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第三章:八話 訪問者たち

 教会以外で一番まともな建物は、実のところ似たり寄ったりのため明確には存在しない。あえて言うなら、多少の装飾を施された広いテントがそれに当たる。


 最初はゴブリンたちの生活スペース目的に建てたテントなのに、住環境が少しずつ整い始めたことで物資を保管する倉庫へと用途が変わったのだ。倉庫にも食料品や消耗品を保管するものもあれば、宝物を保管するものもある。


 来客用のテントは後者を流用しており、保管する宝物も応接に使えるようにと、整然と並べられている。まあ、宝物といってもさほどの価値はない。ゴブリンの宝物は菫たちとの戦いで大半が吹き飛び、残った品々も、しなびた村の村長宅にでもあるようなものばかりだ。


「ゴブリンとスケルトンが中心って聞いてたけど……なんか予想外に普通っぽい感じなんだけど。ねえ、アスランとアーニャんはどう思う?」


 真正聖教会の神官服に身を包む少女、藤山まゆが物珍しげに首を回しながら同行者二人に話を向ける。


「確かにこれは予想外ですな。拙僧としてもここまで秩序が作られているとは思いもしませんでした」


 額の汗を拭きながら答えるのは法衣を纏う壮年の男性、近隣の砦に詰める真正聖教会助祭のアスランだ。魔の森近くの村から魔物討伐の依頼を引き受けた彼は当初、自身が森に入ることを望んではいなかった。勇者や兵士に任せて、自分は高みの見物を決め込むつもりだったのだ。


 それがどうしてこの場にいるのか。得られた情報と利益との双方を考えた結果である。


 これまでに確認されたことのない魔物がいる、というだけなら同行することはなかったろうが、相手がゴブリンやスケルトンのような下級魔物なら話は別だ。危険度はグッと下がる。加えて勇者である藤山まゆが動くとあっては、砦の中に籠っているよりも共に行動したほうが点数アップにもつながる。


 砦の兵士たちも勇者に同行したがっていたが、教会の権限と聖職者としての建前を並べ立てて阻止した。競争相手は少ないに越したことはないと考えたからだ。


「……わたくしは見えませんから、どうでもいいです。あと、アーニャんは不愉快です」


 興奮や高揚がうかがえるアスランとは対照的に、アーニャと呼ばれた十代前半の小柄な少女は、手にした細めの杖を緩く握りながら淡々と答えた。


 盲目の彼女は聖徒といって、真正聖教会で下から二番目の位――もっとも下の侍者は聖職者を志さない一般市民のことを指すので、教会組織の中では聖徒がもっとも低い――にいる。まゆやアスランが聞いた限りでは、さるやんごとない家柄の出身らしく、「勇者様の下でぜひとも修行を」との名目で送られてきた少女だ。三人の中ではもっとも簡素な服で、小柄な体躯と表情の動きも少ないことと相まって、人形のような印象を与える。


「もう、アーニャんってば、相変わらずツンツンしてて可愛いんだからー」

「……勇者様は相変わらず落ち着きがなくて落胆です。繰り返しますがアーニャんは不愉快です」

「まゆ様、アーニャ君、ここは仮にも魔物の村ですぞ。もう少し緊張感を持ってですな」



                    

 厄介事は勘弁、と願いつつも宗兵衛の目は来客者たちに向けられていた。


『あの女、知り合いですかー?』

「記憶にはありませんが……ですが彼女は」

《感知できる魔力量からして、召喚された勇者であるかと》

「おまけに真正聖教会の人間もついてきている、と。ため息をつきたくなりますけど、こうしていても仕方がありません。さっさと済ませましょうか」


 テント入り口に立つゴブリンの似合わない敬礼を横目に、宗兵衛はテントの中に入る。三人の視線の集中砲火を浴びて、ぼっち時代の注目度の低さを懐かしく感じる宗兵衛であった。


