第三章:十話 これってデート?
昨日、投稿予定だったのですが、
ルーターの調子が悪く、今日の投稿になりました。
案内といっても本当に大したことはない。
集落はまだまだ発展途上で、集落と呼ぶのも憚られる。魔物たちが寄り集まっている程度の場所だ。木造建築物が増えてきているのは、ゴブリンよりも主にスケルトンの労働力によるところが大きい。メインストリート(予定)の道沿いには交易に向けて店を出す方向で、これは「商売を始めて集落を大きくしたい」一騎の主張が強く反映されている。
「こ、これはっ!」
クレアは肉を頬張ると表情をだらしなく緩めた。一騎発案、エストと宗兵衛がさっさと完成させたロースト肉である。肉は森に生息する獣たちの中からもっとも適しているものを探し出し、調味料も森の中で工面できるものから作り上げた。料理能力の高いエストと宗兵衛、配合比率などを即座に計算できるリディルらの合作で、魔物たちにも非常に好評な味となっている。一騎自身が果たした役割など極めて些細なものだ。
「めちゃくちゃ美味しいじゃない! イッキ、これはなに?」
「ふっふっふ、この村の特産品だ。この味で人間社会と接点を作って収入源にするのが狙いだ」
一騎としてはスイーツなんかを作ることができればいい、と考えている。さすがに現在の領土内では材料が乏しいので、早々に断念することになったのだが。グルメ事業のロースト肉もケバブやシシカバブのような形にしたいがまだ形にもなっておらず、なかなかに前途多難である。人間であるクレアが「美味しい」と言ってくれたことが救いか。
「それで? 次はどこに案内してくれるのかしら?」
「次も自信があるぞ」
一騎が足取りも軽く向かおうとした矢先、服の裾が引っ張られた。一騎が振り向くとクレアの右手に握られている。
「どうした?」
「ぅ」
クレアは右手で一騎の裾を握ったまま、左手を何度も開閉している。顔は真っ赤だ。少女がなにを考えているか、恋愛経験がゼロで皆無で絶無の一騎だが、ギャルゲーや恋愛シミュレーションゲームは多くこなしている。女の子の気持ちを知るためにと乙女ゲームにまで手を伸ばしたのだ。その鍛え上げた勘が声高に主張する。クレアは手を繋ぎたがっている、と。
(いいのか!? 俺みたいなキモデブオタクでその上ゴブリンがこんなかわいい女の子と手を握って本当にいいのか!?)
――――握っちまえよ。こんな美少女に恥をかかせるなんてよくねえぜ?
(お前は俺の中の悪魔か! くっ、悪魔の囁きに耳を貸すわけには)
――――躊躇ばかりじゃ進展はないぜ。突き進むときは全力で突き進むべきだろう。
(うおおぉぉおっ、なんて魅力的な誘惑だ!?)
――――落ち着くんだ、俺!
(は!? お前は俺の中の天使!?)
――――そうだよ、悪魔なんかの声を聞いちゃだめだ。一騎、君は生涯を童貞として過ごすべきなんだ! 異性との接点なんか君には必要ない!
(消え去れ天使ぃぃぃいいっ!)
――――ぎゃあああぁぁっ!
――――て、天使を殺しやがった……。
(あんな天使など必要ない。俺に必要なのは小さな勇気なんだ)
「あの、さ……クレア」
「な、なにかしら?」
「その……手を繋いでもらっていいか?」
「っ!」
クレアの顔は更に赤くなり、体は固まってしまう。
「な、ななあな……」
「いやその、ダメならいいんだけど」
強引に行くことは一騎にはできそうにない。心理的な予防線というか、強引に進めて断られた場合の自分のダメージの深さを先に考えてしまうのだ。小さな勇気はどこに行ったのか、ヘタレと笑っていい場面である。
「く、この我の初めてを奪おうと望むなんて……さすがは第一の下僕」
「待て! 言い回しに気を付けて! 本当に気を付けて!」
「なによ、こんな衆人の前で手を繋ぐなんて、本当に初めてなんだから」
「わかった! わかったから初めてとか口にしないでお願いします!?」
一騎の必死な顔と声に、クレアは怪訝そうに眉を寄せ、たっぷり五秒の後に急激に表情を変化させた。
「こ、ここここの変態! なにをイヤらしい想像を……っ!」
「イヤらしくないよ!? で、手を繋ぐの繋がないの、どっちでしょうか!?」
「くぅっ、つ、繋ぐわよ……下僕の求めに応えてあげるのも主の務めよ。ほら、手」
震えながら差し出されるしなやかな手を、一騎はぎこちなく微笑みながら受け取る。女の子と手を繋いだのはいつ以来か。記憶を遡ろうとして、悲しくなりそうなので途中で止める。添えられただけの手を、少し力を込めて握った。
――――このロリコンが。
(うるせえぞ、俺の中の悪魔め。お前も天使のようになりたいか)
――――いや、天使の奴ならさっき、ゾンビになって復活していたぞ?
