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第二章:十話 グールの声

 宗兵衛がそこまで優しいはずもなく、一騎は自力でめり込んだ地面から頭部を引き抜き、上半身だけをようやく起こすことができた。自分を飲み込んだ感情がまだ脳内にこびりついているような気がして、一騎は頭を大きく振る。


「正気に戻ってなによりです、常盤平」

「っ、お前な……」


 些か以上に荒療治だったとはいえ、自分を正気に戻してくれたのは事実だ。全身は痛くて、呼吸もしづらくて、顔面は痺れと痛みが合唱中で、後頭部に至ってはひょっとすると頭蓋骨が陥没しているかもしれなくても、事実は事実である。


 なにか一言でも感謝の言葉、が喉まで上ってきて、一騎の目は一点に集中した。敷地の一角、スケルトンたちに取り囲まれて横たわる妖精の姿に。


「……づ」


 一騎の中にどす黒い炎が灯り、全身に巡ろうと、


「次に暴走したら腎臓と肝臓に一撃ずつ食らわせますよ?」


 した瞬間に物凄い冷水を浴びせかけられた。炎は半瞬にも満たぬ間に消え、一騎は目をぱちくりさせながら宗兵衛を見やる。人体だと肝臓は一つで腎臓は左右対称に一つずつある。ゴブリンの肉体構造などは知らないが、人体と同じだとすると、宗兵衛は三撃をお見舞いすると言っているのだ。真っ白い骨杖がやけに不吉なものに感じられる一騎だった。


「しねえよ。抑えるさ」

「結構。では話を進めますが、まずブラウニーさんは生きています」

「!? 本当か!?」

「嘘をついてどうなるのですか、まったく」


 宗兵衛の指摘に一騎は全身から力が抜ける。ブラウニーは生きている。一騎は心の底から安堵していた。


《非常に危険な状態であることは変わりありません。早急に根本的な対処が必要になります》

「根本的って、どうやるんだよ」

「あれを締め上げます」


 宗兵衛が顎で示した先には、骨角で木に縫い付けられたグールがいた。まだ脱出を諦めていないようで、痛みを感じない体を動かし続けている。一騎と宗兵衛の視線を感じたのだろう、グールは動きを止めて低く唸った。


「どういうことだ?」

「ブラウニーさんには呪いがかかっています。アンデッドにも魔法や呪いを使えるタイプはいるでしょうけど、あいつは明らかに違います。主犯なり共犯なりがいて、そいつが呪いの根本でしょう」

「なるほど」

「それで常盤平に確認しなければならないことがあります」

「? なんだ?」


 宗兵衛は一拍を置いた。


「……ブラウニーさんを助けますか?」


 宗兵衛のセリフの意味するところは明確だ。ブラウニーを見捨てることによるリスクがない、という点だ。一騎たちは活動の拠点となる場所として教会を必要としている。ブラウニーを必要としているわけではない。呪いに縛られているブラウニーにはリスクも付きまとう。なにかの拍子に、一騎のように後ろから斬りつけられたのではたまったものではない。


「助けるに決まってるだろ」


 一騎の返事には躊躇いがなかった。一騎にとって重要なことは、呪いやリスクではなく、自分に「楽しい食事」を提供してくれたことに他ならない。一宿一飯と一口で表しても、その一飯は一騎にとって非常に大きなものであった。少なくとも日本で、自宅で食べていた百の食事よりも遥かに価値があったと確信している。もたらしてくれたブラウニーを助けない理由などあるはずがない。


「ちなみに俺一人だと助けられるとは思ってないから、お前の協力が大前提だ」

「もちろん、全面的且つ全力で協力しますとも。ええ。むしろそうでないと僕も困りますからね」


 宗兵衛の即答にむしろ不安になる一騎だった。全面的な協力を約束してくれているのに、どうしてこんなにも不安になるのだろうか。

 

 一騎は立ち上がる。宗兵衛から受けたダメージは残っているものの、魔力量が多いことから、かなりが回復している。大股でグールに近付き、骨刀を握る手に力を入れた。一騎は大きく息を吸い、吐き出す。深呼吸を三回繰り返した。


「ふぅ、これでちょっとは落ち着いたかな。さて、腐っておかしくなった頭でも答えてもらうぞ、アンデッド」

「け、おかしくなってるのはお前らの頭のほうだ」


 場違いに陰鬱な声が教会の空気を震わせ、教会を覆う空気が重さを増したかの感覚が広がる、のかと思いきや、一瞬で吹き飛んだ。


「なんだって妖精なんざを気にかける? どうせそいつらも敵だ。そうだろが? 魔族とやらだけじゃねえ、この世界の全部が俺たちの敵だろうがよ!」


 敵意をふんだんにまぶした言葉をグールは吐き出す。一騎には理解し難い考え方だ。転生を強いた魔族を敵として見るのはともかく、なんだってブラウニーが敵扱いになるのか。なんだって世界全部が敵であるかのように受け止めるのか。


 そこまで考えて、一騎はグールを短絡的と責めることはできないことに気付く。全部が敵であるとまではいかなくとも、誰も味方がいないとは感じたことがあるからだ。少なくとも、一騎は家の中においては強い疎外感を常に抱いていた。


