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幕間:その五 爆誕! 嫉妬仮面!!

「えー? やだー、ジョージったらー」

「そんなこと言うなよ、ハニー」


 商店の立ち並ぶ通りを一組の男女が歩いている。ベタベタとくっついて、周囲の気温を否が応でも高める様は、紛うことなくあっつあつのカップルだ。女の手にはクレープがあり、男と交互に食べては大げさにはしゃいでいる。


 間違いなく幸せの只中にいるであろうカップルを、周辺の男たちはイライラしながら睨み付けていた。イライラして、拳を握り込み、奥歯が砕けるほどに噛みしめ、呪詛の言葉を砂のように吐き出し、中には血涙を流している男もいる。


 彼らはいずれも彼女のいない独り身の男たち。長年に亘って彼女を望むも遂に望みは果たされず、カップルたちの輝かんばかりの幸せオーラの前に、デリケートな心身は打ちのめされていた。けれど世界はそんなモテない男たちに、一つの救いをもたらした。それこそ、


「げぶはぁぁぁっ!?」

「きゃー! ジョージいいいぃぃ!?」


 カップルの男に目がけて放たれたドロップキックは、寸分たがわず男の顎を蹴り砕いた。地面に倒れ伏した男に、別の人影が追い打ちのエルボーを落とす。カップルの男は気絶に追い込まれた。


 カップルを襲撃した二つの影は、男の気絶を確認するとシュザ、と素早い動きで通りの中央にある時計塔の上に並んで立つ。太陽の光を背に受けて、二つの影はポーズを決めた。


 ――――嫉妬の炎に導かれ~♪

 ――――カップル撲滅ジャスティスパ~ンチ♪


「「「おお! あれは!」」」


 モテない男たちが尊敬と畏怖、感激の涙を浮かべて時計塔の上に視線を集中させる。あの影こそが世のモテない男たちの味方にして、唯一最後の救世主。炎をかたどったマスクを被り、上半身は裸でたくましい筋骨を見せつけ、プロレスラーが使うようなショートタイツが燦然と輝いている。


 ――――我ら、この世すべてのカップルを撃滅する嫉妬の戦士!

 ――――独り身の男子に寄り添い、世に真なる平等をもたらす神の使い!


「す、救い主様じゃ! 救い主様がご降臨あそばされたぞ!」

「神の使いだ! 弱き我らの寄る辺たる神の使いだ!」


 ――――嫉妬仮面一号!

 ――――同じく二号! ここに参上!


「「「うおおおぉぉぉおお!」」」


 通りのあちこちから歓声が上がる。ただしすべての歓声は野太い男のものだ。嫉妬仮面を名乗る二つの影、山本憲治と渡辺和彦は満足気に頷いた。


 元は犬型の黒い魔獣だった山本憲治と、巨大なコウモリだった渡辺和彦。両名は洞窟脱出後に、人間に変身する能力を手に入れていた。人間に戻ったのではなく、あくまでも人間に化ける能力だ。これも現状からの脱却を強く願った結果だろう。なにしろ、二人のすぐ近くにはとんでもない熱量があったから。洞窟で行動を共にしたバカップル、猿人の小田切大輔とピクシーの奥野撫子のことである。


 洞窟を出た後もバラバラで動くのは危険だろうとの判断の下、四人一組で動いていたのだが、山本と渡辺が感じていた疎外感というか場違い感はえげつないものだった。小田切大輔と奥野撫子はTPOを弁えずにいちゃつくものだから、すぐ傍でそれを見せつけられるモテない二人は、幾度となく血反吐を吐き悶絶し発狂した。


 発狂の度に撫子に優しく慰められては、「「お前だけこんな素敵な彼女がいることが納得できねぇんだよっ!」」と大輔に襲いかかり、返り討ちに遭っている。殺し合いを経て強くなったのではなく、嫉妬に狂った挙句の戦闘経験で強くなったという稀なケースが山本と渡辺だ。


 そうこうしているうちに、四人は根拠とする場所を見つける。山奥の、打ち捨てられた一軒の人家だ。近くには小川も流れ、畑にもできる広場もある。魔族の勇者になどなる気のない四人は、ここに腰を据えることを決めた。拙いながらも家を修復し、どうにか居住に耐えられるレベルにまでなったタイミングで、山本と渡辺は家を出ることにする。


 正直なところ、バカップルどもと始終一緒にいるとなると、二人の精神が耐えられそうにない。大輔も撫子もこの世界の危険さを訴え、山本と渡辺もよくわかってはいたが、定期的に戻ってくることを条件に強引に出ることを承諾させた。人間に化けることができるようになった自分たちなら、変身能力を生かして人間の食料などを手に入れてくることも可能だと説得したのだ。


