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第二章:九話 骨式おまじない

      ◇         ◇          ◇


 宗兵衛がブラウニーの小さな動きに気付いた。地面に寝かせられた妖精を確認する。微かな、非常に微かな胸郭運動、ブラウニーから極々小さい呼気を認めたのだ。


「まだ、生きている……? けれど」


 ブラウニーには異常が生じていた。小さな体に蛇のように巻き付いている紋様がある。紋様は怪しく明滅し、本物の蛇のようにブラウニーを締め上げ、ブラウニーは苦悶の声を出す。教会に縛っている呪いとは別種のものだ。


「なにかわかりますか、『導き手』?」

《肯定。対象から生命力と魔力を奪う術式です》

『しかも相当、強力ですねー。妖精自体はさして強力な種族ではありませんけど、このブラウニーは二百年を生きていますから、並の妖精よりも遥かに魔力や意志が強いです。それをここまで蝕むとなると』

「ふむ」


 説明を受けて宗兵衛は疑問を覚える。奪う、という表現だ。奪った以上はどこか別の場所なり他の誰かなりが、奪ったものを持っているはずだ。


 もう一つの疑問。グールにそんなことができるかどうか、だ。宗兵衛の知識では、グールは毒や呪いは持っていても魔法は使えない。呪いにしても「相手を殺す」「動きを鈍くする」といった類のものが多い。


 宗兵衛はブラウニーに向けて目を凝らす。もっとよく見るためだ。


 普通の視覚は神経と電気信号の働きによるものだが、スケルトンの宗兵衛には神経はない。あくまでも魔素や魔力を感知して、物事を把握している。つまり宗兵衛は色などを見ているのではなく、魔力を見ているのであり、その気になれば呪いの流れを見ることもできる。生身と違ってどれだけ目を酷使しても、眼精疲労から頭痛や肩こりになりはしないことが利点だろうか。


 空虚な眼窩にある青白い輝きから揺らめきが消え、一点に固定される。ブラウニーの体からは魔力が糸となって流れ出ている。糸の向かう先は常盤平一騎と戦っているグールではなく、上空へと伸びていき、宗兵衛にも途中からは見えなくなっていた。常盤平にも似た紋様が浮かび上がっているが、こちらは活性化していない。常盤平一騎の強い魔力に抑え込まれている感じだ。


「あのグールは誰かの命令を受けているのか、少なくとも共犯者はいるようですね」

『どうするんですかー?』

「術者を確保します。そのためにはまず常盤平に正気に戻ってもらづっ!?」


 宗兵衛の頭に衝撃がはしる。痛覚のないアンデッドへの衝撃なのだから、物理的なものではない。宗兵衛の目、右目の青白い輝きが赤黒く変色していた。


《骨刀を介した常盤平一騎の影響です》

「でしょうね。本当にあのドアホは」


 右目を押さえながら、宗兵衛は「まずい」と呟く。襲撃者のグールは転生者だ。戦いだけに着目するなら、常盤平一騎の優勢は動かない。感情のままに振り回す不器用な剣でも、あのままグールを倒すことは十分可能だろう。


 問題はその後だ。意識のない状態で古木を殺したときですらショックを受けていたのに、怒りに任せて相手を殺したとなると、冷静に立ち戻ったときに受ける精神的衝撃の大きさは計り知れないものになりかねない。


 ショックを受けるだけならまだマシだ。悪い方向に吹っ切れて、古木のような精神が魔物化してしまうような事態は、宗兵衛自身のためにも避けなければならない。


 宗兵衛の目が元の青白い輝きを取り戻す。一騎の感情よりも宗兵衛の理性のほうが勝っていたからだ。その青白い視線の先、獣じみた叫びを上げながら、ゴブリンが骨刀を振り回し続けている。


 宗兵衛は骨杖を掴む。骨杖を地面に突き立て、ブラウニーの護衛として四体のスケルトンを創り出す。


「口で言っても止まりそうにないですね。ラビニアさん、見学するなら少し離れたほうがいいですよ」

『えー? 宗兵衛さんの頭の上がいいです。間近で見たいじゃないですかー?』

「ここは教会の敷地内ですからね。アンデッドの僕のパフォーマンスは低下します。万が一はないでしょうけど、落ちないようにだけは気を付けて下さい」

『はーい』


 腰を低めて、一気に加速する。ゴブリンとグールの戦いに宗兵衛は介入した。


 腕を振って骨弾で攻撃を仕掛ける。例の国際法で使用が禁止されている弾丸だ。グールは腕を交叉させて防御を採るが、骨弾はグールの右前腕と腹部に命中。生者なら血煙を噴出したろうに、血の流れていないアンデッドは肉片を花のように散らした。


「てめえも転生者かよ、骨野郎! 転生者がなんだってこんな教会なんかでのんびりと暮らしてるんだ。洞窟んときは生き延びるためって理由があったから仕方ないにしてもよ、今はもう違うだろうが!」


