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第二章:十一話 ゴブリンたちの懇願

「くそ! 赤木たちだったのか! 気付いてたらもっと……っ」


 拳で地面を殴りつける一騎。


 日本では赤木たち三人組との交流を多少なりとも持っていた一騎だ。マスクがなければ、早々に他の二人がどこかに隠れている可能性に考え至っていただろう。いや、マスクの有無にかかわらず、冷静であれば気付けていた可能性は高い。衝撃と動揺で目の前のことしか、目の前の敵を殺すことにしか意識が向いていなかった。


 あまりにも因果応報すぎて、自分を責める言葉ばかりが頭に浮かんでくる。


「悔やむのは後にしなさい。さっさとあの連中を追いかけますよ」

「! できるの、か……?」

「立ち上がって、足が動くのであればすぐにでも。地面にへたり込んで後悔に浸ってい」

「行くぞ、宗兵衛!」


 一騎が勢いよく立ち上がり、宗兵衛は軽く肩をすくめる。一騎は骨刀の柄を握り込み、深呼吸を数回繰り返す。ブラウニーを必ず助けるとの決意を胸に刻みつける。


 深呼吸が終わったのを見計らうかのタイミングで、問題ごとがわらわらと姿を現した。


 武器として役に立つかはともかく牙や爪を生やしている。装備は粗末もしくは貧相。汚い布を包帯代わりに巻いている個体や、木の杖を突いている個体、誰かの肩を借りている個体、四肢のいずれかが欠損している個体もいる。特筆すべきは彼らの体表が黄色いこと。さっき逃げ出したはずの、傷ついたイエローゴブリン集団であった。


「お前ら、なにを」


 しにきた、と続く予定だった一騎の声はイエローゴブリンたちの行動により遮られた。数十体にも及ぶ彼らは一斉に土下座したのだ。


「え?」

「面倒の予感がしますよ」

『わたくしもです』


 一騎らが戸惑い、行動の指針を決める相談もできないでいると、一体のイエローゴブリンが土下座のまま進み出てきた。見た目からしてどうもこの集団の長老格であるらしい。難民のような出で立ちに、一騎たちも攻撃の意思を失くしてしまう。


「どうする?」

「戦うつもりはないようですし、話を聞くだけ聞いてみましょう。グールたちの情報も手に入るかもしれません」

「そうだな。それじゃ」

「誰が対応するかは数の暴もとい民主的に決めましょう。常盤平がいいと思うもの」

『はーい』


 多数決が強行された結果、仮にも同じゴブリンだから何とかなるだろうとのことで、対応は一騎がすることになった。


「はぁ、話は聞いてやるから。なにがあったか言ってみな」

「ギィ!」


 敵対的ではない一騎に安心したのか、長老ゴブリンの顔には多少の生気が宿った。身振り手振りを交えて訴えだす。


「ギギ!」「ふむふむ」「ギィッ、ギ」「ほうほう」「ギー」「なになに」「ギッギッギィ」「そんなことが!」

「常盤平、ゴブリンたちはなんと?」

「さっぱりわからげぶふっ!」


 宗兵衛、ラビニアからしこたま殴られる一騎。


「『導き手』、通訳をお願いできますか?」

《了承》


 最初からこうすればよかった、とその場の誰もだが思いながら口にはしなかった。『導き手』は宗兵衛だけでなく、一騎とラビニアとも接続した上で通訳を開始する。


 長老ゴブリンたちの最初の言葉は、先の教会襲撃への謝罪と、命を奪わないでくれたことへの感謝の言葉だった。長老ゴブリンからすると、なんでも一騎らの力は一目でわかるほど自分たちとはかけ離れているらしい。遥か格上に挑みかかり敗れたのだから、本来なら皆殺しにされても仕方ないのに、見逃してくれたことに深く感謝しているのだという。これ以上、村の皆を失わなくて済んだのだと。


 始まりは森の中での勢力バランスについてだった。元々、この森には多種多様な魔物が生息しつつも、魔物どうしの大規模な衝突は起きることがなかった。しかし一月ばかり前、森のほぼ中央にある洞窟に、従来の森の魔物とは桁違いに強力な魔物が住み着いたことから事態は動き出す。その頃から森がざわつき始め、森の魔物たちは好戦的になり、あちこちで小競り合いが起きるようになったのだ。


