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第二章:二十五話 俺の異世界転生は報われないこと甚だしい

「だったらやっておきたいことがある。いいな、宗兵衛?」

「魔物や村人との戦いに備えて遺書を書いておくのですね。わかりました、すぐに紙とペンを持ってきましょう」

「違う!」


 ゴブリンたちのボスになったことで、人間たちからの標的になる危険性が格段に上がってしまった一騎は、なぜか妙にテンションが上がっている。ボスとしての自覚が急速に目覚めたのかもしれない、との宗兵衛の予想は、誰よりも宗兵衛自身が信じていなかった。


「やっておきたいこと、ですか。どうせつまらんことのような気がしますけど、具体的に何をするつもりなので?」

「ふっふっふ、このゴブリンたちに名前を付ける。いわゆる一つのネームドという奴だ!」


 得意満面といった様子で悦に入っている一騎と、対照的に白けているのが宗兵衛。一騎の目当ては魔物転生ものの鉄板イベント、名付けによる進化だ。名を与えられ進化した魔物たちは、強い力とか魔力とか知性とかを得て、主人公の助けになるのが王道中の王道といえよう。一騎は今後の勢力拡大のためにも必要だと声高に主張する。


「ねえ、イッキ、名前を付けるってどういうこと?」


 宗兵衛は白けていても、不機嫌になっているのがエストだ。


「わたしがお願いしても色々と理由を付けて渋っていたのに、どうしてゴブリンたちには頼まれてもいないのに名前を付けようとしているの?」

「え゛」


 表情は笑顔なのに、一騎はこれっぽちも安心できない。漏れ出る魔力からは攻撃色も強く、宗兵衛はそっと距離を取った。君子危うきに近寄らず、と呟いたのが一騎の耳に届く。


「ねえ、イッキ、どういうこと?」

「ち、違うんだエスト。これには理由があるんだ!」

「どんな?」


 一騎は必死に説明した。魔物に名前を与えることで、魔物を進化させる目的があることを。進化した魔物はあらゆる面で各種ステータスが強化され、教会再建のための有力な手助けになるだろうこと。また教会を襲ってくる外敵への備えとしても戦力向上は必要なこと、などをだ。鉄板イベントをこなしたいわけでは断じてないので、この点への言及は避けておく。


「ふーん。つまり名付け自体には深い意味はなくて、あくまでも戦力向上が目的なんだ?」

「そうそうそう! その通り!」

「進化させて若くてきれいな女の子にしてみたりとか、あまつさえその女の子を教会の中に連れ込むとか、そんな理由はもちろんないのよね?」

「ももももももちろんだとも! わからない。どうしてそんなことを疑われるのか、俺にはさっぱりわからないよ。なあ、宗兵衛!?」


 加速度的に立場が低くなっている気がする一騎だ。集落の長って立場はどこに行ったのか。未だ不満げながらもどうにか納得してくれたエストに、一騎は安堵のため息をついた。


 そのまま触らぬ神に祟りなしを決め込んでいた宗兵衛を睨む。宗兵衛は認知症予防に効果があるとされる指先運動を繰り返していた。脳のないスケルトンに効果があるのかは甚だ疑問ではある。


「いくらなんでもその態度は酷くねえかと思うぞ」

「民事不介入が原則ですので」

「介入して!? ちょっとでいいから!」


 言い争っていても仕方がないので、一騎は大きく息を吐き出してから話題を転じた。内容はもちろん名付けイベントのことだ。


「転生してからこっち、ほとんどロクなことがなかったが、ようやく異世界転生らしいことができるってもんだ。あ、いかん、どうしよう宗兵衛、ちょっとワクワクしてきた」

「あーはいはい。それじゃあ彼らの名前はコウテイ、ジェントゥ、アデリー、イワトビ、マカロニ、フンボルトとかで構いませんね?」

「構うに決まってんだろう! 適当にもほどがあるわ! 却下だ却下。彼らの名前は俺が考えるていうか考えさせて下さいお願いします!」

「そこまで必死になる理由が今一わかりかねますが……いいでしょう。この名前はハーピーあたりを仲間にしたときに使うとしましょうか」

「やめたげて!? せっかく大空を自由に飛んでるハーピーさんたちが凄く可哀そうだから!」


 名付けを何だと思ってるんだ、と憤慨する一騎は宗兵衛たちを置いて、ゴブリンたちに一歩近付く。唯一、顔を上げている長老に話しかける。


「そういうわけでだ、お前たちに名前を付けたいんだが、構わないな?」

『ギギ、名前、でございますか? イッキ様に頂けるのでしたら光栄の極みではございますが』

「よし。じゃあ、まずは長老に名前を付ける。そうだな、ゴブリンだからといってゴブ吉とか単純なのは避けたいし……うん、ブリングだ。長老、お前は今日からブリングと名乗れ」

