第二章:四話 雑魚魔物、土下座する
『傷が治るまではいてもいいから。じゃ、色々と案内するわね』
起き上がれるようになった一騎と、骨なのにピンピンしている宗兵衛、どこからか合流してきた黒い子犬を引き連れて、ブラウニーの教会案内が始まる。
とはいっても大したものではない。敷地内は荒れ、かつては石舗装されていた通路も、今では石は砕け雑草が生えている。地下水の湧き出している泉が壊れた井戸の代わりになっているのだろう。建物自体があちこち崩れかけており、無事な部屋はほとんどない。信者らにとって重要な場所でもある礼拝堂も同様で、唯一の例外が最後に通された教会の最奥にある部屋だった。
「なんか、ここだけしっかり手入れされてるな」
「位置的にここは、教会長さんのような、責任者の部屋ですか?」
『そうよ。ここって昔は教会長の私室だったの…………他には手が回りきらなかったんだけど、ここだけは意地でも綺麗にしてたのよ』
自慢かつ悲しそうに話すブラウニーに「クーン」と黒い子犬がすり寄った。
ブラウニーの表情は一騎が妖精に抱くイメージとはかけ離れた、悲しみと寂しさに満ちていて、一騎は深く考えもせず「なにかあったのか」なんて聞いてしまっていた。
『んー、わたしたちブラウニーって家に憑く妖精なんだよね。居心地のいい家とか手入れのし甲斐のある家とかを探して放浪するんだけど、わたし、二百年位前にこの教会を見つけたんだよ』
二百年。思わず一騎は絶句する。横目で見ると宗兵衛も似た感じだ。長寿の国と呼ばれて久しい日本の平均寿命の二倍以上の年月だ。
居心地を見定めようと、周囲を飛び回っていたブラウニーに声をかけたのは当時の教会長だった。年は五十に近く、この時代では高齢者の部類に入る。長く教会勤めをしていたからか礼儀作法はしっかりとしていることもポイントが高く、なによりも教会長のいれる紅茶の味がすっかり気に入ってしまい、ブラウニーはこの教会に住み着くようになったのであった。
ユリス神への信仰心は持ち合わせていないが、教会長も他のシスターたちも特に気にする様子もなくブラウニーを受けいれた。真正聖教会は信者でないものには排他的となるが、ユリス神信仰はそのあたりについてはアバウトのようで、信者であろうとなかろうと人間であろうとなかろうと受け入れる姿勢をとっていたとのことだ。
家の妖精なのに「人手が足りないから」と畑仕事に駆り出されたり、お菓子作りを手伝わされたりしたこともある。手紙や荷物の配達を任されたときには出て行こうかと思ったこともある。
楽しく、騒がしく、けれど穏やかで楽しい日々。
それらが終わったのは、真正聖教会がこの教会のことに気付いてから間もなくのことだった。真正聖教会はユリス神信仰を邪教と位置付けており、実に様々な攻撃を仕掛けてきたのだ。
教会関係者への日用品の値上げ、教会の破壊、信者への襲撃などが続き、徐々に信者らは教会へ足を向けなくなり、遂には教会長が「話をしてくるよ」と言って教会を出て行った。迎えに来ていた連中は真正聖教会の教会騎士だった。
――――きっと帰ってくるから、それまでこの教会の世話をお願いしていいかな?
