第三章:一話 雑魚魔物、勉強する
第三章もよろしくお願いします。
学生の本分は勉強だなんて、一体全体、どこの誰がのたまったのか。宿題だの単位だのと、まったくもって迷惑な話である。放課後にしろ休日にしろ、勉強よりも大事なことに――少なくとも一騎はそう信じている――時間を割くべきだ。努力? 勤勉? そんなものは必要な時期が来たら、自分で勝手にするようになるものではないか。
なにかのアニメの主題歌で歌われていた事実もある。オバケには学校も試験もないと。ならば、オバケに類似する、あるいは近縁種である魔物にだって当てはまって然るべき。
「どこの世界にだってどんな種族だって学習の機会があるなんて、あまりにも夢と希望がなさすぎると思うんだよ!」
『一騎さん、あまり舐めたことを口走っていると、右腕の骨を』
「右腕!? 俺の利き腕をへし折る気!?」
『右腕以外のすべての骨を粉々にしますよー?』
《利き腕を折ると勉強に支障が出ます》
「もう支障とかって問題じゃないよね!」
「うるさいですよ、常盤平」
今日も今日とて、ラビニアとリディルによる講義が行われている。魔族の勇者として、着実に力を付けている一騎と宗兵衛のためのものだ。二人とも、特に一騎のほうは強くなっている自覚をほとんど持っていないのだが。
まずは魔物や魔族にとっての大敵、真正聖教会について。
教皇を筆頭とする組織であり、この世界の七割以上の人間が信仰ないしは活用している宗教だ。各国の騎士団や軍を凌ぐとされる、教会直属の騎士団を複数有し、中でも最大規模のものが教会本部を守護する神権騎士団である。教義と戒律に厳しく律せられているとされる神権騎士団は、各国からも恐れられている存在で、その騎士団長ともなれば上位貴族並みの扱いを受けるほどだ。
また騎士団とは別の戦力も保有している。『断罪者』と呼ばれる暗殺を行う部署、『教皇の手』と呼ばれる情報収集を専門に行う部署、『豊穣の花冠』と呼ばれる金融取引を専門に行う部署、他にも大規模な農業生産を行う部署もあれば、薬の研究を専門とする部署もあり、これらはいずれも教会にとって重要な戦力である。
特筆すべきは『剣神』『剣聖』『剣帝』『剣王』『剣鬼』の、いわゆる『五剣』と呼ばれる戦力で、これには司教か大司教クラスの権限が与えられていると噂されていた。また、この『五剣』の戦力は尋常な水準ではなく、過去にいくつかの戦場に投入された例では、投入から大した間を置かずに決着を見ている。
「……戦場の趨勢を決めるとか、もう人間じゃねえな。なにその重戦術級の人間兵器は。どう対処しろってんだよ」
「ゴブリン型使い捨て装甲板作戦を決行する他ありませんね」
「骨型特攻爆弾作戦のほうがいいと思うんだがよ!?」
「仲間を売って生き延びようだなんて最低の行為だと思いませんか? 恥を知りなさい」
「どの口で言ってんだこらぁっ!」
実に性根の腐ったやり取りである。
『はいはい、そこまでにして下さいねー。次に行きますから』
戦力として『五剣』は極めて恐るべきもので、『五剣』と同等以上に注意と警戒が必要になるのが『勇者』である。
教会が指名することで誕生する存在の勇者は、例外なく強力な力と、宝装と呼ばれる特殊な武具を持っている。これまでの勇者はいずれも魔族との戦いで大きな戦果を挙げ、英雄だの救世主だのと祭り上げられているという。
もっとも有名なのは、三世代ばかり前に誕生した勇者ベリセルダで、彼は勇者として名を上げ、教会組織にあって枢機卿になり、政界にあっては王族と結婚して侯爵位を得た後に宰相にまで上り詰め、今も尚、民衆からは絶大な支持を受けている。
「やっぱり転生ってそういうもんだよな。同じ勇者なのに、なんだこの落差!? 魔族側の待遇って悪すぎるだろ!」
『優遇するよりも過酷な環境に置いたほうが成長をより促せる、というのが魔族側の教育方針ですから』
「教育じゃねえだろ! 弱肉強食の過当競争だよ!」
『見解の相違ですねー』
