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第一章:五話 共に、往く

「お前の能力、卑怯じゃね!?」


 一騎は叫んだ。


 ナビゲーションだけでなく高い水準でサポートまでこなしてくれる。一騎が獲得した『進化』とは違って、非常に優秀な能力だ。


 骨だけの宗兵衛は軽やかに洞窟内を走っている。短足の一騎よりもはるかに速く、スマートな走法だ。魔力による知覚獲得に骨の肉体操作方法、念話もマッピングもすべて『導き手』の効果によるものだと聞き、不公平さに叫ばずにはいられなかったのだ。


「ゲームするとき、攻略サイトとか使いまくるタイプだろ、お前」

「だから?」


 姿勢として一騎は自力でのクリアにこだわる。やりこみ要素もすべて自分で発見することが大好きで、掴んだ情報を各攻略サイトに載せることも大好きだ。プレイスタイルの一つだと頭では理解していても、宗兵衛の姿勢を一騎は好きになれない。


「俺も進化したら似たような能力覚えたりするのかなあ」

「ゴブリンの進化というのが僕にはよくわかりません。どっちにしろ雑魚じゃないかと思うのですが?」

「うるせえな、俺もそう思うよ! でもお前も大概だからな。スケルトンもゲームじゃ雑魚だ。ゴブリンは最初のフィールドとかダンジョンで登場するけど、ものによってはスケルトンも同じダンジョンで出るんだからな」

「どっちにしろ雑魚ってことですか。魔族の戦士となるために召喚とか言っておきながら、雑魚に転生させるとかどういうことなんでしょうね?」

《種族を指定しての転生は技術的に難しく、ランダムに行われます。そのため多数の人間を召還したと考えられます》

「うぉぅっ! だ、誰の声だ?」


 一騎の頭の中に声が響き、驚きの声を上げる。


「『導き手』の声ですよ。君とリンクさせることが可能かどうか聞いたら肯定の返事だったので繋げてみました。こっちのほうが便利でしょう? 自力で洞窟から脱出してみせると豪語するなら切っておきますよ」

「絶対切るな! いるに決まってんだろ!」


 ゲーマーとしてはあるまじき行為。しかしこれは現実である。妙なこだわりに振り回されて命を落とす羽目になるのは悲しすぎる。


「そうだ、『導き手』さん。この近くに川はある? なければ水溜りでもいい」

《肯定。二メートル先の地点から左に七歩の位置に水溜りが存在します》

「すまんが宗兵衛、ちょっと寄らせてくれ」

「……喉が渇いたのですか? 転生して最初の飲水に水溜りの水を選ぶのは、いくら人間をやめたからといってもさすがに吹っ切れすぎだと思うのですが」

「違ぇっ! もっと大事な用事だ」


 一騎は首をかしげる宗兵衛を無視する。一騎にとってとても重要なことだからだ。


 宗兵衛に教えてもらった魔素感知のおかげで、暗闇の中でも問題なく移動できる。水溜りも簡単に発見できたが、七歩というのは宗兵衛の歩幅で七歩だったらしく、短足ゴブリンでは二十歩近くかかってしまい、一騎は泣きたくなった。


 水溜りの近くにしゃがみ、水面を覗き込む一騎。暗い水面に映し出されたのは、緑色の体表の、分厚いレンズの眼鏡をかけた、醜悪な魔物の顔だった。


 一騎が手を振ると、水面に映る影ももちろん手を振る。一騎が口を開けると、水面に映る影も口を開ける。たっぷり三分をかけて様々な行動を試して、一騎は弱々しい手つきで自分の体に触れた。


 実感する、諦める、受け入れる。


「本当に……ゴブリン、なんだな」

「肉があるだけマシでしょうに。僕なんか骨ですよ骨。カルシウムで骨を強化しようにも、どうやって吸収したらいいのかわからないレベルですよ。そのうち受肉する方法を見つけるとしましょう」

「だったら俺は足を長くする方法だな。この胴長短足はあんまりだ」

「いや、君は元からでしょう。むしろ余分な脂肪がなくなってスマートになっています」

「うるせえよ!?」


 こうして一騎は自分がゴブリンであることを嫌々ながら受け入れたのであった。


 現実を受け入れたからといって事態が好転するのかと問われれば、もちろんそんなことはなく、一騎と宗兵衛は暗闇の中を延々と歩き続けていた。出口の光は一向に見えてこない。洞窟全体を震わせる揺れに、体を小さくしながら足を動かし続ける。


 多少ながら収穫はあった。この洞窟に迷い込み力尽きたらしき屍を発見できたのだ。既に白骨化の上に、魔物に食われたのかボロボロになっている。


 一騎は錆びた剣とナイフ、体を覆う目的で屍から布を剥ぎ取る。転生による肉体サイズの大幅な変化で、来ていた制服は無用の長物へと成り下がっていた。この制服の成れの果てに比べれば、死体から剥いだ布のほうが幾分はマシ。倫理的にどうかと思いつつ、一騎は屍に向かって手を合わせてから行動に移した。


 宗兵衛は骨化しただけなので、なんとかそのまま制服を使えている。その宗兵衛も白骨死体から杖をとるが、腐っていたようでその場で捨てていた。


《警告。前方に魔物がいます。数一体》

「げげ、先回りされたのか」


 一騎の戸惑いは『導き手』の静かな声で否定される。


《否定。転生者ではなく洞窟内に生息している魔物です。危険度は低く、二人で戦闘を行う場合、高い確率で勝利します》

「だったら宗兵衛、転生した力がどんなものか試すためにも戦ってみないか?」

「断る理由はありませんね」


 古木の攻撃を避けたときとは違う。正しい意味での初めての戦闘が始まったのである。


 そんな場合ではないだろうに、一騎は自身の内にあるゲーマー根性が大きくなっていくのを感じる。できることとできないことを把握し、効率的な戦闘方法を見つけ出す。不謹慎だと自覚しながらも、逸る心を押さえられないのだった。


