表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/210

幕間:その二 人間と魔物

 もう夜も遅いというのに、窓からは煌々とした明かりと多くの人たちのざわめきが漏れ出ている。酒を飲んで騒いでいるのではなく、ここ最近で急速に持ち上がってきた問題への対処についての話し合いがもたれているのだ。


「村長、このままだと家畜にだっていつ被害が出てもおかしくねえぜ。対策するなら早くしねえと意味ねえよ」

「猟師のヤスたちが言ってたろ、普段なら森の奥にいるゴブリンがここまで人里近くに降りてきたことなんかなかったんだって」

「けどな、スケルトンまで出てきたんだろ? いくらなんでも妙な話だ。もうちっと、情報を集めねえとダメだろ」

「集めるって誰がだよ。いつまでだよ」

「そいつぁ」


 村の一角にある村長の家では、目撃例の増えている魔物への対処が話し合われていた。ゴブリンだけでなく、本来なら戦場跡などの比較的、限られた地域にしか出現しないはずのスケルトンなどのアンデッドの目撃情報まであるとあって、小さな村はちょっとしたパニックになっていた。


 拍車をかけたのが山狩りをしていた村人たちに死者が出たことだ。森の中を這いずっていたアンデッドの始末はつけたものの、死んだ人間が戻ってくるわけではない。山狩りでの成果は精々、数匹の魔物を殺せたに留まるとあって、他に仕事がある以上、魔物狩りに人員を投入するだけの余裕が村にはなかった。


 かといって放っておくと被害が出る。村の青年や幹部が次々に発言するがまとまらない。討伐、様子見、安全はどうする、危険も大きいなどで決着がつきそうにない。


「そこまでだ」


 収拾のつかなくなった場を一喝したのは村長だ。村長は世襲制で、先代の村長が魔物に殺されたのが半年ばかり前。今代の村長は二十代半ばの青年とあって、実績や威厳には乏しい。このことを自覚している村長の隣には、法衣を身にまとった壮年の男性の姿があった。


 真正聖教会の助祭を務める人物だ。名をアスランといい、この地域にある砦に詰めている神官で、村から請われる形で訪問している。村長はアスランに視線を送り、コクリ、小さく頷いた。


「この件については、教会にお願いしようと思う。俺たち素人が騒いだり動いたりするよりも、ずっと効果的だと思うからだ」


 村長の説明に村人たちは納得と了解を示す。魔物は総じて好戦的で、雑魚魔物であっても村人たちがケガをする可能性は高い。ケガをすると農作業などの本来の仕事に支障が出て、生活基盤が容易く揺らいでしまう。冒険者組合に依頼しようにも、依頼料や手数料でとにかくお金がかかる。小さな村にはそこまでの蓄えはなく、危機感を募らせる村としては、教会に縋る他ないのが現状であった。


「アスラン様、お願いできますでしょうか」


 村長の言葉にアスラン助祭は穏やかな笑みを湛えながら鷹揚に頷いた。


「邪悪な魔族や魔物から人々を守るのもまた教会の役目です。もちろんお引き受けいたしますとも。ただし、魔物の数が多いので、こちらとしても手勢をそろえる必要がありますので、少しばかりの時間をいただくことにはなりますが」

「は、はい。それはもう、教会の方々にお任せいたします。それであの、お礼のことなのですが」

「どうぞお気にならないで下さい。そのお金は冬の蓄えやご家族が病気になったときのためなどに残しておくべきでしょう。冒険者組合に依頼するよりは安いとはいえ、軽い負担ではないと推し量りますが」

「アスラン様」


 教会への依頼は寄付という形の金や物を出すことが慣例になっている。魔物討伐はリスクが高いため、高額になる傾向にあり、小さな村にとっては痛手となるケースも多い。今回、村が用意した金もなけなしのものであった。村のことを案じてくれるアスランに、村人たちは感謝して頭を下げる。


「それでは、私めは一度、砦に戻りますが、くれぐれも皆さんが魔物を倒しに行くなんて危険な真似はなさいませぬように」


 アスランは村長宅を出る。外には馬を引く村人がいた。本来、移動は徒歩で行われるのだが、危機感の強い村はアスランの足として馬を用意していたのだ。アスランは簡単に謝辞を述べて馬に跨ると、早足より少し遅い速度で出発した。


 村を出て、視界の後ろからも村が見えなくなったことを確認すると、アスランは薄い笑みを浮かべて呟く。


「砦には確か、勇者様が見えられていたはず。魔物討伐は勇者様の役目だし、砦詰めの兵士たちも勇者様と一緒に動くことは名誉と考えているだろうからな。神官らしく村人の窮状を涙ながらに訴えてやればいいか。上手く立ち回れば出世に繋がるかもしれんし、この年になってようやく運が回ってきたか」