 アンデッドへの敵意から三人の男女が一斉に立ち上がろうとするのを、宗兵衛は威厳のない両手で制し、上座――よりもお誕生日席と表現したほうが相応しい――に着席する。


「初めまして、皆さん。私はこの村の副代表を務める小暮坂と申します。以後、よろしくお願いします」


 丁寧な挨拶をする宗兵衛への反応は、


「「骨が喋ったああぁぁっ!?」」


 無理のない反応だと宗兵衛は思う。細めの杖を持って閉眼したままの少女だけは、宗兵衛に向けて小さく頭を下げていた。


 壮年の男は戸惑いと混乱で、口を大きく開けながら頭を左右に振り続ける。よほどに予想外の事態だったのか、見ていて距離をあけたくなるくらいの狼狽えぶりだ。


 女性陣は対照的である。細めの杖を持つ盲目の少女は、喋る骨が珍しいのか、宗兵衛に顔を向け続け、女性神官は一息入れてから笑い出した。


「ど、どうされたのですか、まゆ様?」

「あははは、いや、どうしたもなにも、あんた、小暮坂っていったっけ? 小暮坂ってやっぱりあの小暮坂? 腐った目と陰気な顔つきが特徴の、話をしたらキモイけど、偶然声を聞いたら幸運になるって変な噂の小暮坂?」

「最後の噂については皆目見当もつきませんが、多分その小暮坂ですよ」

「ほーら、やっぱり。ね? アーニャんもアスランもわかったでしょ?」


 なにがわかったというのか。宗兵衛は自らの疑問の大半に、既に答えを出していた。少なくとも、このまゆという少女は立場こそ違えど、自分と同じであることを伝えているのだろうと。つまりは、召喚された人間であることをだ。


「ところで、こちらは貴方方のことを知らないのですが、ぜひともお名前をうかが」

「ちょっと待って、小暮坂」

「なんでしょう?」

「知らないってあんた、まさか私のことも知らないの中に含めてるんじゃないでしょうね?」

「僕たちに接点がありましたか?」

「離して、アーニャん。あのアホの頭をかち割ってやるから」

「……とりあえず落ち着いて下さい。あと、アーニャんは不愉快です」


 こめかみを引くつかせながら拳を握り込むまゆ、それを細い腕で羽交い絞めにするアーニャ。隣ではアスランが口元を引きつらせていた。


 事実、宗兵衛とまゆの間にある接点らしきものは、薄く細い。委員会活動で二、三度顔を合わせた程度だ。クラスも違うので顔見知りの域を出ない関係である。知らないと堂々と口にする宗兵衛も大概なら、知人の枠内に数えている藤山まゆのほうも大概と言えなくもない。


 まゆをなだめてから自己紹介を経て、本題に入る。内容の一部は宗兵衛の予想通りだった。宗兵衛たちが魔族側に召喚されたのと同じタイミングで、藤山まゆたちは勇者として召喚されたのだ。


 魔族を打ち倒す使命を押し付けられている勇者たちも、さすがに同じ学校の友人を嬉々として倒して回ることはできない。助けられるものなら助けたい、と願うものたちもいて、勇者を支援する王国や真正聖教会も同調、協力を約束してくれたのだという。自分たちは勇者として厚遇されているのに、一方では同じ学校の仲間が酷い扱いを受けていることは許せないのだと訴える。


 ここで藤山まゆは宗兵衛の予想外の行動に出た。席を立ち、大股で宗兵衛に近付き、宗兵衛の骨の手を両手で包み込み、握りしめる。


「私たちはあんたたちを助けるために力になりたい。でも勇者だと魔物側に接触することはかなり難しいから、その点は力を貸してほしいのよ。お願い、小暮坂、協力して」

『むっ』

《……》


 ラビニアは不愉快そうに眉をしかめ、リディルも気分を害したかの感覚を宗兵衛は受け取った。宗兵衛は内心はともかく表面に出しては動じることなく応じる。


「なるほど。それで藤山さんたちがこちらに来られたと?」

「え? あー、いやー、今回はちょっと違うんだけどね」


 握っていた手を放して頭を掻く藤山まゆ。彼女たちが森に入った目的は別にある。近くの村に住むクレアという少女が単身、森に入ったらしく、彼女の救出が本来の目的なのだ。村人たちから魔物が活発化していることは聞いていたので、少女の速やかな救出と、可能なら魔物側の調査もしたいと望んでいた。集落に辿り着いたのはまったくの偶然であった。