「ああ、そういえば、村人たちから逃げるとき、魔物が殺気立っているとか言っていましたね」

「そうだったか? よく覚えてるな、お前」


 生息分布とでもいうのか、森の魔物たちはそれなりに棲み分けができていたのだが、好戦的になった魔物たちは、積極的に他の魔物の領域を侵犯し始める。


 困ったのはゴブリンたちだ。魔物の中で最下層に位置する彼らは、容易に他の魔物の標的にされ、ここしばらくは息を潜めるように暮らしていた。イエローゴブリンたちも肩を寄せ合うようにして生きてきて、だがしかし、である。彼らはつい先日、襲撃を受けた。襲撃犯はグールとグリーンゴブリン。


「常盤平、君はなんてことを……」

「違うよ!? 俺はずっとお前と一緒に動いていただろうが! 冤罪だ冤罪!」


 大きな被害を出して集落を占拠されたイエローゴブリンたちだったが、彼らは目の前で凄惨な場面を見せつけられた。グールたちがグリーンゴブリンたちを皆殺しにしたのだ。傷ついてパフォーマンスが低下していたことと、イエローゴブリンという新たな労働力を手に入れたことが理由だった。


 大きな力の差と、自分や仲間たちを失うことへの恐怖から、イエローゴブリンはグールたちの支配を受け入れるしかなかったのである。戦闘訓練は厳しく、グールの気分次第で同胞は殺された。グールの傘下に入ってから数時間で、十人以上の仲間が惨殺されたと訴える。


 グールたちからは大きく二つの命令を受けていた。一つは「俺たちと同じような魔物を見つけること」であり、もう一つが「快適な住環境」の要求であった。どうも占領者たちはゴブリンの集落がお気に召さなかったらしい。前者の言葉の意味がわからなかったゴブリンらは、後者を満たすために必死となり、唯一の心当たりとして廃教会を挙げた。魔の森の中で、もっとも優れた建築物であるからだ。


 雨露を凌げる屋根があり、敷地内から水も湧いている。住んでいるのはブラウニーと、最近になって子ウルフが追加されただけ。逃走を防ぐためにグールたちの監視下に置かれながら、襲撃してきたのであった。


 返り討ちに遭い、グールたちの要求を叶えることのできなかった自分たちに待っているのは過酷な罰だけだ。罰は容易く命を奪うだろうし、ゴブリンがどれだけ死のうと、グールたちは気にも留めないとわかりきっている。


 思い悩んだ末、一騎たちへの降伏を申し入れることにしたのであった。一騎と宗兵衛はグール相手に優位に戦い、なにより、ゴブリンたちをむやみに殺そうとはしなかったからだ。


『勝手を口にしていることは承知しております。ですが、ですが何卒、我らの願いをお聞き届け下さい! 我らの村を、我らの同胞を、解放していただきたいのです!』


 長老だけでなくイエローゴブリンたち全員が土下座のまま、額を地面にこすりつける。村を守る戦士たちの大半は殺され、生き残ったものたちも道具として扱われ、このままでは近いうちに全滅する。長老たちは涙を流して訴える。目前に破滅が迫っているのに、自分たちだけでは避けることも防ぐこともできない無念。助けることすらできない無力を嘆き、種族的に敵であるグリーンゴブリンの一騎に頭を下げてまで懇願する。


「俺はブラウニーを助けるだけだ。あいつらとの戦いは避けられそうにないから、引き受けてもいいとは思うが……宗兵衛はどうなんだ?」

「そうですね……返事よりも先に、少し気になることがあります。ラビニアさん」

『なんですかー?』

「一月前に洞窟に住み着いた魔物の件ですが、もしかしてペットのことですか?」

『あ』


 宗兵衛の頭の上でラビニアの動きが止まった。一騎と宗兵衛は猛威を振るった妖精ペットのことを思い出す。洞窟を短時間で破壊できるような魔物だ。洞窟内を住処にしていたとは考えにくい。


