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第三章:十四話 釣りをする骨

       ◇         ◇          ◇


 森の中、宗兵衛は川に釣り糸を垂らしつつ、高台に姿を見せたゴブリンと人間のちぐはぐな一行の様子をそれとなく観察していた。ラビニアは宗兵衛の頭の上で腹這いになって欠伸をしている。


『ふわぁ~ぁ、随分と熱心ですね、一騎さんは』

「巨乳美人に迫られて舞い上がっているのでしょう。まあ、巨乳の魅力については僕にも異論はありませんけどね」

『む』

《……》


 森を吹き抜ける風に、唐突な不吉の香りがまとわりついたことに、宗兵衛だけは気付かなかった。


『わたくしだって、本来の姿に戻ればもう少しは』

《『進化』を解析して独立した個体になる方法が必要です》

「ブツブツとなにを言っているのですか、君たちは。常盤平の熱心さは巨乳の他にも、藤山まゆが元の世界からの知り合いのようだということも関係しているようですし、接点のあった人物から頼りにされることもテンションが上がっている原因でしょうね……お」


 宗兵衛の気配が少しだけ警戒色を帯びる。


『どうしましたかー?』

「いえ、アーニャさんが僕たちを捉えていましたね。別に隠れているわけではありませんから、構わないのですけど」

『勘のいい人ですねー』


 釣り糸が揺れる。魚がかかったのかと上げるが、餌だけ食べられていた。これで既に四回目だ。背中にはアーニャが笑っている気配を感じる。


『それにもしても宗兵衛さん、食べれないのにどうして釣りをしてるんですかー?』

「受肉したとき、すぐに魚を釣れるように練習をしているのですよ」

《あの、主……ゾンビになるのですか?》


 控えめなリディルの指摘に凍り付く宗兵衛。垂らした釣り糸が反応しているのにも気付かなかった。アンデッドが受肉したからといって復活するはずもない。通常、肉のついたアンデッドとはゾンビを指す。


「……受肉ではなく復活とか蘇生とかの方法を探したほうがよさそうですね」

『わたくしは美味しい魚を期待してるんですけどー?』

《ラビニア、うるさくしていると魚が逃げてしまいます》


 美味しいかどうかはともかく、宗兵衛はようやく一匹目を吊り上げる。宗兵衛の腰にはギルマンから受け取った魚籠びくが下げられており、不格好な魚籠に魚を放り込む。


 もう一つ、魚籠とは別に腰に下げられているものがある。矢筒だ。三本の真っ白い棒がカチャカチャと音を立てている。ただの棒ではなく、宗兵衛の魔力をふんだんに込めたものだ。魔力を使って活動するスケルトンは、戦闘ともなると魔力消費は著しい。宗兵衛のように骨の形状変化を行うなどすれば尚更である。消耗のあまり、戦闘中に動けなくなる事態を避けるために、こうして普段から魔力を溜めるようにしているのだ。


『宗兵衛さんは勇者たちの案内をしなくてよかったんですかー?』

「常盤平がやる気ですから、任せておけばいいのです。ラビニアさんに聞きたいこともありましたし」

『わたくしですかー?』

「ええ。魔物が好戦的になっている件についてですが」


 妖精ペットに中てられて好戦的になったとは聞いた。ただし、だ。妖精ペットはあくまでも洞窟内に用意された魔物だ。洞窟周囲の魔物に影響が出るのはともかく、洞窟からかなり離れている湖にまで影響が出るとは考えにくい。魔物が好戦的になるのには、別の理由があるのではないか。


『よく気付きましたねー。ええ、その通りですよ。どういうわけか最近、トロウルの活動が活発に、それも群れになりつつあるんですよー。他の魔物はそれに備えるために縄張りの拡大に走っているんでしょうねー』


 トロウル。巨人と呼ばれる魔物の一種だ。巨人族自体が元は神族の一部で、トロウルも神の一角にあったとされている。しかしトロウルは力への執着が強く、そこを魔族に付け込まれて、神族を裏切ったのだという。裏切ったトロウルは神族の怒りを買い、トロウルの王ヘイルと一族すべてに罰が下る。