 若い頃は信仰に熱心になりすぎるあまり、世渡りが下手だったアスランは、気付けば周囲よりもずっと出世が遅れていた。自身の内に眠る欲に気付いたのは最近のことだ。手遅れ感が否めず、半ば以上諦めていたところに、降って湧いたようなこの話だ。アスランは心底から大神アルクエーデンに感謝した。


「実際に動くのは俺じゃなくて勇者様や兵士たちだしな。万一、失敗しても俺の責任は問われないだろうし、俺には命の危険もない。安全な場所から魔物が死ぬ様子を眺めてりゃいいんだから、楽なもんだ」


 聖職者とは思えない凶悪な笑みをアスランは浮かべた。


「気になることは、魔物が活発化していることか。ゴブリン程度なら問題はないだろうが、例の地竜みたいなのが出てこないことを祈っておくか」


 アスランは小さく体を震わせる。最近になって「魔物の活発化」ではきかないほどの強力な魔物の出現が報告されていた。普段アスランが詰めている砦にも多くの情報が寄せられ、被害の大きさに心胆が締め付けられる。例えば――――



                    

 指先に光が集中したかと思うと、無数の光球となって弾ける。熟練の傭兵であり、「鮮血の刃」とも称されるアンガスの上半身は跡形もなく吹き飛んだ。年季の入った石造りの広間に、下半身だけになったアンガスが音を立てて倒れる。アンガスに付き従うよう兵たちの顔色が一斉に変わった。


 傭兵団「血刃」は王国や帝国でも腕利きとして名が知られている。特に団長アンガスは帝国の万騎長を討ち取った実力者で、剣技も魔法も高い水準で備えていた。そのアンガスがなす術なく敗れ去るなど、相手が名前も顔も知らない若造など、とても信じられない光景だった。


「血刃」とっての悪夢は正に嵐のように襲来した。攻めるに難く守るに易い山間の廃城を根拠と定めて以来、初めてのことだ。次にどこの依頼を受けるかで会議を開いていたところ、見かけない服装の男女二人組が突如として現れる。


 本来なら警戒するのだが、相手の年齢が若く、女のほうは美しかったことから、傭兵たちは即座に方針を固めた。男を殺し女は生け捕りにすることに。礼儀を守らずに傭兵団の根拠に現れたのだ。どうなっても文句を並べる権利はない。


 歴戦の傭兵である彼らにとってそれは、決定的な判断ミスだった。二人組は露骨に落胆の息を吐くと、男のほうが指を鳴らし、他に七人の、否、七体の魔物が出現したのだ。「血刃」の本拠地は瞬く間に制圧され、団長アンガスも容易く破れ、ここに傭兵団「血刃」は消滅したのだった。


「はぁ、どうしていきなりこうなるかな」


 矢立誠一は大きなため息をついた。傍らに立つ霧島玲も同様だ。矢立たちは最初から荒事が目的だったわけではない。この世界の知識や道具を手に入れることと、住居の確保が目的だった。


 矢立たちのグループは魔物に転生してから、ほとんど誰とも接触せずに行動していたのだが、知識や根拠地がない状態では色々と不具合が出てくることを懸念し、危険を覚悟で人間に接触を図ろうとしたのである。


 魔物や魔族にではなく、人間を相手に考えたのは、元が人間だったせいによる。さすがに町に出るなんて判断はなかったので、矢立たちは「人が少ない、もしくは一つの集団で構成されている場所」を求めた。


 ややあって傭兵団の噂を聞きつけ、見た目は人間に近い矢立と霧島、しかもわざわざ魔物としての特徴を隠した状態で、交渉に向かうことにしたのである。話が通じそうな相手なら事情を説明し、傭兵団に潜り込むことも考えていたのに、問答無用で攻撃されるとは思っていなかった。


 霧島玲が石造りの床に倒れる傭兵の死体を見下ろす。


「玲? どうしたんだ?」

「ううん、魔物ってこういうことなんだなって、思っただけ」

「そういうことか。ああ、確かに俺も、初めて人を殺したっていうのに、動揺がほとんどない。それどころか強い力に喜びが湧いてきているよ」

「振り回されないようにしないとまずいかも」

「っべー、マジでそれな!」


 広間に入ってきたのはコウモリのような翼を生やした魔物、ガーゴイルだ。騎士のような恰好をしているのだからガーゴイルナイトと表現すべきかもしれない。サッカー部レギュラーを射止めたばかりだった鈴木久志だ。