「それによ大輔、おいらたちがいなくなれば遠慮なくいちゃつけるんだぜ?」

「そうそう。お邪魔虫は退散ってな」

「いや、こっちはまったく気にしていないんだが」

「「おれらがめっちゃ気にしてんだよバカ野郎!」」


 バカップルであることを欠片も自覚していない大輔を殴りたい衝動をグッと抑え、撫子に対しては爽やかな笑みと声で挨拶をして、山本たちは山を下りていった。


 確かにバカップルの近くにはとても居続けることができないという切実な理由もある。だが別の理由もあるのだ。変身能力である。化けることで人間に警戒されることなく近付き、殺すなり食べるなりすることが魔物としての本来の使い方なのだが、山本も渡辺も真っ先にしたのは――そう、ナンパだった。


 どんな外見にも化けることができる両名は、美男子に化けてナンパをしまくり、「キモイ」と罵られてはフラれる日々を繰り返した。一方が女に化けて告白のシミュレーションまでしたことがある。そして三百人目の女性にフラれた日、


「もういっそ、どっちかがずっと女になって彼女になってくれたらいいんじゃね?」


 との悟りの領域に手を掛けようとした矢先、両者に一つの出会いがあった。みすぼらしいボロに身を包んだ老人は自らを「聖戦の隠者」と名乗った。


 老人は言った。ワシも生涯においてモテた例がない、と。どれだけ道行く女たちの乳と尻と太ももに熱い情熱を注ごうと、情熱が正しく報われたことはなかった、と。世に蔓延る不公平不公正不正義を是正するために戦い続けたが、愚かなカップルたちの前に敗退を余儀なくされた、と。


 熱い涙を滝と流しながら、老人は己が半生を語る。あばんちゅ~るを求めて海に進出したときのことを悲しみを込めて、ろまんちっくを求めて貴族のパーティに潜り込んだことを楽しげに、にっくきカップルを打ち滅ぼすために世界中のデートスポットに出向いたことを力強く、そして敗れ去ったことを無念を込めて語る。語り終えた後、老人は二人に自らの魂ともいうべき作品を渡す。


 それこそが仮面、そしてショートタイツであった。


 嫉妬の炎をかたどったこの仮面とショートタイツを身にまとい、独り身の男たちを無差別に傷つけるカップルを撃ち滅ぼしてほしい、と老人は涙ながらに語る。先頭に立って世のモテない男たちを勇気づけてほしい、と声を震わせる。


 二人は仮面とショートタイツを受け取った。老人の意志を継ぐために、モテない男たちの心の平安のために、なにより、自分たちの理想とする世界のために。


 受け取った仮面とショートタイツは不思議と二人にフィットした。まるで、時空を超えて出会うことが宿命づけらていたかのように。天の定めし邂逅のように。ショートタイツに足を通し、炎をかたどった仮面の紐を結び、巌の如き決意と共に、ここに真実の正義と平等と愛と哀の戦士、嫉妬仮面は誕生したのである。


「一号よ、あとは三号と……一騎と合流するだけだな」

「おれらと並んで非モテ三銃士と恐れられていたあいつだ。そうさ、あいつが簡単に死んでるはずがない。必ず生きているさ、常盤平の奴は」

「きっとこの仮面とタイツを快く受け取ってくれる。最強の三号として、カップル殲滅作戦を主導してくれるはず」

「ああ。嫉妬戦隊ビクトリースリーの復活までもう少しだ」


 嫉妬仮面三号こと常盤平一騎がエストという絶世の美少女から、溢れんばかりの愛情を受けていることなど知る由もない彼らは時計塔の上で頷き合った。戦いはまだ始まったばかり。この戦いには終わりがないかもしれない。だがしかし、嫉妬仮面たちは闘争をやめることはない。魂の闘争を、尊厳の闘争を、やめようことなどどうしてできようか。




「ええい! なんだって魔物どもが歓声を受けているんだ! つか魔物の分際で神の使いってなんじゃそれは!?」


 この町の教会に詰める教会騎士の一人、ボルンは町の騒ぎを遠くから見つめて地面を勢いよく蹴りつけた。嫉妬仮面を名乗る不逞の輩どもの正体は早々に看破している。あれは魔物だ。人に化けているだけの魔物なのだ。人語を解する点からして高位の魔物だということは想像がつく。ボルンとしてもかつての戦争以来の、命がけの戦いになることを覚悟していた。それなのに、どうしたわけかあの魔物たちは殺戮や破壊行為を一切行わない。


 人に化ける術を見破った騎士たちは、町の人々に「嫉妬仮面は魔物である。決して近付かないように」とお触れを出している。にもかかわらず、嫉妬仮面は一部で大きな人気を獲得していた。人に危害を加えても殺しはしない、高らかに熱っぽくカップル撲滅を主張する、モテない男子に救済をと拳を振り上げ声を張り上げる。


 ボルンの部下が小さな声で応じる。


「まあ、魔物といっても人を殺したり食べたりしているわけではありませんし」

「そういう問題じゃないだろ! 魔物だぞ魔物! 人の敵、教義の敵、許すべからざる敵だろうが! こんなときに教会長様はどこに行かれたのだ!?」

「教会長様でしたら」


 ――――うおおぉぉ、嫉妬仮面よおおぉぉ! 妻を奪っていた出入りの若い商人に裁きの鉄槌を下してくだされええええぇぇっ!


「なにしてんだ教会長おおぉぉっ!?」

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