 神としての力を奪われたトロウルは、かつての天を衝くほどの巨体と数多の知恵を失い、今では図体のでかい知恵のない魔物と成り下がっているのだ。頭の悪さではゴブリンにも劣り、実力が下の魔物にすらよく利用されている。


 トロウルは世界中に生息しており、もちろんこの魔の森にも生息している。基本的に群れることはなく単独で動くことがほとんどだ。集団で行動する場合も、縄張りを奪うなんて行動を採るのではなく、単純な欲望を満たすために偶々行動が一緒になる程度、目先のことしか考えにない連中なのである。


「バカまっしぐらみたいな連中ですね。そのトロウルが群れを作るというのは、なにか理由があるのですか?」

『そうですねー』


 魔の森では北部に生息しているトロウルは、食料の不足する冬場や繁殖期、他にも巨人としての力を誇示するために森を移動することはある。場合によっては森の周囲にある人の国にまで向かい、大きな被害を与えている。トロウルは巨人の中では個体数が多いことで知られており、異様な膂力もあって、また非常に攻撃的な性質のため、生じる被害は大きい。


 ただし、これらはあくまでも単独ないしは数体のトロウルによる行動だ。二百年前、トロウルの群れが誕生した際には、一つの国が消滅し、帝国も版図の半分を失い、他の国々も甚大な被害を受けた。このときのトロウルの群れには、群れを率いる個体の存在が確認されている。


《トロウル王ヘイルの息子、アルカンテが復活した可能性があります》


 ヘイルは一族諸共に神族の怒りに触れ封印されたが、封印されて力を奪われる前に息子のアルカンテを殺害し転生の術をかけた。数百年に一度アルカンテは転生を果たして復活するのだという。過去の歴史ではアルカンテは三度復活を果たすものの、いずれも中途半端な復活で、転生後まもなく肉体が腐り落ちて死んだらしい。


《過去、トロウルは大きな群れを三度作っていますが、いずれもアルカンテが復活した時期になります。トロウルの群れができつつあるのなら、アルカンテ復活の可能性は高いかと。ただ》

「なんですか?」

『復活の間隔が短いんですよねー』

《ラビニアの言葉通りです》


 復活を繰り返すアルカンテの、一回目と二回目、二回目と三回目の間隔はいずれも約八百年。しかし三回目と今回の間隔は二百年しかあいていないのだ。


『アルカンテの復活は術式による予約復活になりますから、期間を四分の一に短縮しての復活というのは考えにくいんですよー』


 トロウルが群れを作っているのは別の理由があるということだろうか。情報を探ろうにも個々のトロウルは知能が低いため、隠しごとをしたり嘘をついたりが不得手で、かえって森北部で集まっている以上のことがわからない。バカなことで隠匿や秘密が発生せず、情報収集ができないのである。


「注意深く観察を続けるしかないわけですね」

『あ』

「どうしましたか?」

『あそこ。勇者が一騎さんと手を組んでますよー』

「ますます舞い上がりそうですね。エストさんの反応が怖い。エストさんが怒るようなことになれば、僕はなにを差し置いても逃げますよ」


 人型の精霊にまで進化したエストの戦闘力は強大で、宗兵衛たちでも無事に済む保証はない。進化させた本人よりも強くなっているかもしれないのだから、常盤平の『進化』は実に優秀な能力と言えよう。


『あの勇者、宗兵衛さんの手も握ってましたけどー?』

《主に限って惑わされている可能性はないと確信しています》


 ラビニアとリディルははっきりと非友好的である。


「大丈夫ですよ。僕は彼女を信用していませんから」


 宗兵衛の観察眼が藤山まゆを見抜いている、わけではもちろんなく、単に経験則からのことだ。


 宗兵衛は小学校入学前からの筋金入りのぼっちである。ぼっち歴がいよいよ十年目を迎える中学時代、とある女子生徒との距離が近くなったことがある。その女子生徒は気さくで明るく、宗兵衛のようなぼっちで目が腐っていて妙に理屈っぽくて、要はキモイと分類される人間とも壁を作らなかった。他人との距離を詰めることへの警戒感が乏しい女子で、かつての宗兵衛は距離の近さイコール好意の表れと勘違いしてしまった。