 アンデッドのグールの声には熱がある。憤怒と憎悪だ。


「俺たちをこんな目にあわせた連中への怒りや憎しみはどうした!? のんびりと寛いでいるなんざ、頭がどうかしているとしか思えねえぞ!」


 激しい憎しみと怒りに塗れた言葉を吐き出すとともに、グールは地面を蹴る。やり場のない感情を少しでもどうにかしようと、何度も何度も何度も地面を蹴る。


「正気を失っているのですかね」


 宗兵衛はグールの状態を推し量る。森の奥から狙撃し、妖精を撃ち、反撃を受け、吐き出す言葉は一騎や宗兵衛を罵倒するのかと思いきや、理不尽な転生への憤りだ。唐突な怒りの発露、マスクの隙間から覗く両目は殺意と敵意で濁りきっていて、狂う、なんて表現がぴったりと当てはまっていた。


「一つ聞きたいのですが」

「なんだ?」

「その鎧はどうしたのですか? 見たところ、血もついていますし……まさか日本から持ち込んだもの、なんて言いませんよね?」

「人間を殺して奪った。それで?」


 グールはなんでもないとばかりに返す。赤黒く輝く目には、理性も良心も節度も残っていない。魔物に転生し、強大な力を得、代わりに肉体も精神も捨て去った人間の成れの果てが、そこにはあった。


「聞くだけ無駄でしたね」


 骨杖を回転させてグールを殴り飛ばし、そのまま骨刀の振り下ろしを受け止める。衝撃で火花が生まれる。


「落ち着きなさい、常盤平。ブラウニーさんは生きています」

「ググ……グゥガ……」


 競り合いの最中、返ってきたのは言葉ではなく唸り声だ。「人が出す獣のような唸り声」ではなく、本当の獣が出すような声だ。


「これは……早々に片付けないと本気でやばいですね」


 考えていたよりも悪い状況に危機感を覚えた宗兵衛は、一騎を押し飛ばす。ゴブリンの小さな体躯が宙に浮き、着地する前に骨杖の打撃を三発、顔と腹と膝に一発ずつ加える。だが感情が肉体を凌駕している相手には効果が薄い。多少、動きが鈍くなるだけで、ダメージもたちどころに回復してしまう。


 唸り声を上げるゴブリン。相手が宗兵衛だろうと、目の前に立つ相手に見境なく攻撃を加えてくる。ゴブリンの攻撃は感情任せで隙が多い。しかし止むことがなく、また手加減のない攻撃に、生命を優先する宗兵衛とでは相性が悪かった。


 雑魚魔物の意外な厄介さに苦々しく思っていると、背後から殺気が叩きつけられる。グールだ。骨弾による修復途中の傷など、お構いなしに鋭い爪を振り回してくる。毒に塗れたグールの爪を強度と硬度を上げた左前腕で、ゴブリンの骨刀は右手に握った骨杖で受け止める。


「アンデッドに毒は効かねえか!」

「気にすることはありませんよ」


 宗兵衛は左前腕を小さく動かし、グールの爪を橈骨と尺骨の間に捕らえる。驚愕して動きの止まるグールを、体を回転させて投げる。橈骨と尺骨の間に挟まれていた毒爪は、投げの遠心力でへし折られた。


 同時に、いなしてバランスを崩したゴブリンの胸部に、骨杖の一撃をめり込ませる。肋骨が砕け、肋骨の内側の肺にまでダメージを与えた。


 宗兵衛は地面に倒れるゴブリンの姿を確認もせず、投げたグールに迫る。体を起こした直後のグールの腹に左の肘打ちを突き刺す。左肘に魔力が集中、人体にはない角が左肘に作られ、一気に伸びる。角はグールの体を貫き、木に突き刺さった。


「君の始末は後でしますので、しばらくは磔で我慢しておいて下さい」


 骨角を肘側の根元で折り取る。グールは怨嗟の声を吐いて体を捩るが、宗兵衛は完全に無視した。グールなどよりも、優先すべきことがあるのだ。


「グァッハッ!」


 地面でもがくゴブリンはまだ戦意を失っていない。


「満足に呼吸もできないでしょうに、まだ戦う気ですか」

《闘争は魔物の本能です。怒りの感情をきっかけに本能と衝動に飲み込まれています》

「完全に飲み込まれていないのが救いですね」


 胸部のダメージや呼吸ができないことへの苦痛も相当に大きいようで、ゴブリンの目に溢れる旺盛な戦意の向こうには、これ以上のダメージを避けたいという生への執着が透けて見える。常盤平一騎の中で、闘争本能と生存本能がせめぎ合っていると見てとった宗兵衛は、もがくゴブリンを仰向けに転がす。頭の上のラビニアが興味津々の態で問うてくる。


『なにをするんですかー?』

「冷静になるおまじないですよ」


 左手でゴブリンの胸倉を掴んで地面に押し付ける。ジタバタと抵抗するゴブリンを無視して、右手を高く上げる。拳を作らなかったのは宗兵衛なりの優しさだろうか、背筋が冷たくなるような唸りを上げて落下する右掌底がゴブリンの顔面に直撃した。その威力たるや凄まじく、異音を発してゴブリンの頭部は十五センチばかり地面に沈み込む。四肢をピンと伸ばして痙攣が数秒、


「っ……こんな、おまじな、いが……あってた、まるか……」


 骨の掌の下から、聞きなれた声が聞こえてきた。宗兵衛は肩をすくめて返す。


「鎮静剤と言ったほうがよかったですか?」


      ◇         ◇          ◇

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