一騎の抗議などどこ吹く風、ラビニアは気にする様子もなく話を続ける。真正聖教会以外の宗教は、例えばユリス神信仰のような少数派で、勢力も保有戦力も小さく脅威にはならない。厄介になりそうなのは邪神を崇拝している連中だ。こいつらは大神アルクエーデンを中心に据える真正聖教会の打倒を目指しつつ、同時に魔族も排除しようと様々な活動を行っているという。
「魔族だけじゃなくて邪神なんてのもいるのかよ……つくづくこの世界は」
《否定。邪神は存在しません》
「は?」
一騎の顔のど真ん中にクエスチョンマークが浮かび上がる。宗兵衛は器用にも眼窩に揺らめく炎をクエスチョンマークにしていた。
《席次を失った神は四柱がいましたが、いずれも討ち取られています。人の歴史に残る前の話ですが》
「では連中が崇めている邪神というのはなんなのですか? 魔族の誰かを邪神として捉えているとか?」
《否定。邪神教が崇める邪神ゲルギュルグに該当する存在は、神族にも魔族にも精霊や魔獣、その他の種族にも見当たりません》
「待って下さいリディル……それってつまり」
『ただの妄想なんですよー』
「妄想かよっ!」
思わず一騎は突っ込んでしまった。
おどろおどろしい雰囲気はどこへやら、物凄くかわいそうなイメージを抱いてしまう。ただし、妄想であっても信仰の力自体はある。
存在しない邪神のため、邪神教徒は熱心に活動しては、各地に被害をもたらしていた。教義や邪神復活を掲げて誘拐や強盗、殺人に人身売買まで、多くの犯罪に手、だけでなく足も体も頭も染めている。いずれ邪神が復活した暁には、この地上に邪神による理想郷が形成され、教徒である自分たちは重要な地位を任されると確信しながら。道半ばで倒れても、邪神の祝福により、いずれ復活できると確信しながら。
「迷惑にも程があるなその連中!?」
「とんだ新興宗教もあったものですね。ですが、確かに厄介ですね。いないことを証明できない以上、連中は教義と信仰心に則って動き続けるでしょうし、魔族も滅ぼすと公言しているのなら、僕たちと衝突する可能性もあるわけですね」
『所詮は妄想ですから奇跡の恩寵や過分な力を得るようなことはありません。実際、これまでのところ、脅威にはなったことはないのですけどねー。暖かくなったら発生する羽虫のようで鬱陶しいんですよー』
事実がどうであれ、邪神教は邪神教なりに真剣に活動しているだろうに、小うるさい羽虫と同列に扱われるのは、さすがにかわいそうだと思う一騎だった。
邪神教は勢力としては大したことはない。ラビニアの指摘した通り、神の恩寵や奇跡があるわけでもないので、超常的な力を振ることはできない。ただし真正聖教会から排除され、尚且つ魔族に与するだけの度胸もない連中にとって、邪神教は心の支えになっている部分がある。
魔族を信奉する人間もいるにはいるが、現実にこの世界に被害を及ぼす魔族には、やはり隔意を抱いている人間が大半だ。翻って邪神は現実には存在しない妄想上の産物なのだから、世界や人類社会に害をもたらすはずもない。大神アルクエーデンへの敵対者としてそこそこの認知度を誇り、真正聖教会の影響力が強い社会から爪弾きにされ、寄る辺を失った人たちが縋るのも無理はないと言えた。
邪神教をこき下ろしたところで、ラビニアは小さな手を叩く。
『では、今日の講義はここまでにしておきますかー』
魔族側の体制については沈黙を守り切っての講義終了のお知らせに、生来、勉学を苦手とする一騎は大きく伸びをした。時刻は昼時、エストが作ってくれている昼食が楽しみだ、とばかりに一騎の腹からやたらと自己主張の強い音がする。
「食べることのできない僕への当てつけですか?」
「いや~、エストの食事を食べれないなんて、スケルトン君は実に残念ですな~。一刻も早く受肉の方法が見つかるように、不肖、この常盤平めも協力を惜しむものではないんですがね~ぇ?」
「唐突にスポーツをやりたくなりました。野球でいいでしょう。僕がバッターをしますから、常盤平はボールをして下さい」
「ボールをしろってどんな表現!? それはただのいじめだ!」
「それじゃあ居合抜きの練習をしますから、常盤平は巻き藁をして下さい」
「いじめを通り越して斬殺!?」
尚、エストの用意した昼食は質・量ともに十分なものであった。