 五分後。


「ぜえーへぇえぇー、ふっぅうっ、ふぅーぅふっ」


 一騎は疲労困憊の体で地面に座り込んでいる。一騎の足元には倒した魔物の死体が転がっており、少し離れた場所では宗兵衛もまた座り込んでいた。


「め、滅茶苦茶、苦戦したんだけど……『導き手』さんの戦力分析が間違っていたんじゃないの?」

《困惑。スケルトンとゴブリンの基本的な戦闘能力ならともかく、お二人が内包している魔力量からして、このレベルの敵にここまで苦戦するはずがありません》

「聞きたいのですが『導き手』、僕たちの魔力量は普通のゴブリンやスケルトンよりも多いのですか?」

《肯定。最低見積もって数十倍の魔力量になります》

「おい、宗兵衛。あの妖精が魔力を多く持っていれば強いとか言ってなかったか」

「僕も聞きました。ようするにこれは」


 単に一騎の戦闘技能が欠如しているだけ、宗兵衛の場合は骨体操作の習熟度が限りなく低いことが原因だ。


 嫌な予感が一騎の全身を苛む。人狼と化した古木は間違いなくこの魔物よりも強いだろうし、一騎とは違って戦闘のための体の動かし方もよく知っているだろうし、宗兵衛とは違って肉体がある分だけ魔物化による体の違和感も小さいだろう。


「宗兵衛、個々の戦闘力を考えると、生き残るためにはより強固な協力が必要になると思うんだが」

「そうですね、ここからは別行動にしましょう」

「待てこら」


 一騎は電光石火の速度で宗兵衛の胸倉を掴んでいた。


「強固な協力が必要になるって言ったら賛同したよな、なあ、賛同したよな、お前」

「もちろんです。賛同することにウソはありません」

「だったらどこから別行動なんて言葉が出てくるんだよ!」


 語気を強める一騎とは対照的に、宗兵衛の口調は落ち着いている。


「冷静に考えた結果です。いいですか? この洞窟の出口はわかりません。『導き手』のマッピングがあっても、出口までのルートが判明するのはもう少し先の話でしょう。時間の経過はそのまま敵との遭遇率を上げることにつながります。ここまではいいですね?」

「お、おお」

「徘徊している魔物も問題ですが、よりややこしいのは転生組の連中です。あの連中は多くの魔力を持っていて、ふとした拍子に大化けする可能性があります。この大化けについては、逃げ回っている連中よりも好戦的な奴のほうが可能性は高いと考えるべきでしょう。つまり人間だった時から好戦的で、今は獣人に転生した古木あたりは要警戒というわけです。そして獣人になった古木は嗅覚が鋭くなっているでしょうから、君を執拗に追ってくる可能性が高い」

「それで?」

「君と一緒にいると僕の身の安全が図りにくくなる」

「ふざけんな!?」


 何度目のことか、洞窟の高い天井に一騎の叫びが吸い込まれていった。宗兵衛は口調が落ち着いているだけで、話の内容が最低だったのだから仕方なくもない。


「いやいや、これも協力プレイの一種ですよ。ここは俺に任せて先に行け、みたいな?」

「確かにそのシチュエーションには憧れたこともあるけどな、この場合だと俺は単に生贄にされてるだけじゃねえか。つか、思い出したけど、前にお前とMMOをやってたとき、俺を見捨てて逃げたことあったよな!?」

「あのときはデスペナが怖かったのですよ。もちろん今も怖い」

「バッカ野郎!? 俺だって怖いよ。死んだらやり直しできねえんだぞ。むしろアンデッドのお前のほうが有利じゃねえか!」


 一騎と宗兵衛がにらみ合う。といっても宗兵衛に関しては眼窩に青白い輝きが揺らめいているだけなのだが。


「仕方ありません。ではこうしましょう」

「どう仕方ないのかわからんが、一応は聞いてやる。言ってみろ、宗兵衛」


 一騎の促しに宗兵衛は骨だけの指を洞窟の先に向けた。


「この突き当りは道が二つに分かれているようです。どっちに行くかを君が決めればいい。僕は残ったもう片方の道に行くから、これで恨みっこなしにしませんか?」

「お前さっき、古木は獣人になって嗅覚が鋭くなってるかも、みたいなこと言ってなかったか? あんなきれいに二手に別れたら、訓練されてないそこらの犬でも俺の匂いを追跡できるんじゃねえか?」

「ちっ」

「舌もねえのに舌打ちするんじゃねえよ! もうここまで来たら運命共同体とか一蓮托生でいいんじゃね!? 生まれたときは違えども死ぬときは同じ日同じ場所を願わん、の精神でいこうじゃないか!」

「あれは結局、全員がバラバラに死んだでしょうが」

「細かいことはいいんだよ! 俺は絶対に別れないからな!」

「そっちの都合を押し付けないでもらえませんか。僕は別れたいのです」


 暗く高い洞窟の天井の下、別れるだの別れないだの、ゴブリンとスケルトンが激しくもシュールな言い争いを繰り広げている。


《…………警告。こちらに接近してくる気配を感知しました》


 一騎の気のせいだろうか。『導き手』の声に呆れが色濃く混じっているように感じたのは。


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