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第三章:二話 進展する色々

 最近になって一騎にはとある問題が持ち上がっている。急角度の右肩上がりに、体重が増加しているのだ。


「ねえイッキ、こっちも食べてみて」「イッキ、おかわりいるよね?」「新しいお菓子を作ってみたの、はい、あーんして、イッキ」


 原因ははっきりしすぎている。エストが一騎のためにと毎日毎食、かなりの量を作っていて、それを一騎がすべて平らげているからだ。一日三食に加えて、最近では昼夕食前の軽い食事と、昼夕食後の軽い食事が提供されるようになり、間食もたっぷりと用意されている。


 かつて常盤平一騎を構成していたキモデブオタクの三要素は、転生によりすべて排除されていた――ゴブリンの見た目はキモイと言えなくもない――のだが、エストの大きすぎる愛によってデブの部分が急速且つ急激に回復しつつあった。


 なんとなく姿見を見た一騎は危機感を抱き、だがエストの好意を断る気にもなれず、頼ったのは宗兵衛だった。自分に好意を寄せてくれる女性の存在など、人生でもゴブ生でも初めてだということも関係している。


「げぼっは!」


 腹部に強烈な骨杖の一撃を受けて一騎が吹き飛ぶ。既に二十回目のことだ。魔力が大きく回復力も高い一騎はすぐに起き上がるも、体の奥に叩き込まれたダメージの回復までには至っていないようで、足は細かく震えている。別に一騎と宗兵衛との間に不和が生じたのではない。ダイエット目的と、己の力不足を知った一騎が請うてのことだ。


「くっそまだまだぁ! 次だ、宗兵衛。この訓練を経て俺は蝶のように舞い」

「蚊のように潰されるのですね」

「違う!」

「カメムシのように嫌われる、と」

「それも違ぇっ! いいから続きだ続き。さっさと来い!」

「わかりました。では上段からの攻撃で鎖骨を砕き、動きが止まったところで両膝を破壊して、うずくまってがら空きになった後頭部を捩りの入れた突き下ろしで木っ端微塵にしましょう」

「殺害方法を説明するなああああぁぁっ!」

「第一位魔法、炎の礫」

「しかも魔法!? 杖ですらねえとはどういうことよ!?」


 もはや一騎の訓練ではなく、宗兵衛の魔法訓練に移行している。迫る炎を避けまくる一騎の腰にはもう矢筒はない。不本意ながらゴブリンアーチャーに進化し、アーチャーとしてはこれっぽっちも活躍しなかった一騎は、矢筒を捨てる道を選んだ。そう、骨刀と骨の具足を装備する一騎は、ゴブリンアタッカーとして歩み始めることになったのである。


「そろそろ骨の具足は回収しますので」

「歩みの第一歩を奪い取るってどうなの!?」

「違いますよ。骨刀は渡しておきます……つまり、ゴブリンアタッカーではなく、セイバーになれと言っているのです」

「セ、セイバーとな!?」


 喜色が一騎の前面に押し出る。一騎にとってセイバーとは、最優、であることを示す単語に他ならない。骨刀にエクスカリバーの名を付けようかと真剣に考える。


「では訓練の続きといきましょうか、ゴブリンセイバー常盤平一騎」

「待ってくれ!? なんか弱そうなんだけど!? セイバーの上にくっついてる言葉のせいで最優どころか最弱の極みみたいな語感になっている!」


 訓練というか宗兵衛によるいじめというか、いずれにせよエストの休憩の声掛けが聞こえてくるまで続けられた。


 これまた豪勢な食事が並ぶ教会の食堂、にある窓から外を眺める一騎。ゴブリンたちが額に汗して作業をしていた。もちろん廃教会の修復作業だ。教会敷地内に魔物が立ち入ることを快く思わないエストも、修復自体には賛成で、ゴブリンたちも一時的にだが立ち入りが許可されていた。


 一騎は労働基準法を守る優良でホワイトな職場を目指している。ゴブリンたちにも十分な休息を与え、人手が足りなくなると宗兵衛がスケルトンを作って補充しているのだ。作業効率は良く、廃教会は少しずつ往年の形を取り戻しつつあり、エストの機嫌も非常に良い。


 一騎を長とする新しい集落も形は整ってきていた。スラムと見紛うようだったボロ布のテントではなく、木材を用いた住居が少しずつ建てられている。もちろん作っているのはゴブリンなので、基本的にはボロ家屋だ。


 形になりつつあるだけで、町と呼べる代物ではない。木を切り出すにも、建材を作るにも、とにかく知識と技術と経験が足りないのだ。かつてのゴブリンの集落が洞窟とボロテントだったことを考えると、止むを得ないことなのかもしれないが。


 家を建てるだけでもこの体たらくなのだから、後は推して知るべし。家を建てるための整地も不十分、上下水道など望むべくもなく、下水処理から肥料を作って農業に生かすなんて一騎の野望は、半ばお約束のように打ち砕かれる。


 夢ばかり大きい一騎の掛け声の下、町としての設計図もなしに始めたものだから、あちこちに木造ボロ家ができてしまい、教会周辺には混沌と乱雑の雑種めいた異様が姿を見せつつあった。


