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第二章:十五話 戦い方

 濛々と立ち昇る砂ぼこりと瓦礫の向こう、怒号が交錯している。


 ――――クソッタレが。なんだってゴブリン共は誰も報告に来ねえんだ!

 ――――報告程度もできねえゴミ魔物ってことだろう

 ――――後で絶対に罰を与えてやる。半分は殺してやるぜ!

 ――――そんなことよりも、先に状況の確認でしょ。しっかりしてよ


 風の魔法が発動したのか、砂埃が一瞬で吹き払われる。姿を見せたのは三体のグールと一体のフクロウの魔物だ。


《ストラスです。魔物ではなく魔族です》


 フクロウの頭部を持つ、中位から下位の魔族で、それほどでもない戦闘力の代わりに、多くの知識を持った魔法使いである。先程の風魔法はこのストラスのものらしい。


「ゴブリン? あいつらがこれをやったの?」

「! あのゴブリンと骨! 気を付けろ、菫。教会にいた奴らだ!」


 赤木が敵意の強い声を張り上げ、逃げ遅れて近くにいたゴブリンを毒爪で貫いた。ゴブリンは悲鳴を上げて短く痙攣し、しばらくすると動かなくなる。赤木は爪で突き刺されたまま動かなくなったゴブリンを持ち上げ、それこそゴミのように投げ捨てた。


「赤木! てめえ、なにやってんだ!」

「ああ? こいつらは魔物だぞ。ゴブリンは魔物であって人間じゃない。でもって俺たちは紛れもなく人間で、人間の敵であるゴブリンを殺したからって怒られる筋合いはねえだろ」

「てめえはっ」


 一騎の怒りは赤木たちには届かない。一騎の怒りが理解できないのだろう。


 すぐにでも爆発しそうな一騎を押さえたのは宗兵衛だ。


「けんか腰になるのは後にして、まずは交渉をしましょうか」


 交渉、の二字にストラスもグールたちも眉をしかめる。


「こちらの要求は三つ。君らが攫ったブラウニーさんを無事に返すこと、ブラウニーさんにかけている呪いを解くこと、君たちがこの村から出て行くこと。いえ、この森から出て行ってもらったほうがより望ましいですから、そうしてもらいましょうか」

「ふ」


 これの一体どこが交渉だというのか。宗兵衛の静かだが上から目線の告知に、最初からあったかも疑わしいグールたちの忍耐が尽きた、のではなく爆発四散した。


「「「ふざけるな!」」」


 激昂と共に三体のグールは爪を構える。


「ここはあなたたちに任せるわよ。私はあの妖精の確保を優先するから」


 ストラスは短く告げて洞窟の中に戻っていく。妖精、の単語に一騎が反応する。状況から考えて高い確率でブラウニーのことだと当たりを付ける。追おうとする一騎の前に、グールの一体、緑川が回り込んできた。毒に濡れた爪を構え、ここを通すつもりがないことを言外に告げてくる。


『宗兵衛さん、ゴブリンたちの避難も終わったようですよー』

「先制攻撃といい確認といい、ありがとうございます、ラビニアさん」


 気にしなくいいですよ、と笑いながらラビニアは定位置である宗兵衛の頭の上に着地する。グールたちは新たな妖精の出現に驚きながらも、慎重に動く。一騎と宗兵衛はグールたちに周囲を囲まれた。グールたちも練習したのだろう、洗練されていないなりにスムーズな動きだった。赤木が憎々しげに口を開く。


「この骨には爪を折られた恨みがある。俺にやらせてもらうぜ」

「菫に怒られるぞ。転生者はまず確保。実験が終わった後の残りカスに止めを刺すことで我慢しろよ」

「黄瀬の言う通りだ。殺すんだったら、全然姿を見せやがらねえゴブリン共にしとけよ」

「け。しゃあねえから、それで憂さを晴らそうとしようか……よ!」


 赤木が地面を蹴り跳躍する。


「俺か!」


 一騎は自分が狙われたことを即座に見抜き、骨刀を構える。ただでさえ長い赤木の爪は戦意に呼応してか、自身の腕よりも長く伸びた。赤木の目的は単純だ。毒の効果のない宗兵衛よりも、生者のゴブリンを先に狙う。毒を受けた、あるいは毒から逃げる一騎を足枷にして宗兵衛の動きを鈍くするつもりだ。随分と魔物らしい、効率的で合理的な狩猟方法を身に着けているようであった。ただし赤木には根本的な間違いがある。


