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第二章:十八話 斬る

「手順はわかっていますね、常盤平。術の解除は『導き手』が、僕たちは魔力の放出をしておびき寄せますよ」

「わかっている! 全力で行くぞ!」

《術の分解を開始します》


 一騎と宗兵衛が触れる掌に魔力を集中させる。『導き手』による術の分解も始まり、不安定なソウルイーターの体が崩れていく。


 崩壊を加速させるのが一騎と宗兵衛の役割だ。生者の一騎の魔力と、アンデッドの宗兵衛の魔力。正反対の性質の魔力を逆方向から見せつけ、本能の強いソウルイーターを構成する怨霊たちとブラウニーを分離させやすくする。


 自我の薄い怨霊たちはより強いアンデッドと集合すべく宗兵衛に向かい、アンデッドでありながら死にたくないと願う赤木たちは一騎に向かう。ソウルイーターという魔物が筋繊維の断裂にも似た音を立てて千切れようとしている。


 迫る赤木たちの醜悪さに目を背けることもなく、一騎は拳を握り込む。骨の具足で強化された拳を、強引にソウルイーターの中に捻じ込んだ。三つの口が叫び、一騎の鼓膜を強かに叩く。小さく眉をしかめただけで、一騎は突き入れた腕を動かし続ける。


 ソウルイーターの体内は血液の代わりに酸でも流れているのか、一騎の腕を絶え間ない痛みが襲う。焼け爛れる痛みも、腕が溶ける恐怖も、全身から血液が徐々に奪われていく実感も、どれも一騎の行動を阻む要因にはなりえない。


「!」


 一騎の腕がなにかに触れる。ソウルイーターなんてアンデッドの体内にあって、明らかに異質の、確かな暖かさを持っているなにかに、ようやく触れることができる。あの日の食卓、一瞬だけ触れただけではわからなかった暖かい魔力を、今度こそしっかりと感じ取った。優しく、けれど決して離さないと覚悟を持って握りしめ、


《術の分解終了。ブラウニーとアンデッドたちの繋がりの切除完了しました》


 一気に引き抜く。一騎の腕は確かにブラウニーを掴み取っていた。ブチィッ、と太いゴムが引き千切れたような派手な音を立てて、怨霊の塊であるソウルイーターはバラバラに飛び散る。


 握ったままの手を開き、視線を手の中に落とす一騎。ブラウニーの全身には細かいひびが入り、生命反応は微弱で、けれど確かにまだ、生きていた。


「常盤平、ブラウニーさんは?」

「生きてるよ……大丈夫、ちゃんと、生きている」


 どうしようもない安堵が広がり、一騎はそっとブラウニーを抱きしめた。


「「「ぎにゃああああぁぁっっぁぁああっ!」」」


 一つの肉塊についたままの三つの口はそれぞれに叫び、のたうち回る。よほどに苦しいのだろう。口角からも眼窩からも鼻腔からも、涎やら涙やら鼻汁やらを大量に垂れ流して転げまわる。


 同情を覚えなくもない様子に、一騎の選んだ行動は骨刀を握りなおすことだった。ここへ来た目的はなにか。ブラウニーを助けるためであって、友情を温めに来たわけではない。赤木たちがいると、この先もゴブリンのような犠牲者が出る。見逃すことはできない、見逃してはならない相手だ。


「こんなつもりじゃなかったんだ!」


 唾を撒き散らしながらの突然の弁明は赤木のものだ。緑川と黄瀬も赤木に追従する。


「こんなつもりじゃなかった。人間に戻りたかっただけなんだ、俺たちは! こ、これ以上はなにもしねえから、頼む、殺さないでくれっ!」

「そ、そうだ! 本当は誰も傷つけるつもりはなかったんだ。それなのに……っわ、悪いのは魔族だろ? そこの妖精が悪いんじゃねえのか! 俺たちは自分を守るのに必死だっただけなんだよ、なあ!?」

「忘れたのかよ? 俺たちはクラスメイトじゃねえか! お前はクラスメイトを殺すのか? 頼む、見逃してくれ、死にたくなんかねえんだ。どうかお願いだ、頼むよ。お願いだ、お願いだ」


 三つの口は延々と命乞いを続ける。クライムサスペンスなら、犯罪組織のボスあたりが作業としての処刑を敢行する場面だ。犯罪シンジケートとなんらかかわりのない一騎は強く奥歯を噛む。脳裏にあるのは、赤木たちがブラウニーやゴブリンたちへ行った仕打ちだ。


「お前らが殺して回ったゴブリンたちも死にたくなかったとは思わなかったのか!」

「「「ゴブリンなんかただの魔物だろ!」」」


 返ってきたのは罵声混じりの、他に蔑みや見下しも色濃い傲慢な声だった。


「俺たちは人間だ! 人間と魔物を一緒にするな。人間の命はもっともっと大事だろうが! 俺たちの命は魔物なんかとは価値が違うんだ! あのゴブリンどもは魔物なんだから消耗品と同じでいいんだよおぉ!」

「そうだ。人間の命は尊いんだぞ! 人権があるんだ! 俺たちを殺すってことはお前は人殺しになるってことなんだぞ! 魔物なんかと一緒にするなよ。だってそうだろ? 俺たちは勝手に魔物に作り替えられたんだ、こっちは被害者なんだぞ!」