『確かにあの子は用意した魔物です。時期もちょうどそれくらいだったような』

「おいこら! じゃあなにか? 森がおかしくなったのってお前のせいなの!?」

『ち、違いますよ。あれは上が用意したものであって、わたくしは転生にあたって管理するよう命令されただけです』

「本当にそれだけですか?」

『……まあ、あれの魔力に中てられて、魔物たちが好戦的になった可能性は否めませんけど。あとは、強い魔物が長時間一つ所に留まっていると、周辺の魔素濃度が上昇して、魔物の能力が上がる傾向にあるんですよねー。好戦的になった理由の一つには考えられるかと』


 一騎と宗兵衛の肩は大きく落ちた。一刻も早くブラウニーを助けに行きたい気持ちはある。だからといってこのゴブリンたちを見捨てるのは間違っている気がするのだ。言ってしまえばゴブリンたちは「魔族側の勇者転生」の被害者である。それも完全にとばっちりの。なんとも居心地の悪い感覚が二人にのしかかってくる。


「あー、うん……イエローゴブリンの皆さん。洞窟に住み着いた強力な魔物って奴は、俺たちが倒したから安心してくれ」

『なんと! あの化物を!?』


 イエローゴブリンたちの間にざわめきが広がる。尊敬のまなざしすら向けてくる個体もいて、自作自演感を拭いきれない一騎は思わず目を逸らした。


 ここで少し一騎が勘違いしている点があった。妖精ペットを倒したのだから魔物たちの行動も沈静化するのではと思いきや、魔物は元が好戦的なので、一旦タガが外れてしまうと自然に治まることはほぼないのだという。安心はできないのだ。一騎たちに直接的な責任はない。けれど責任の一端を担うと思われるラビニアとは行動を共にしている。一騎と宗兵衛は顔を見合わせた。


「攻撃性の増加が森全体の魔物に広がっているのだとしたら、ここでイエローゴブリンたちを助けるとキリがなくなると思います。住処や仲間を失った魔物は他にもいるでしょうし、それらすべてをいちいち解決して回るわけにもいかないでしょう」

『見返りを聞いてからでもいいんじゃないですかー?』

「ボロボロのゴブリンさんたちからこれ以上なにを奪う気だこら……まあ、俺もゴブリンだからどこまでできるかはわからんけど」


 一騎の言葉に長老が声を大にする。


『何卒! 何卒、お願い申し上げます! もはや我らには後がありませぬ! 一族の皆を、我らの仲間を、何卒、何卒……っ!』


 長老は苦渋に満ち満ちた声を、顔を上げずに繰り返す。握りしめられた拳は、爪が掌に食い込み、赤い流れを作っている。正直、一騎自身は申し出を受けても構わないと考えている。ゴブリンたちを通じて森の状況や他の魔物の勢力、村人たちが森のどこまで入ってきているのか、などの情報を得ることを考えているのだ。宗兵衛をどう説得するかを決めあぐねていると


「優先順位をしっかり立てているのでしょうね?」

「ああ。最優先はブラウニーだ」


 一騎の言葉に満足気に頷いた宗兵衛が一歩だけ前へ出る。


「君たちを助けることは吝かではありません。ですが、僕たちの行動への見返りはなにかあるのですか? 君たちは僕たちになにを差し出すことができますか?」

「宗兵衛、お前な」

「当然の権利でしょう。助けた挙句、もう一度、敵対行動に出られたのではかないませんからね」


 宗兵衛の柔らかな物言いとは裏腹に込められた鋭い意志に、一騎は黙り込むしかなかった。一騎はボロボロのイエローゴブリンたちに目を向ける。おかしくはないとわかってはいても、これ以上、彼らからなにを差し出させるというのだろうか。


『我ら自身を』


 絞り出したような長老の声だった。グールとの戦いで住処を失い、多くが傷つき、または失った。この場にいるのは単独では狩りも難しいものばかりだ。集落にあった蓄えはグールたちの手に落ち、新たに材料を用意することもできないとあっては、彼らには彼ら自身を差し出す他に道はない。さもなくば、イエローゴブリンたちは早晩全滅するだろう。


 宗兵衛は賛意を示し、ラビニアも反対はしない。一騎は頷いた。


「わかった。引き受けよう」

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