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第二章:十四話 奪還開始

 決断した後の一騎らの動きは実に素早かった。人間だった頃の一騎からは想像もつかないフットワークの軽さである。洞窟での生死をかけた逃走劇を経て、鈍っていた思考力と決断力と行動力とが向上したらしい。


 森の中を進むのは一騎と宗兵衛、道案内を買って出たイエローゴブリン、長老の息子だ。ラビニアは宗兵衛の頭の上から動かないので、進むという表現の中には含まなくてもよいだろう。


 一騎の装備は少しだけ変わっている。宗兵衛が骨から作った真っ白な胸当てと四肢に真っ白な具足を付けているのだ。転生者どうしの戦いで、生身のゴブリンが頼りないからとの理由に基づく。


 矢筒については捨てた。ゴブリンアーチャーに進化してもメイン武器が骨刀のままなのだから、これぽっちも必要にならないのだ。しかも進化で作られたのが矢筒だけで、弓矢がなかったのはどういうわけなのか。そもそも弓道の心得もない一騎に、弓など扱えるはずもない。骨刀ですら使いこなせていないのに。


 宗兵衛も普段より荷物が多い。教会の倉庫から引っ張り出してきたボロボロの麻袋を背負っていて、なにが入っているのか、袋の中ではカチャカチャと硬質ななにかがぶつかる音がしていた。


 道すがら、案内役から集落についての情報を聞く。集落に残っているイエローゴブリンの数は百前後、装備の質は大したことはなく、士気も低い。毎日のように脱走者が出ており、その度に見せしめが行われていると言う。そのため、自身を守るために必死になるだろうとのことだ。


「うーん、ちょっと苦労しそうだなぁ」

『ギギ、ご心配には及びません。グールたちに心からの忠誠を誓っているものなどおりません。こちらで必ず説き伏せてみせます。それに、万が一戦いになったとしても、イッキ様もソウベエ様も我らとは桁違いの魔力をお持ちです。苦戦することなどあり得ますまい』


 一騎の危惧を案内役が否定する。一騎は素直には信じられなかった。言葉通りの差があるのか、本当にうまくいくのか、一抹の不安を拭いされない一騎を、ラビニアが欠伸交じりに窘めた。


『あのですね、仮にも宗兵衛さんも一騎さんも魔族の勇者という位置づけなんですよー。一山いくらの雑魚モンスターなんかに後れを取るわけありません。もう少し自信を持っていただきたんですけどー?』


 そんなことを言われても一騎は困る。事実として一騎は雑魚の定番たるゴブリンで、相棒も雑魚として名高いスケルトン。洞窟からは生き延びはしたものの基本的に逃げに徹し、洞窟での最初の戦闘では予想外に手こずった記憶がある。村人たちからも逃げ、ブラウニーのフライパンの一撃で気を失った。一体これのどこに自信を持てる要素があるというのか。一騎は武道の心得がある宗兵衛を羨ましく思う。


「宗兵衛、時間を見つけて俺に戦い方を教えてくれないか?」

「タダで?」

「お、おま、お前っ」

「冗談ですよ冗談、国家機密だろうと戦い方だろうと、情報がいかに貴重なものかを微笑ましく思い知ってもらおうという、親切心からの発言ですよ」


 情報とか秘密とかの価値を弁える奴は厄介だと悟る一騎だった。


 森の中を歩き続けること二時間、深い森の中に小さな切れ間が見つかる。瓶底眼鏡を使用していた人間の頃と比べて、一騎の視力は大きく改善している。切れ間の中を動く黄色のゴブリンを捉えることも容易かった。


『あれが我らの村です』

「そうか」


 一騎の感覚では、村というより難民キャンプのようだ。洞窟がメインの住居で、洞窟の入り口周辺にボロ布とボロ板を重ね合わせただけの粗末な建物、というよりテントもどきが並んでいる。


 一騎らはソロリソロリと近付いていく。近付くにつれて、イエロー村の様子がはっきりとわかってきた。一言で表すと、集落は死んでいる。見張りに立つイエローゴブリンたちの顔からは生気が感じられず、活気も失せていた。修学旅行に出発する前の学生たちと比べると雲泥の差だ。