「久志、そっちは大丈夫だったか?」

「へーきへーき。ケガした奴もいねえよ」

「そうか。ならいいんだがな」

「しっかしまあ! マジで魔法とか魔物とかの世界なんだな。これから先、どうなっちまうんだろ」

 

 大げさに肩を落とすガーゴイルナイト。不安の表出のように見えて、どうすればいいのか、この先の指針を矢立に聞いているのだ。


「とりあえず、ここを拠点とする。落ち着いた後は、あの洞窟を生き残った他の奴に接触しよう。何か情報を持っているかもしれない。この世界の人間との接触は……難しいかもしれないな、正直」

「生き残ってる奴、いるかなぁ」

「私たちがいるんだから他に生きてる連中もいるでしょ」

「いや、それは」


 矢立誠一と霧島玲の二人が規格外だったおかげである、と声を大にして叫びたい衝動に駆られる鈴木久志君だった。


「まあ、俺たちみたいにチームを組んでいる奴らなら可能性は高いだろうな」

「となると、荒巻たちなら生き残ってるかも。あいつらって絶対チームで動くだろ」

「荒巻って……ああ、あのうるさくて騒がしいの?」


 霧島玲の荒巻に対する評価は酷い。うるさいも騒がしいも意味的に似ているのに、二つ被せているところからして、本当にうるさいと感じているのだろう。


「まあ玲の言うことももっともだけど、他に可能性が高そうなのは……小暮坂かな」

「ええ!?」

「ああ、あいつなら絶対、生き残ってるわね」


 小暮坂宗兵衛の基本的な評価は「ぼっちでキモイ」だが、一部からは高い評価がついている。矢立や霧島といったカースト上位の人間は、小暮坂宗兵衛の意外な能力の高さを知っていた。


「小暮坂なら単独でも生き残っているだろう。むしろ誰かと協力して行動している場面が俺には想像できない」

「同感。あと、あいつなら色々と知ってそうな気がするんだよね。そんなはずないってわかってるんだけど、ほら、妙な知識とか勘の良さとかあるから」

「いやいやいや。それはないでしょー。誠一も玲も冗談きついべー。あのぼっちが生き残」


 鈴木久志の言葉に被せるように轟音が三人の耳朶を叩き、三人が顔を見合わせた。音の正体に心当たりがあるのだ。矢立と霧島の視線を受けるガーゴイルの顔が引きつった。


「……美和の奴、かな」


 川渕美和は巨人へと転生させられた少女だ。かつてはやや身長が低めな可愛らしい外見だったのだが、転生により双頭の巨大な類人猿のような外見へと変わってしまった。


「げぼはぁっ!」


 広間に大きな窓の外を影が通過する。光り輝くダイアモンドのボディを持つゴーレムこと大宅和馬だ。川渕美和をなだめようとして殴り飛ばされたらしい。矢立たち三人は窓に駆け寄り、下を見る。


「ちょっと、落ち着いて、美和」

「落ち着いていられないわよ!」


 双頭の猿巨人、川渕美和に雷を身にまとう巨大な蛇の魔物が巻き付き、獅子の体と鷲の翼と頭部を持った魔物グリフォンが抑えている。雷を待とう蛇は椿秋子、グリフォンは桜池明日海だ。椿秋子も桜池明日海も変化に衝撃を受けていたが、自分たち以上に川渕美和がショックを受けていたので、比較的、平静を保てているのだった。


 川渕美和は精神的に非常に不安定で、化物呼ばわりされると過剰に反応する。周辺を破壊し、止めようとする周囲も吹き飛ばすのだ。川渕美和の足元には、炎の頭髪を持ち周囲にも火球を浮かばせている女性の魔物が、顔を腫らせて気絶している。アンデッドの一種フューリー、人間だった頃の名を佐々木真彦――転生により性別が入れ替わった被害者だ。


「誠一、玲! 止めてよ!」


 空を飛んで助けを求めたのは、コウノトリの体に人間の頭部を持つシャックスだ。頭部は人間のときのままなので、葵茜とすぐにわかる。


「わかっている。行くぞ、玲!」

「ええ!」


 矢立誠一と霧島玲は窓から飛び出た。川渕美和の二つの頭部が上に向き、特に霧島玲に向けて敵意の色が強くなる。自分が醜い巨人に変わったのに、外見上の変化がない霧島玲が妬ましいのだ。


 友人の感情に気付いている霧島玲の顔が悲痛に歪む。必ず人間に戻る方法を見つけると誓い、矢立と霧島の手に魔法の光が生まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