「理解はできてるようだな。どうだ、お前ら……こっちに来ないか? 同じ転生者どうし、手を組もうじゃねえかよ。お前らだってこのままでいたいとは思ってねえだろ? 人間に戻る方法を探すためにも、こんな目に遭わせた魔族どもに復讐するためにもよ、俺たちと組もうじゃねえか」


 一騎の沈黙が自分への賛同だと勘違いしたのか、呆れたことに、グールは命乞いをするでもなく、勧誘を始めてくる。世界への不満をぶちまけたときと比べると、やや落ち着いた感のある語り掛けは、しかし爛々と輝く眼光によって台無しにされていた。


 このグールはまだ戦意を失っていない。迂闊に近付くと攻撃をしてくるだろうし、あわよくば人質に取ろうとでも考えているのだろう。言葉を飾ってだまし討ちをしようなんて連中の仲間になる気など、一騎にも宗兵衛にもなかった。


 一騎がグールに求めることは一つだけだ。一騎は骨刀の切っ先をグールに突き付ける。


「あ?」

「呪いを解く方法を教えろ。知らないんなら、知ってるやつの情報を吐け」


 一騎の短い言葉。グールは俯き、数秒の沈黙を経て、質問には答えずにケタケタと笑いだす。マスク越しに口から漏れる笑いは徐々に大きくなり、遂には体全体を揺らすまでの大笑になる。


「ひゃはあははっははっはははははああはあはっは! はあ、はっ、はぁはっはひゃははああははっ! つまり! つまりてめえらはこっちに来ねえってことだな? くっだらねえ妖精なんぞを優先して、同じ仲間のこっちには来ねえんだな!?」


 世界のすべてを敵だと吠えるグールに一抹の共感を感じなくもない一騎も、仲間扱いされることは不愉快だった。一騎はグールに視線を固定したまま宗兵衛に話しかける。


「宗兵衛、締め上げるって具体的にどうするんだ?」

「そこが問題でしてね。アンデッドには痛覚がないから拷問もとい尋問の効果が薄いのですよ。睡眠も必要としないから持久戦も意味ありませんし、教会に聖水でもあれば浴びせてみるのがいいかもしれません。最悪、僕がこいつから情報を抜き取りますけど」

「そんなことができんのか?」

「できる、ようです」

「なんで他人事!?」


 他人事になるのは当然だった。宗兵衛自身も試したことがないのだ。洞窟で古木の情報を取得したことはあっても、あのときは人狼型のスケルトン生成を目論んでのことである。知識の吸収は必要ないと切り捨てている。


「できるのですよね、『導き手』?」

《肯定。情報の取捨選択には多少の時間を要しますが》

「だそうですよ。ただ生きている相手からは奪うことはできません。アンデッドの場合も活動を停止させる必要があります」

『外道な能力ですよねー』


 ラビニアの言葉に一騎も同感だった。一騎たちの視線など気にも留めず、グールの舌は回転をやめない。


「こっの度し難いクソ馬鹿が! ゴブリンのくせに! 魔物のくせに! 人間ぶった道徳なんざ振り回してんじゃねえ! てめえも、そこの骨も! 骨の上の妖精も! 全部まとめて皆殺しにしてやる! 生きたまま頭から食ってやるらぁ!」


 支離滅裂だ。人間に戻る方法を探すと口にした端から、人間の持つ道徳や倫理を否定する。仲間呼ばわりしておきながら、罵声を浴びせて殺すと叫ぶ。挙句、転生に深くかかわっている、本来ならもっとも憎むべき対象であるラビニアのことをはっきりと覚えていない様子。闇雲な殺意と憎しみに振り回されるように、グールは激しく体を動かし、足の届く位置に転がっていたゴブリンの死体の頭部を踏みつける。


「くぉの役立たずがぁっ! てめえら魔物はただの道具だろうが! 消耗品の分際で勝手に死んでんじゃねえぞ! 戦って死ね! 命令に従って死ね! なにも考えずに死ね! 俺たちのぉ! ストレス発散になって死ねよおおぉっ!」


 グールは怒りに任せて足を振り上げ、動かなくなったゴブリンの頭を踏み砕く。言動が滅裂なら行動も滅裂で一貫性がない。


 グールの狂態に一騎は眉をしかめ、後方で響いた異音に気付くのが一瞬、遅れる。一騎と宗兵衛が振り向くと、一体のグールが四体のスケルトンを砕いた直後だった。そのグールは倒れているブラウニーを拾い上げる。


「っ! 待ちやが」


 反射的に叫んで一騎が走り出、そうとして、ブラウニーを持つグールの顔に意識が集中する。親しいわけではないが見知った顔。黄瀬だった。一騎の背筋に雷がはしる。雷が電気信号となるよりも早く事態が動いた。更に現れた増援が、縫い止めていた骨角からグールを引き抜いたのだ。引き抜いたのは緑川。黄瀬たちと同様、グールの緑川だった。


「簡単に捕まんなよ、赤木!」

「おっせえぞ、緑川! 行くぞ、黄瀬!」

「ああ!」


 緑川と黄瀬の手には球状の石が握られている。二体のグールは躊躇いなく石を握り潰す。一騎が石の正体、転移アイテムだと知ったのは、グールたちの姿が消え失せた後だった。


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