 勘違いするだけならまだよかったのに、当時は周囲でカップルがどうのと盛り上がっており、浮かれた雰囲気に中てられた宗兵衛もついうっかり、魔が差して、若気の至りで告白してしまったのである。


 ――――は? マジ、キモイから。


 心胆まで凍てつかせる視線と声音と表情も衝撃なら、翌日、相手の女子が友人たち相手に「マジありえねえって」「うっわー、キモ」「きゃはは」などと教室で笑い合っている場面も衝撃だ。


 以来、宗兵衛はぼっちに不用意に近付いてくる女を信用しないことにしている。しているだけで勘違いしたことは何度もあるし、勘違いの果てに「今度こそは違う」と思い込んで告白してしまったケースもあるのだが。確認するまでもなく、告白の結果は撃沈もしくは拒絶だ。


『悲しい理由ですねー』

「ほっといて下さい」

《相手の女に見る目がなかっただけです》

「ありがとう、リディル」


 自らのスキルに慰められて、感謝の言葉を捧げる宗兵衛は、ある意味では勇者かもしれない。


「――――っ!」


 唐突な寒気が宗兵衛の全身を襲う。


 温度的な寒さではなく、喉元に刃物を突き付けられているような、生命に直結した寒気。森の空気を引き裂いて何本ものナイフが宗兵衛目掛けて飛来する。狙いは額、喉、心臓、腎臓といった急所だ。


 宗兵衛はリディルのサポートを受けて即座に骨杖を作成、ナイフの悉くを弾く。弾かれ中空を回転するナイフの刃には呪紋が施されている。宗兵衛が見たことのない呪紋に懸念を抱くより早く、呪紋は激しく明滅を始め、爆発した。


「驚きました。刃に毒を塗るとかじゃなくて爆発させるとは、派手な暗殺手段ですね」


 爆煙を内側から突き破る宗兵衛、の周囲に複数の影が出現する。手には呪紋が明滅するナイフが握られている。


「観光客なら歓迎なのですがね」

《断罪者――真正聖教会の殺人暗殺セクションの構成員です。ナイフに気を付けてください。対アンデッド用の呪紋処理が施されています》

「それは厄介」


 ナイフの一本を骨杖で叩き落とすが、骨杖が襲撃者に掴まれてしまう。残りの襲撃者は三人。宗兵衛の後ろに二人、左側に一人が回り込んでいる。対アンデッド用の呪紋処理が施されているというナイフが迫り、今度は襲撃者が驚く番だった。


 宗兵衛の骨体から新たな骨腕が四本出現、瞬時に骨杖を生み出し、後方の襲撃者はそれぞれ顎と顔面の中央を、左側の襲撃者は側頭部を砕かれる。骨杖を掴んでいた襲撃者は破れかぶれになったのか、宗兵衛に突進してきた。宗兵衛の背骨を嫌な予感が走り、予感はすぐさま形となる。突進してきた襲撃者と倒れている三人の襲撃者、四人全員が自爆したのだ。


 オレンジ色の炎と黒い煙は広範囲に広がる。並の魔物なら跡形も残っていないかもしれない威力に、宗兵衛の骨体はほとんどダメージを受けていなかった。硬度と強度を大幅に向上させることによって得る防御力は、生半可なことでは破られない。


 宗兵衛の六本の腕の一本には、グリーンゴブリンが掴まれていた。転落した常盤平一騎である。通信玉に組み込んでおいた転移機能は、転移先を集落や教会ではなく宗兵衛自身に設定しておいたのだ。


「ぐふっ! げぇ、っほ、ぐぅっほっ!」


 腹を貫かれている常盤平が血を吐く。大ダメージは死にはしなくとも意識は混迷したままだ。この緊急事態では集落に戻らなければならないが、


「また僕が背負う羽目になるのですか」


 特製猿轡はとっくに処分しているとあって、嘔吐されるリスクを承知で宗兵衛は常盤平を背負い、集落に向けて駆け出した。

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