連行される間際、教会長は後事をブラウニーに頼み、ブラウニーも教会長の頼みを受け入れた。しかし半年経ち、一年経ち、十年経っても教会長は帰ってこなかった。
その間にも教会への有形無形の攻撃や嫌がらせは続き、年月が経つ毎にシスターたちも去っていき、あるいはかどわかされたり殺害されたりして、とうとうブラウニー以外は誰もいなくなったのである。
教会は荒れ果て、人が誰もいなくなったことが伝わったからか、真正聖教会の信者たちもいつしかこの教会を訪れることはなくなり、打ち捨てられたのだ。
「それで今は君が一人でここの手入れをしているのですか?」
『教会長との約束もあるからね』
「お前それって」
『わかってる』
一騎の言葉を途中で遮るブラウニー。彼女の目にも顔にも雰囲気にも、隠しようのない悲しみが浮かんでいた。
『教会長はとっくに死んでるわよ。教会を出てった日のうちに宗教裁判だかで処刑されてたわ』
『それなのにここに、廃墟に居続けているんですかー? ブラウニーの、家に憑くっていう習性にも抗ってまで? 物好きですねー』
教会に来て以来、ほとんど喋っていなかったラビニアが口を開く。相変わらず宗兵衛の頭の上に腹這いで乗り、両手で頬杖をついて、両足をパタパタさせている。口調は軽く、口角は少し上がり、しかし眼光だけは冷え冷えとしていた。
『魔族の手先になって無関係の人たちを巻き込んで、挙句には転生までさせるような奴に言われる筋合いじゃないわよ』
二体の妖精が睨み合う。ラビニアを頭の上に乗せる宗兵衛は非常に居心地が悪そうだ。
「あー、それでなんだが……俺たちを襲ってきた理由はなんなんだ?」
『ここのところゴブリンの奴らが教会周辺に出てきているのよ』
打ち捨てられ、忘れ去られた教会を訪れる人間はいなくなり、ブラウニーも建物の維持だけに注力していたのだが、最近になって問題が起きた。
モンスターが教会周辺に出現するようになったのだ。出現するのは主にイエローゴブリンで、最初は一匹、次は三匹と徐々に頭数を増やしてきていた。一匹二匹ならブラウニー単独でも対処できるにしろ、群れで来られると分が悪い。
『本来ならさっさと逃げるところなんだけどね、教会長から教会を頼まれたんだから仕方ないわよね。この子も群れからはぐれたところをゴブリンに襲われていたから、助けることになっちゃったし』
子犬、正確にはウルフの子供が小さく声を出す様子は、ブラウニーに感謝の言葉を述べているかのようだ。ブラウニーは腰に手を当てて小さな胸を張ってはいるが、顔付きからは決死の覚悟が見てとれる。ブラウニーのあちこちにあるケガは戦闘によるものだったのだ。
続く戦いで消耗していたタイミングでグリーンゴブリンとスケルトンが姿を現すと、『なんとかなるか、いや、建物を荒らさなければ隠れてやり過ごすか』と考えていたのに、
――――さっさと入るぞ、ボロボロだけど外よりかはマシだろ
『わたしが必死に守ってる教会をボロだとか悪く言う輩がいたので撃退する方針に変えて、見事不意打ちを成功させたってわけ……よ?』
一騎は見事な形で、宗兵衛は一騎の右手で頭を抑えつけられる形で土下座していた。
『えっと?』
「すまん! お前が必死になって守ってるものをボロだなんて言っちまった。ほんっとうに悪かった! ごめんなさい! ほら、宗兵衛も」
「僕にもこの常盤平を止めることができなかった責任があります。すみませんでした」
ブラウニーが慌てた様子で手をパタパタと振る。
『あーもういいわよ。こっちも早合点して攻撃しかけちゃったんだし、よくよく思い返してみると一方的に攻撃を加えただけだし、もう手打ちってことにしよ? ね?』
「そうですね。ケガをした常盤平が自分に責任があることを明確に認めているわけですからね、賠償がどうとか謝罪がどうとかいう話はもういいのではないでしょうか」
「あれ? ちょっと待って? 今の言い方だと、どこかそこはかとなく俺が蔑ろにされてる気がするんですけど?」
『気のせいじゃないですかー』
謝罪についてのやり取りが一通り終わったタイミングを見計らって、一騎と宗兵衛は土下座のまま視線を合わせ、かすかに頷き合った。二人にとってはブラウニーの許しを得て初めてできる頼みごとがあった。意を決して顔を上げた一騎が頼みごとを告げる。
「それであの、できればここに俺たちを置いてもらいたいのですが」
『ダメよ』
「即決!? そげなこと言わないで! お願いします、ここを追い出されたら俺たちにはいく場所がないんです! 下手に放り出されると人間たちに殺される可能性もあるんです! 助けると思って何卒!?」
『それはそっちの問題でしょ。わたしには少しのかかわりもないことじゃない。ケガが治り次第、出て行って』
「そこをなんとか! 馬車馬のごとく色々と頑張りますから!」
瞬間、ブラウニーはニヤリと笑った。
可憐な妖精なのに、にっこりとかふわりとかじゃなく、どう見てもニヤリ、それもかなり邪悪な感じだった。