『ギギィ、あいつら、絶対に許せねえよ』

『ギ、言うな』


 森の影の中から聞こえてくる声があった。一騎たちは身を潜めて声の方向を確認する。イエローゴブリンが二体、やる気の感じられない様子で歩いていた。


『だってよ、見ただろ? 任務に失敗したからって、出撃班の半分以上を見せしめだとかで殺しやがったんだぜ。ギギ、俺の兄貴も殺されたんだ』

『ギィ、わかってらあ。俺の息子も奴らに殺されちまった。けどな、下手に逆らったり、こんなことを話してるのがばれたら、俺たちが殺されるだけじゃなく、他の奴らが酷い目に遭わされちまう』


 連中の採った統治手法は恐怖による独裁だった。しかもゴブリンの総数からすると、信じられないペースで殺害している。見張りの二体はそのまま立ち話に移行する。真面目に仕事をするつもりはないようだった。我が身や家族、友人の不運、将来への不安、突如現れた魔物への怒り。移動する気の見られない二体に一騎は溜息をついた。


『ギギ、イッキ様、ソウベエ様。ここはわたくしめにお任せ願えませんでしょうか。説得してみせます』

「そうだな、解放が目的の一つではあるんだし、やってみてもいいぞ」

「説得のチャンスは一回ですよ。時間をかけてはいられませんから」

『承知いたしました。寛大なお心に感謝いたします』


 一礼をすると、案内ゴブリンは立ち上がり、わざと足音を立てて見張りたちに近付いていく。当然、緩み切っている見張りの二体も気付き、貧相な武器を足音の方向に突き付けて、誰何の声を上げる。案内ゴブリンは両手を挙げつつ、親しげに話しかけた。


『ギギ、俺だよ。無事でなによりだ』

『おめえ、長老様の……』

『生きてたのか!? てっきり死んだ、ギ、殺されたものだと』

『覚悟はしていた。だが、あるお二方にお救いいただいたのだ。そしてお前たちにもこっちに来てほしい』


 突然のことに見張りたちは戸惑う。裏切りがどうなるか、身をもって知って、思い知らされているからだ。案内ゴブリンは見張りたちの心を見透かして言葉を続ける。


『ギギ、このままあのグールたちといても、未来はない。部下だったグリーンゴブリンを皆殺しにしたのはお前たちも見ただろう。俺たちの仲間を簡単に殺しているのも。このままだと俺たちも皆殺しにされてしまう。家族や仲間を助けるためにも、あのグールたちを倒す必要があるんだ。頼む、協力してくれ』

『ギゥ、協力ってよ……誰にあの化物どもを倒せるってんだ。俺たちが全員で挑んでも』

『大丈夫だ。俺たちは今、あのグールたちを追い払ったお方たちの傘下に入れてもらっている。あのお二方は我らの解放もして下さるとの仰せだ』


 驚きと戸惑いが入り混じる見張りたち。自分たちではとてもかなわなかったグールを追い払ったなど、にわかには信じられない。ましてや最下層の魔物である自分たちを傘下に入れ、尚且つ、解放に手を貸してくれるなど。


『信じられないのもわかる。でも考えてくれ。ここを逃すと、俺たちは本当に全滅してしまう。頼む、協力してくれ。俺はこれ以上、仲間を失いたくないんだ』


 このセリフが決定打だった。事実による説得は、最高の説得である。見張りゴブリンたちは説得を受け入れ、協力者となると誓うのだった。木の影から出現した影が宿敵のグリーンゴブリンと、グールと同じアンデッドだったことに仰天しつつも、彼らは村の様子を説明し始める。


 他に四組の見張りがいて、いずれも士気は低く味方に引き入れることは可能。もうすぐ見張りの交代の時間で、詰所――とは名ばかりの牢屋――に移動するので案内ゴブリンが同行する。見張りたちを説得したら、次は洞窟の外で活気なく座り込んでいる連中を味方に引き入れ、最後に洞窟の中でグールたちの世話をさせられているゴブリンたちを説得することが決まった。


 説得に先立ち、宗兵衛が持ってきた袋を案内ゴブリンに渡す。


『ギ、これは?』

「僕がへし折ったグールの爪です。説得材料にはなるでしょう」

『ギギ! あの強力な爪でありますか! これなら現実味を……お任せ下さい!』


 案内ゴブリンと見張りゴブリンは麻袋を抱えて村の中に進んでいく。説得が奏功すれば案内ゴブリンが戻ってくる。失敗の場合、案内ゴブリンは自分が死ぬことを覚悟している。一定時間が経っても戻ってこなかったケースでは、説得失敗として攻撃を仕掛ける手筈になっていた。