 赤木が大きく爪を振り上げる。大きな動作には異様な迫力と、一騎からすれば信じられないくらい大きな隙ができる。一息で間合いを詰め、上段から骨刀を振り下ろした。咄嗟に防御に回された毒爪ごと、骨刀は赤木の左肩口を易々と斬り裂く。


 一騎も赤木らも洞窟を経てそれぞれに強力になっている。


 両者の最大の相違点は、経験の内容だ。赤木たちは洞窟の中をひたすら逃げ続け、戦いらしい戦いはしていない。転生者を殺してはいても、戦って殺したのではなく、動けない相手に止めを刺しただけに過ぎない。グリーンゴブリンのような自分たちより圧倒的に弱い相手を短絡的に殺していただけだ。


 一騎のように命がけの戦いは経験していない。実戦の、命を懸けて向きあう戦いを知らない。知らないからこそ、この結果に繋がったのだ。


 赤木がゴブリンに負ける。信じられない光景を目の当たりにして、黄瀬と緑川の動きが半瞬だけ止まる。宗兵衛には十分な時間だ。骨杖の打ち上げで黄瀬の顎を砕き、回転を加えた突きで緑川の腹に風穴を開ける。


「「「ひいぃいいぃぃいいげやぇええぇぁぁああ!?」」」


 悲鳴が響き渡る。痛覚はなくとも精神への衝撃は受ける。三体のグールは自分たちの身に降り注いだ現実に、大きな、転生以来の衝撃を受けた。グールたちは一瞬で戦意を失い、我先にと洞窟の中に逃げ込んだ。


「追うぞ、宗兵衛!」

「森の外に逃げるのなら見逃してもよかったのに」




 突如として洞窟を襲った揺れに、教会長だったベートは大いに狼狽する。人間だったときから彼は、予想外や突発的といった事態に弱く、荒事は輪をかけて苦手だった。


 少し前までなら脇目も振らずに逃げ出していただろう。彼をこの場に留めているのは、菫の存在だけが理由であった。転生者であり強力な魔法を使う彼女がいるのなら、間違っても敗北はないと考え、菫の部下である事実がベートの心と精神に安定を与えていた。アンデッドに精神なんてものがあるとすればだが。


「ベート、いるわね。妖精はどうなの?」

「これは菫様。は、ブラウニーでしたらこの鳥籠の中に抑えつけております」


 ベートの指し示した鳥籠はひしゃげていて、中のブラウニーもケガをしている。大事に保管するよう命令したのに、傷をつけたベートへの菫の視線は険しさと冷たさを増す。ベートは軽はずみなことをしてしまったと後悔するが、してしまったことは取り返しがつかないので「も申し訳ございません」と謝罪をしてから、別のことを口にした。


「ところでこの騒ぎは? ゴブリン共が反乱でも起こしましたかな?」


 ベートとしては軽口のつもりだったのに、向けられた側の菫には楽観の色が欠片もない。


「菫様?」

「敵よ。私たちと同じ転生者が攻めてきたわ。狙いはそのブラウニーのようね」

「て、転生しゃはがっ!?」


 驚きに顎を外したベートに目もくれず、菫はブラウニーの入った鳥籠をとる。これは貴重な実験材料だ。消耗品のように使えるゴブリンや人間たちとは違う、二百年生きた珍しい個体だ。こんなところで失うには惜しい材料なのだ。