 怒ったのが宗兵衛だ。せっかくの集落をスラムにする気か、と一騎の顎を真空飛び膝蹴りで砕き、区画整理からやり直したのである。参考にしたのは京都の、いわゆる碁盤の目のような造りで、教会の正面入り口から中央通りを敷き、今後は規模の拡大につれて何本も通りを設け、住所としても管理していくつもりだという。ゴブリンの居住スペースも指定して、乱雑さなど生じないようにすっきりとした町づくりを目指すと言っていた。


 宗兵衛の目下の悩みは、建築技術と知識を持った人材の確保ができないことだ。他にも風呂を作りたいとか、水源を確保したいとか、色々とあるらしい。


 敷地内には井戸もあるが、飲料用だけで精一杯、生活用や農業用に回すには足りないのである。近くに川だか泉だかの水場があるということなので、いかにして水を引くかが問題になっていた。とりあえずできることから手を付けていこう、と切り替えた宗兵衛は、リディルと相談しながら色々と考えている。尚、ラビニアは宗兵衛の頭の上でごろごろしているだけだ。


 防衛に向けては少しだけ改善がある。目立つ木の上にカモフラージュの見張り台を設置し、一方で見つかりにくい影に隠れていた別の見張りが報告に走るようにしたのだ。輪番制で四体一組にしている。外敵に備えて部隊の編成をしようにも、ゴブリンにそこまで高度な動きはできず、剣や槍を持った近接部隊と弓を装備した中遠距離部隊とにわけた。まずは教会の復興と新しい集落の完成が優先なので、兵士としての訓練は少しずつしか進められないのが実情なのであった。


 これといった外敵も、自然災害に叩かれることもなく、教会を中心とした生活環境も少しずつだが安定しつつあった、そんなある日。


「水源に近付けない?」


 調査チームのリーダーゴブリンが持ってきた報告に、一騎は首をかしげる。断崖絶壁に泉でもあるのかと思いきや、水源に二種の魔物が出現しているのだという。


 一方はハーピー、もう一方はギルマンの集団だ。ハーピーとギルマンは水場を巡って対立しており、近付くものには容赦なく攻撃を仕掛けてくる。偵察チームも両方から攻撃され、這う這うの体で戻ってきたのだった。しかも逃げる際に、水場近くを歩いているウルフの群れを見つけるおまけ付きだ。


「つっても水の確保は重要だしなあ」

「ええ。井戸だけではギリギリですし、井戸が枯れる危険もありますからね」

「水がなくなったら料理ができなくなるってことじゃない。そんなのダメよ」

『やることは一つですよねー』


 結論はあっさり出た。ハーピー退治とギルマン退治、できることならば両者を傘下に取り込むことである。


 と、ここで問題が一つ。エストに懐いている子ウルフのことだ。傷ついて迷い込んだところを保護したという経緯を考え、また子ウルフの体力や行動できるであろう範囲、周囲に他のウルフの群れが存在しないことから、


「こいつの群れはそこなんだろうな」

「(ガブリ)」


 何気なく伸ばした一騎の腕に子ウルフが噛みつく。見れば一騎の腕にも足にも腹にも無数の噛み痕がある。子ウルフとエストの関係は極めて良好で、逆に一騎と子ウルフの仲は極めて非友好的だ。


「~~~っ!」

「そろそろ学習してもいい頃だと思いませんか、常盤平?」

「このモフモフが悪いんだ、モフモフが」

「こーら、ダメよ。め」

「クーン」

「常盤平と子ウルフの確執はどうでもいいとして、水事情の改善は急務です。ハーピーとギルマンのどちらから対処するかですが、なにか希望はありますか、常盤平?」

「別にないな。なんとなくだけどハーピーからにするか」


 誰からも異議は出なかった。目的は討伐ではあるが、可能なら良好な関係を築く、もっと言うと傘下に組み入れることである。ゴブリンたちのように傘下に入ってくれるのなら、集落を大きくするのに有効かもしれない。


 偵察ゴブリンに地図を作らせ、一騎、エスト、子ウルフのパーティーが作られる。宗兵衛とラビニアは留守番だ。万が一にも別の魔物が教会を襲撃してこないとは限らないからである。


 もしかするとちょっと冒険者っぽいのではないか、と一騎はワクワクしていた。洞窟では逃げ、洞窟を出ると村人たちから逃げ、ファンタジー要素と言えば凄惨な殺し合いが大部分。初めての冒険に心躍るのは無理からぬことだった。


「よっし! この集落の長として宣言だ! 三日のうちに水源を確保することを公約とする!」

「いえ、ここは言い逃れできるように、速やかに水源を確保できるように可能な限り努力する、にしておきましょう。特に数値目標は絶対に入れてはいけません。数字は部下に達成させるべきものです」

「自分は曖昧に濁しておいて部下に過剰なノルマを課すタイプ!? 最悪だ!」

「騒いでないで行くよ、イッキ」

「ワン」


 騒がしくしながらも一騎たちは村を出発する。一騎としては水を確保して意気揚々と凱旋する気満々だった。

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