「あくまでも目的は少女救出である、と?」

「そうそう。けどあんたらを助けるってのも本当よ。協力してくれる?」

「相談の必要がありますから、一存ではなんとも返事のしようがありません」

「なんでよ? もしかして魔族に遠慮とかしてる? 大丈夫だって、魔族の上、大魔王だっけ? そいつは大神アルクエーデン様に負けて封印されてるんだから」


 宗兵衛には初耳な情報だった。というよりも魔族についての情報自体、これが初めてだ。ラビニアは教えてくれず、『導き手』も《回答できません》と返してきた。リディルとなってからは問うていないが、恐らくは大きく変わらないだろうと宗兵衛は判断している。


 大神アルクエーデンの恩恵を受ける勇者、藤山まゆの言葉を信じるなら、数千年前か、それ以上に遠い過去、大神アルクエーデン率いる神族と、大魔王ミューロン率いる魔族とが衝突した。数百年に及ぶ激烈な戦いの末に神族は勝利を収め、首魁である大魔王ミューロンは封印される。


 ただし魔族の幹部たちは逃げおおせ、現在でも封印を解こうと暗躍しており、教会は魔族の一切を駆逐し、世と人類に安寧と幸福をもたらすことを目的としているのだという。魔族側に召喚された勇者の救出も、その活動の一環に当たる。


「もちろん活動の一環ってのは教会の言い分だからね。私としては仲間を助けたいだけだから。で、協力してくれるかな?」


 再度の問いかけに宗兵衛も再度、返事を保留する。大事な案件なので一存で決めることができないことに変わりはない。返事については「常盤平が戻り次第、協議をしてから」と告げると、常盤平天馬の双子の兄がいることに藤山まゆは大いに驚いていた。


「しっかもゴブリンなんかになってるんだ。うわー」

「どうしました?」

「へ? あ、うん、そのね? この前の訓練で、天馬君がゴブリンの頭を吹き飛ばしていたのを思い出しちゃって」

「動画はありますか? 後で常盤平に見せて、これが君の末路ですよ、と教えてあげたいのですが」

「あのさ……あんたらって本当に仲間なんだよね?」


 漫画的表現をするなら、まゆの顔には何本か縦線が入っている。アーニャはツボに入ったのか肩を小さく振るわせていた。


 勇者の胸中に芽生えた一抹の、かなりどうでもいい疑問を解消しないまま、宗兵衛はテントを出る。


「……大魔王は封印、ですか。事実だとしたら怖いですね」

『なにがですかー?』

「魔族のトップが長期に亘って不在であるにもかかわらず、神族や歴代の勇者たちは、魔族討滅を果たせていないわけでしょう? 大魔王の代行者が誰かは知りませんが、なるべくなら近付きたくありませんよ。彼女の情報が正しいとするなら、ですけど」

『残念ですけど、魔族側の情報はまだ教えるわけにはいきません。それで、勇者たちには協力するんですかー?』

「そのあたりの判断は長である常盤平に任せます。こっちは塩田作りが忙しいとか理由を付けて距離を取っておきましょう」


 人、それを丸投げという。


『ふーん。そうですかー』

《……》

「あの、ラビニアさん? リディルさん? なにか怒っていませんか?」

《主の気のせいです》

『気のせいじゃないですかー』

「そ、そうですか」


 どこかそこはかとなく、二人(?)の機嫌が悪そうだと思う宗兵衛だが、下手に突くと藪蛇になりそうな予感がして、そっとしておくことにするのだった。


       ◇         ◇          ◇

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