「ついてきなさい、ベート」

「ど、どちらへ?」

「実験室よ。あそこにはこれまでの資料も置いてある。万が一に備えて回収しておくわ」


 菫は襲撃者たちを低く見てはいない。仮にも洞窟を生き延びた連中である。ある程度以上の実力は想定するべきであり、転生者三人がかりでも突破してくる可能性を考えておく必要があった。


 無傷での突破はあり得ないにしても、赤木たちが破れれば次は菫自身が戦いに参加しなければならない。戦闘の結果、妖精を失う事態は避けたい。資料や素材は実験室に集めておいて、迎え撃つのはもっと別の、食事にも使える広間あたりに設定するべきだろう。


 菫は研究室に飛び込み、ベートは転がり込んだ。


 研究室には人間に戻るために繰り返した、数多くの実験のノートを置いている。表現を変えると、ゴブリンや村人たちの犠牲を綴った犯罪日誌でもあることを、菫は気付いていなければ気にしてもいない。


 犠牲者の血で乾いていない地面を横切り、机の隅に鳥籠を置く。いくつもの棚や引き出しに置かれたノートや素材を集める。これらは自分たちの未来のために、絶対に必要になるものだ。少なくとも菫自身はそう信じていた。


 こんなところで立ち止まるわけにはいかない。立ち止まるつもりもない。一番の被害者である自分たち。自分たちが本来持っている権利や幸福を取り戻すまでは、菫は断固として進み続ける心づもりだ。


 そこに、赤木たちが飛び込んできた。




 必死になって洞窟を走るグール三人組の脳裏には、かつての自分たちの姿があった。日本にいた頃の、強い相手には卑屈になって逃げ回っていた頃の自分たちの姿だ。


 教室にゲーム機を持ち込んで三人でプレイしていたのを、ちょっと貸してくれなどと言って笑いながらゲーム機を持っていく奴を影ながら罵り、暴力を振るう奴をバカだと蔑み、バカと争うのは時間の無駄だと悟ったフリをしていたときの。


 赤木がゴブリンの転生者との戦いで露呈した根本的な間違いは、その実、黄瀬と緑川にも共通している。


 横山のときは、身動きができなくなった相手を寄って集って撲殺した。太田のときも毒で弱らせ、最終的に三人がかりで嬲り殺しにした。惨殺して回ったゴブリンたちは自分たちよりも圧倒的に弱い相手だ。


 彼らは一騎や宗兵衛のように、命がけでの戦いをしたことがない。にもかかわらず命を奪う行為自体は積み重ねてきたため、自分たちの実力を大きく勘違いしていたのだ。


 グールたちの戦いは、常に優位に立った上でのみ行われてきた。実戦を知らず、実戦のための心構えもない。彼らにとって戦いとは、一方的に相手を殺すことを指す。自分たちよりも弱く、抵抗できない立場の相手を、自分たちは毛ほどの傷を負うことなく殺すこと。


 それこそがグールたちの戦いであり、実際にそうしてきたのだ。通じない事態など想像すらしていなかった。安易な成功体験ばかりを積み重ね、勘違いしたのだ。自分たちは強いのだ、と。


「くそ、俺たちは強くなったんじゃねえのかよ」

「なんだよあいつら、チートじゃねえか!」

「ぐそぐそぐぞおおぉっ」


 喚きながら三体のグールは走る。相手への不満ばかりを大量に並べ、自らの勘違いには一向に気付かない。たどり着いた先は菫の研究室だ。余裕の一切をかなぐり捨てて研究室に飛び込むグールたち。驚いたのは菫だった。


「ちょ、あんたら、どうしたのよ!?」

「どうもこうもねえ! 逃げるぞ、菫!」

「あのゴブリンとスケルトン、異常だ。不公平なチート持ちだ。勝てる相手じゃねえ!」

「その妖精だけでも確保してくれ!」


 グールたちの剣幕に菫は敗北を悟る。三体のグールにゴブリンとスケルトンが勝つ。チートかどうかはともかく、信じられない結果であることは事実だ。菫は妖精を捕らえてある籠に視線を送、ろうとして、研究室の入り口に立つ二つの影に気付いた。

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