『ギ! ありがとうございます!』


 長老改めブリングは深々と頭を下げた。ブリングは名を与えられると同時に全身を強い魔力が覆った……などという展開は一向に起きない。十秒が経過し、三十秒を数え、一分を越えても変化も進化もパワーアップも起きることはなく、頂戴した名前をありがたそうに受け止めているだけだ。


 一騎の首は百分の一秒で百二十度の先にいる宗兵衛に向いた。勢いが強すぎて、首からは変な音が響いたほどだ。


「どういうこと!?」

「僕にわかるかるはずがないでしょう。ラビニアさんか『導き手』に聞いて下さい」

『名前を付けるだけで強力な魔物が得られるのなら、魔族はとっくにすべての魔物を名付けていますよー?』

《名付けが進化に繋がるという根拠が理解できません》

「そんなバカなああぁぁっ!?」


 足場が音を立てて崩れていくかの錯覚を覚える一騎。『進化』を用いるならゴブリンたちを進化させることも可能だろうが、名付けだけでは目的を達成できそうにない。『進化』を使おうにもエストに使ったばかりで魔力残量的にとても無理。


 雑魚魔物に転生するわ即座に命は狙われるわ無双はできないわ鉄板イベントですら大胆にスルーされるわ。異世界転生以降の人生、いやゴブ生は一ピコグラムだって報われない。困難やら苦痛やらが大半のような気がしてならない。


「お、俺はどうすれば……」

「すべてのゴブリンに名前を付けるしかないでしょう。見なさい、他のゴブリンの顔を」


 宗兵衛に促されてゴブリンたちの顔を確認する。皆が期待に胸を躍らせているのがはっきりと見てとれる。進化がないとわかっていても、宣言した以上は翻すわけにもいかない。長としての最初の仕事でもあるのだから。


「どうしよう……考えてた名前がショックですべて吹き飛んだんだけど」

「これからが大変ですね。仲間の魔物が増える度に名付けをする必要が出てくるのですから、君が」

「え゜」

「どう発音するのかは知りませんが、それはそうでしょう。ゴブリンだけに名前を付けて、他には付けないとなると、依怙贔屓になりますよ。以後の組織運営に著しく支障をきたすのではありませんか? 尚、繰り返しますが、僕は不介入が原則ですので」

「お前には根本的に優しさが足りない!」


 結局、ゴブリンたちへの名付けは、一騎が一人だけで片付けることになった。こんなありがたみのない名付けイベントも、そうはないだろう。ゴブ吉とかゴブ助とかの名前が増えたのは、仕方のないことだった。




 凹む一騎を見捨てて教会の聖堂に向かう途中、宗兵衛はふと思いついたことがあった。


『どうしたんですか、宗兵衛さん』

「いえ、名付けについて考えていました。進化とかは別として、確かに名前はあったほうがいいですね、と」

《なにかに名前を付けるのですか、主?》

「うん? ああ、君の名前ですよ『導き手』」

《ふえ?》


 あくまでも能力である『導き手』の、ここまで間抜けた声は初めて聞く宗兵衛だ。宗兵衛の頭の上ではラビニアも目を丸くしている。


「君にはいつも助けられていますからね。日頃の感謝も込めて、『導き手』という技能としての名称ではなく、できれば固有の名前を付けたいと思いまして。さて、どんな名前にしましょうか」

《あの、主。名前など別に》

「英訳してリードかガイド……まんまだとあまり。少し変えて、そうですね、リディルにしましょう。『導き手』、君の名前はリディルです。受け取ってもらえますか?」

《っっ~~~!?!?!?》


 瞬間、『導き手』改めリディルの感情が爆発したかの奔流が宗兵衛の内側を駆け巡る。これまででは考えられなかった急激な変化である。あまりに急激すぎて宗兵衛も戸惑うしかないほどに。


「あの、リディル? もしかして気に入りませんでしたか?」

《は、はい。いいえ! そのようなことはありません。戸惑いと衝撃は大きかったですが、主からの頂き物です。ありがたくお受けいたします》


 宗兵衛の気のせいだろうか。リディルからこれまでに感じたことのない感情、嬉しさや喜びといったものが発露しているように感じられた。


「いやまさかね。名前がついただけで感情が生まれるとかはさすがに」


 宗兵衛自身は失念していることがある。いや、覚えてはいるのだが、成果が乏しく重きを置いていないことがある。リディルが『導き手』だったときから、常盤平一騎の『進化』を解析し続けてきたことを。『進化』はエストのように他者を進化させることが可能であることを。


『技能に女の子の名前を付けるって、宗兵衛さんも勇気ありますよねー』

「え?」


 よくよく振り返ってみれば、確かにラビニアの指摘通りである。車のカーナビに女の子の名前を付ける行為にも似ているのではないだろうか。痛車に乗っている従兄が、どこかのボーカロイドの声をナビに採用して、「○○ちゃん」と話しかけていたのを思い出す。


《主。主から頂いた名に恥じぬよう、全霊で主に尽くします》

「え、あ、うん」


 だからといって、喜んでいるらしきリディルに対し宗兵衛にできることといえば、頷くしかなかったわけで。

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