 ゴブリンたちが姿を消し、一騎、宗兵衛、ラビニアだけが残る。草木が風に打たれる音、虫や鳥の鳴き声だけが鼓膜の奥にまで届き、一騎は少しだけ体を震わせた。


 本当にブラウニーを取り戻すことができるのか、と不安を感じたのではない。同じ転生者の、古木などとは違う、オタクとして交流のあった赤木たちを殺すことができるのか、と震えているのだ。


「殺すのが無理なら、気絶させるなり捕獲するなりすればいいでしょう」

「いや、ブラウニーを助けることが最優先だ。相手が赤木たちでも、命を奪う覚悟は、っできている……」


 一騎の顔色は悪い。古木を殺した後ほどではないにしろ、体の震えも目立つ。宗兵衛は一騎を軽蔑したりはしない。


 職業軍人でもないのだから、敵とはいえ殺すことに躊躇いを持つのは当然だ。闘争の衝動を持つ魔物でありながら他者の命を気遣うのは、心は人間との一騎の主張を裏付ける。厳密には、心は日本人、だろうか。村人がゴブリンを惨殺した現場を目撃している。人間が敵対する相手には徹底的に残酷になれる事実は、この世界でも地球にも転がっている。人の心ではなく、物質的に豊かで治安もよく、向社会性が高いとされる民族性の、日本人の心が枷となって一騎をギリギリで押し留めているのだろうか。


「一度はチャンスを与えてみるのはどうですか?」

「へ?」

「敵を倒してもその場で殺すのではなく、改心の機会を与えるのですよ。それでも刃向うようなら、こちらの温情を潰した相手自身の責任ということで、改めて叩っ斬るのです。教会での一戦で得たグールのデータと、骨刀と骸鎧の装備した君とを比較すると、どうにか生け捕りができなくもないと思いますけど」


 宗兵衛の言葉は優しく、一騎も思わず頷きそうになってしまう。友人と呼べる相手を殺さずに済むかもしれない、と甘い考えに傾きそうになる。


「いや」


 それだけに一騎は頭を横に大きく振った。


「あいつらはゴブリンたちに被害を与えすぎた。勝手にチャンスをやるのは、傘下に入ったゴブリンたちを、俺たちが裏切ることになりかねない。俺だけの判断じゃなく、ゴブリンたちの意見も聞いてからだ」

「その結果がどうなっても、ですか?」

「洞窟から脱出するときに古木も、妖精ペットの命も奪ったんだ。殺す覚悟も、殺した後に吐く覚悟もできてる。ブラウニーを絶対に助ける。ゴブリンたちを解放する。必要なら、相手が誰であっても、転生者でもクラスメイトでも」

「そうですか。僕が君のために作ったこの特製の猿轡が役に立ちそうでなによりです」


 宗兵衛はズボンのポケットから骨製の猿轡を取り出した。ゴブリンの大きな口にもぴったりフィットできると自慢げだ。


「嘔吐物を撒かれたら迷惑ですからね。胃液も内容物も口腔までで押し留めておけるようにするために、ラビニアさんと一緒に苦労して作ったのですよ」

『わたくしの役割など小さなものですよー』

「なにしてくれてんのお前らあああぁぁっ!?」

「デザイン協力は『導き手』です」

《自信作です》

「『導き手』さんまで!? いや、そこは普通、慰めるとかじゃないの!? 物理的に抑え込む方向ってどうなんだよそれ!」


 一騎の声が予想外だったのか、案内ゴブリンが驚いた顔で戻ってくる。事情を聞きたがる案内ゴブリンを無視して、状況の報告だけをさせる一騎。報告は言葉ではなく、より雄弁な形で行われる。一騎たちの前には、数体のゴブリンが集まり跪いていた。案内ゴブリンが一歩前に進み出る。


『イッキ様、ソウベエ様。このものたちは村の有力者たちです。ご覧の通り、村のものたちはイッキ様方に従います。何卒、何卒』


 またも額を地面にこすりつけるゴブリンたち。一騎たちはゴブリンに顔を上げさせ、洞窟の説明を受ける。洞窟の構造、人員の配置状況、グールたちが使っている場所、武器などが保管されている場所などを聞き取る。有力者たちには、あらかじめ村内のゴブリンたちを避難させてもらう。情報を集め終わるといよいよ戦闘開始だ。


『わたくしに任せてくださいねー』


 珍しくラビニアが協力を申し出てくれたので、一騎も宗兵衛も受け入れる。ラビニアは風の妖精に相応しく、巨大な風の球を作り出し、洞窟に投げつける。洞窟の入り口が根こそぎ吹き飛ぶほどの、信じられない威力の先制攻撃だった。

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