できる特異能力は対象の魂に直接刻み付けられており、対象の魂とリンクすることで初めて十全の効果を発揮できるようになります。性能を落とした劣化版であるなら使用できるようになる可能性があります》
「劣化版ですか……」
それでも骨だけでなくなる可能性があるなら、と考える宗兵衛だ。
「もう一つの理由は?」
《魔力量が足りません。『進化』には極めて莫大な量の魔力が必要となり、主の保有する魔力量では不十分です》
「つまり、常盤平にも無理ということですか? 平均的なスケルトンよりも多い魔力を持っている僕が無理なのだから」
《肯定。『進化』使用には現在の百倍以上の魔力が必要になります》
「凄まじく使い勝手が悪い。『導き手』とは大違いですね」
《当然です》
宗兵衛は姿のない『導き手』が胸を張る映像が見えた気がした。
《警告。追手が二手に別れました。主を追うのは越田です》
想定通りに別れてくれたことに安堵する宗兵衛。宗兵衛は常盤平に対し嘘をついていることがある。勝率の件である。二人がかりでも0という数字は嘘だ。
宗兵衛は小学生の頃から近所の道場で合気道と杖道を習っている。少なくとも一対一ならそこらのチンピラに負けることはない。隠していたのは常盤平を信用していないからだ。
MMOでは物欲に操られてパーティを組みもした。体育の時間ではあぶれた者どうしでペアを組みもした。人となりも多少は知っている。しかし命のかかったこの状況で全幅の信頼を寄せることができるかと問われれば、答えは否しかない。
「越田でしたか。そいつとの戦闘は避けられそうにありませんね」
宗兵衛は走る速度を落としながら身体各部の動きを確認する。骨の体には違和感しかないものの、動き自体には支障がなさそうだった。『導き手』の案内を頼りに歩を進めると、ややあって少し開けた場所に出た。目の前には流れの速い川もある。飛び散る水滴のせいで足場は濡れていて、川の流れに削られた岩が流されていく。
「それで、どうですか? 僕が提案した戦い方は実現できそうですか?」
《肯定。硬度、強度共に主の希望を上回るものを作成可能です》
「それは重畳」
《万里の》
「それは長城」
不自然な沈黙。
「おい、『導き手』」
《報告。常盤平一騎が古木と接触しました》
「言いたいことはありますが後回しで。となるとこちらもそろそ……っ!」
宗兵衛が地面にダイブすると、すぐ上を人間の頭ほどもある石が高速で通過する。後方からの奇襲攻撃だ。宗兵衛は追いつかれたことを悟り、すぐさま起き上がって体ごと石が飛んできた方向に向く。
「なんだ、やっぱりキモデブのほうじゃねえのか」
洞窟の闇の中から好戦的な笑みを浮かべた人狼が現れた。人狼の右手には投擲用の大きな石が握られている。
「で、誰よ、お前?」
「別に知る必要なんかないでしょう。お互い、これまでの人生に大した接点があったわけでもなし、今が最後の接点になるでしょうしね」
「違えねえ、っと!」
淡々と告げる宗兵衛に越田が石を投げる。時速二百キロ以上は出ている石を横っ飛びで避ける宗兵衛。避けた先には拳を握りこんだ越田が迫っていた。尋常ではない速度に宗兵衛の反応が遅れる。越田の拳が宗兵衛の顔面にめり込んだ。ゴキャとかメキャとか愉快な音を立てて宗兵衛が吹き飛び、そのまま受け身もとれずに地面と激突する。
「ギャハハハ! 弱えっ! 弱えわお前! しかもすげえ軽いし。まあ骸骨なんかが強えはずねえよな、ギャハハハ!」
なにがおかしいのか馬鹿笑いを続ける越田に反応を示さず、宗兵衛は地面に仰向けになったまま、自分の能力とだけ会話をしていた。
「どうですか? 痛みがなかったということは成功したのですか?」
《肯定。主の考え通り、魔力使用により骨硬度及び強度を大幅に向上させることに成功。越田の攻撃によるダメージは認められません。あと、スケルトンにはそもそも痛覚が存在しません》
「……そうですか、それじゃあ、次に行きましょう」