「連れてこられただけの、こんな姿にされた被害者だ! 魔物のことなんかより、同じ人間の俺たちのことをもっと考えろよ! 魔物の命なんか知るかよ。加害者のあいつらは全員、命がけで償うべきだろうが!」


 なんて自分勝手な言葉だろう。


 一騎は覚悟を決めている。相手は果たして人だったのか魔物だったのか、一騎は洞窟の中で命を奪ってきている。殺しに来た以上は、殺される覚悟もあるだろうと受け止めている。一騎はここに来るときに、ブラウニーを助けるための戦いで、必要なら相手が誰であっても、この手で殺すと腹を括っている。たとえ相手が転生者でも、クラスメイトでもだ。宗兵衛だって覚悟は決めているだろう。


「この世界の人間だってそうだ! 連中が魔族なんかといつまでも争ってるから俺たちがこんな目に遭うんだ! 俺たちがこの世界の人間を殺したって責められる筋合いはねえ!」

「俺たちは地球人だぞ!? 日本人だ! なんの説明もされずにいきなり誘拐された被害者だ! この世界の人間共も本当なら俺たちにもっともっと寄り添うべきだったんだ! なのにあいつらは武器なんか持ってやがったから、殺すしかなかったんだよ!」

「お前にだってわかるだろ!? 仕方なかったんだ理由があったんだ間違えてなんかいないんだ! 間違ってるのはこの世界で、この世界の連中のほうなんだ!」


 だというのに、一騎の手は細かく震えて動かない。さっき斬ったときに、続けてもう一度振っておいたなら殺せていたに違いない。戦いの勢いの中でならより簡単に殺せたろうに、連中の声を聞いてしまった。見知った顔と声で、恥も外聞もない、必死になってしがみついてくる命乞いを。


「おいなんだよ、その目は。ふざけんな! やめろよ。助けろよ、助け……やめてくれ、殺さないでくれ。なんでなにもしてねえ俺たちが殺されなきゃならないんだ! お前もモンスターなんかにされちまったんだから俺たちが間違えてないってわかるだろおおぉぉっ!」

「俺たちみたいに大人しく生きてきただけの人間がなんでこんな目に合わないといけないんだよ。おかしいだろ!? なあ、お前もそう思うだろ!?」

「人間に戻りたかっただけなんだ! 俺は悪くない! 俺は悪くない! 俺は俺は俺は絶対に悪くなんかない! 助けてくれお願いだ助けてくれ! 頼むから!」


 赤木たちの行動を振り返ると、助けたところで改心も更生も望めそうにない。こいつらは、人間ではなく魔物の側にいる。魔物の本能と衝動にどっぷりと浸かっている。命乞いはしても、行動への反省や謝罪をしないのがその証拠だ。


 宗兵衛は一騎を眺めるだけでなにがしかの行動を採ろうとはしない。この場では動くつもりがないのだろう。宗兵衛の頭の上のラビニアも同様だ。


 一騎は歯を強く食いしばった。骨刀の柄をより強く握りしめた。やらなければならない。小刻みに震えて力の入りにくい右足を、半歩分だけ前に出す。三人の顔が急激に引きつる。


「ひ」

「やめろ、来るな!」

「人殺し! 人殺しの化物が!」


 勢いだけで無慈悲な刃が一騎の心と、前に出したばかりの足に突き刺さる。一騎の動きが止まった。


 刹那、緑川の口角が笑みの形に吊り上がる。緑川の視線が一騎が抱えるブラウニーに固定されていた。赤木と黄瀬も事情を理解したようだった。ぐばぁ、と音が聞こえそうなくらい緑川の口が大きく開かれ、ソウルイーターは肉食獣のような跳躍を見せて襲いかかった。


 ブラウニーに迫る毒と涎に塗れた口、に横合いから骨の手が捻じ込まれる。両者の間に宗兵衛が割り込んだのだ。緑川は骨の手を嚙み砕くことができず、したがって命乞いをすることもできなかった。


 一騎は骨刀を振り下ろす。


 緑川が両断され、ソウルイーターは力なく地面に落ちた。


 まだもがいている赤木と黄瀬を見下ろし、一騎は骨刀を逆手に持ち上げる。突き下ろすためだ。一騎の目からは甘さが完全に消えていた。


 ブラウニーを攫われるミスを犯し、今また、自らの甘さがブラウニーを危険に晒した。


 これ以上はない。優先順位を取り違えない。


 自分の覚悟や逡巡よりも、ブラウニーのほうが優先順位は高いのだ。


 口を開く赤木たちに構わず骨刀を突き下ろ――――


「「「あべぶっぇぽすぇあぴぶえあはぅふぇほうえぁ!?!?」」」


 ソウルイーターが急速に膨らむ。魔力が膨張する。なにが生じるか、一騎は直感で悟る。


 自爆だ。


 一騎は赤木たちの成れの果てに背を向け、ブラウニーを抱きかかえ、全力で駆けだす。あとはもう、魔物の体力と骸鎧の防御力に賭けるしかない。赤木と黄瀬が断末魔の悲鳴を絞り出し、すぐに強烈な爆発に飲み込まれて消えた。

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