どうやら天使との戦いはまだまだ続きそうである。
「どうしたの、イッキ?」
「なんでもないよ。ちょっとハルマゲドンについて考察をね。それより次は土産物だな」
村を訪れた相手――人間も魔物も問わない――に購入してもらおうと考えた品だ。地域性をうまく取り入れた商品をと宗兵衛に頼み、宗兵衛は
「どこからもインスパイアされていないオリジナリティ溢れる作品を用意して見せましょう」
と応じた。結果、一騎たちの目の前にあるのは、魚をくわえたゴブリンの木彫り人形である。構図は土産物の定番中の定番、鮭をくわえた熊そのものだ。
「まさに村の顔として、村長のイッキを前面に押し出しているわけね」
「ああ。そろそろ本当にアイツとの決着をつけよう」
土産物店には一騎と宗兵衛が原案の商品がいくつも置かれている。
一世を風靡したダイエットスリッパの木製版、そこらの木で作っただけの青竹踏み、ゴブリンマークを焼き入れた木製食器、ゴブリンマークを焼き入れたボードゲームなどだ。ちなみにマーク入りのものが一騎発案、健康器具関連は宗兵衛発案である。と、クレアの目がある場所で釘付けになっていた。
「どうした? なにか欲しいものでもあったか?」
正直、クレアの購買意欲を刺激するような品があるとは思えない一騎だ。もしかすると宗兵衛発案のダイエット商品は、宣伝が奏功するなら人間相手にも売れるかもしれない。だがクレアには不必要な品だ。一体、なにを見ているのか。
「む」
一騎をモチーフにした小さな人形である。エストが発案し、宗兵衛が嫌々ながら作った商品だ。ポーズをとった一騎人形が全部で十五種類。なにを隠そう、村で一番人気の品だったりする。部下のゴブリンたちがボスである一騎にあやかろうと、求めていくことが多いのだ。貨幣経済が導入されていないので物々交換が基本の村で、一騎人形は大きな魚一匹と交換されているらしい。
「えーと、ほ、欲しいのか?」
「え? そそそんなことはないわ。ただ、この人形は我との呪術的な相性がよさそうな気配がしたのよ。それだけよ」
なんだそれは。声に出して突っ込むことは避け、一騎は年長者としての余裕ある態度で挑むことを決めた。
「買ってやろうか、それ?」
乙女ゲームから得たセリフである。初デートシーンで、いけ好かないクソイケメンが吐いたセリフだ。まさか本当に自分で使う日が来るとは予想だにしなかった一騎である。この店のオーナーが一騎であるのだから、買うもなにもないのだが。
「な、なな、い、いいわよ別に。買ってもらう理由なんて」
「いや、そのな? ほら、下僕から主への初めてのプレゼントを渡したいっていうかだな」
「ちょ」
クレアの顔は赤くなったまま戻らない。一騎の頭にクエスチョンマークがポップアップする。あれ? もしかしてこれってデートっぽくない?
「いやいやいや、村を案内してるだけだから。他意はないから」
「? なにをブツブツ言ってるの、イッキ」
「いや、なんでもない! それでだが是非プレゼントさせてほしい。クレアが村に帰ったときに宣伝するための材料にもなるだろ?」
「そ、そうね。そういうことなら、貰おうかしら。初めての下僕ができた記念にもなる、し」
顔を赤くしたままのクレアにつられて、一騎の顔も赤くなる。店番担当のゴブリンが怪訝そうに首をかしげていたのは、無視しておいた。
本音を言うと、一騎は悔しくて悔しくて仕方がない。仮にも女の子と二人きりであるのだから、叶うなら遊園地にでも行ってみたかった。
駅前に集合ってことで待ち合わせをして、移動中の電車の車窓から見える各種アトラクションに驚きつつ、気持ちが昂っていくのを感じてみたかったのだ。ウキウキワクワクしながら電車を降り、ドキドキしながら相手を待つ。もしくは先に来ている相手に小走りに駆け寄っていく。「早いなー」とか「今来たとこだ」とか、定番セリフを口にしたい願望もある。
入場と同時に飛び込んでくる非日常の世界に興奮して、インスタ用の写真のために周囲の迷惑顧みず地面に座り込む。アトラクションも楽しみだ。高低差世界一を誇るコースター、宇宙の名を関する施設も垂直落下するアンチクショウも、やたらとプレミアム価格のついている各種雑貨も、クレアと行ったならば最大限に楽しむことができただろうに。
「え? ちょっとイッキ、どうしていきなり泣いてるの?」
「いや、なんでもないんだ。この村をどう発展させるかを考えていたらつい感無量になっちまって」
遊園地ができたときのクレアの反応はどうなるんだろう。そんなことに考え至ってしまうと、村の中に遊園地を作る計画を思いついてしまう一騎だった。