起き上がり再び越田と向き合う宗兵衛は右手を突き出す。
《了承。主の骨をベースに魔力による武器を生成します》
右前腕部に魔力が集約されていく。スケルトンは肉体を持たないが故、体を動かすのに魔力を使うしかない。この事実もあって宗兵衛の魔力を操作する技術は転生後から驚くべき速度で向上していた。
橈骨に人間にはない突起が生まれ、突起は一瞬で三十センチほどの長さになり、宗兵衛はそれを掴み、一息で引き抜いた。宗兵衛の手には二メートルになる骨でできた杖が握られていた。
「見事なできあがりですね、ありがとう、『導き手』」
《警告。スケルトンは骨の魔物ですが、既に死んでいる骨なので新しく骨を作る細胞などの働きはありません。武器生成に魔力を使用した影響で主の魔力量は低下していますのでご注意を》
「スケルトンは魔力がないと動けないのでしたね。さっさと片づけましょうか」
「ああ、さっさと片づけるだ? 骨風情が舐めた口をきくじゃねえか」
宗兵衛の発言が相当に不愉快だったのだろう、越田が猛然と飛びかかる。大きく鋭い爪を振りかぶり、振り下ろす。異様な風切り音を響かせて振り下ろされた右腕の一撃を、宗兵衛は骨杖で受け止める。と同時に骨杖を回転させ越田の爪を折り飛ばした。
「なぁっぐぇぶほっ!?」
爪が飛ぶ様に驚く越田の腹に追い打ちの骨杖の一撃が埋まる。越田の体が浮き上がり、地面に戻る前に次の一撃、右側頭部に横薙ぎが炸裂した。
悲鳴を上げて吹き飛ぶ越田。何度も地面を跳ね、起き上がったときには両目から自信が失われていた。腹部と頭部への二度の攻撃は、宗兵衛の予想以上のダメージを越田に与えていた。
「とんでもなく強力な武器になっていませんか、これ?」
《比較対象がないので返答を保留します》
それもそうか、と納得して宗兵衛は骨杖を構える。骨杖の性能がどんなものか、洞窟を出たらよくよく検証しようと決意する。まずは目の前の敵を倒すことだ。越田には狼狽の色も濃い。信じられないという顔つきで爪を失った右手を見ていることから、武器の一つである爪を折られたことが精神的に影響しているのは明らかだ。
いったん退くことも戦術だろうに、と宗兵衛は考える。相手を舐めてかかり、相手が見込み以上の力を持っていた。残りの手札もわからず、自分が動揺している。しかも自分にとって必須の戦いでもない。これだけ揃えば逃げて態勢を立て直すのも手だ。
「逃がしはしませんけどね」
「っ!」
宗兵衛が間合いを詰める。越田は迎撃ではなく防御を選んだ。強靭な筋肉と体毛に覆われた腕を交叉させる。強固に見える構えも、宗兵衛にとっては防御の隙間をついて越田を倒すことは容易い。
骨杖による打突が打ち出される。単なる打突ではなく、捻り、杖に回転が加えられた打突だ。強烈な一撃は越田の腕を弾き、喉に突き刺さった。ただでさえ防御の薄い喉は骨杖の攻撃で破裂する。今度は声を上げることもできず越田は吹き飛び、地面に叩きつけられた。
人間なら即死の攻撃だ。元々、腹を括ると揺らがない質であるが、初めての命のかかわるやり取りで、ここまで動じない自分に驚く宗兵衛。魔物化によって精神も変化したのか、と自問すること数秒、越田が呻き声を上げて動き出した。戦うためではなく逃げるために。
魔物の頑丈さに驚きつつ、宗兵衛は骨杖を構える。
「逃がっうぅおぉぅあ!?」
濡れた足場にすくわれて宗兵衛はバランスを崩す。
勝利の余韻に浸ることもできず、宗兵衛は川に転落した。咄嗟に頭に浮かんだのは骨の体が浮くかどうかの懸念であり、アンデッドが溺死することもないだろう、と気軽に流れに任せる決断をする。人間だったときの感覚で、川は流れにさえ気を付けていればいいと思っていた。
日本の川には小さな生物しかいないので、水中の魔物との遭遇を想定するのはしっかり忘れていたのである。
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