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第二章:三話 廃教会のブラウニー

6月22日、誤字脱字、改行ミスを修正しました。

 茶色で統一された衣類に、ゴブリンの顔の形に凹んだフライパンを持ち、背中にははたきを背負っている。頬には絆創膏が貼られ、腕や足には包帯も巻かれている。よくよく観察すると、服も破れていて、はたきも折れかけていた。万全の状態でないのは明らかなのに、しかし妖精は一歩も引くものかと決意を固めた眼光を閃かせている。


『おや? ブラウニーとこんなところで会うとは珍しいですねー』

「ブラウニー? ラビニアさんと同じ妖精の仲間ですか?」

『わたくしとは種族は違いますが妖精の一種ですよー』


 そこまで言ってラビニアは言葉を区切る。宗兵衛の頭の上から身を乗り出し、逆さまになる形で宗兵衛の虚ろな目を覗き込む。


『けれどブラウニーは家に憑く妖精でして、普通、廃墟にはいないんですけどねー。まぁ、礼儀と作法にうるさい方なので、ボロだのなんだのと口にしていた一騎さんが殴り飛ばされるのは当然ですけどー』

『なにをつべこべと。さっさと出て行け、モンスター!』


 振るわれるフライパンを宗兵衛は余裕をもって回避する。油断して突っ込んでいった一騎はともかく、武道経験者の宗兵衛の目からすれば、ブラウニーの攻撃は隙が多く見切るのは容易い。と、飛び起きた一騎が吠えた。


「誰がモンスターだ! 俺は人間だ!」

『どこからどう見てもゴブリンじゃない!』

「どの口で言っているのですか?」

『もう少し考えて喋ったほうがいいと思いますよー?』


 三者から返ってきた反応は冷たいものだった。一騎本人も自分が馬鹿なことを口走ったと自覚しているのか、吠えた姿勢のまま固まっている。ゴブリンに転生して何日か経ったが、一騎の中ではいまだに自分は人間だとの意識が強かった。


「人間を名乗るのなら、せめて見かけだけでも人間にしてからにすべきじゃないですか?」

「ほっとけ! 見かけを人間にする方法なんてあるのかよ!?」

「ふむ、そうですね、『導き手』、もしかして人間や魔物の姿に化ける術というか魔法みたいなものは存在しているのですか?」

《肯定。ただし性質上、使用者には犯罪者も多くいます》

『それよりも、変化の術にこの場で言及するのはまずいと思いますよー?』

「「え?」」


 ラビニアの可憐な指先は宙に浮くブラウニーを指している。一騎と宗兵衛の視線の先にはプルプルと怒りに震えている妖精の姿があった。


『そう、魔物に化けてきたってわけね。問題になったら魔物のせいにする気なんだ。真正聖教会のやり方は卑怯極まりないわね!』

「違ぇっ!」

「責任は取るべきですよ、常盤平」

「俺が!?」

『問答無用!』


 ブラウニーのフライパンが家事用品とは思えない唸りを上げる。


 宗兵衛は骨にあるまじき華麗なステップで後方に飛び退き、宗兵衛の頭に乗っているラビニアも必然的に距離をとることになる。ブラウニーの攻撃範囲にいるのは一騎だけになっていた。


「ちょ、待て待て待て、待ってください! ホントに俺は人間なん、いや元人間なんだって。教会とか知らないし!?」

『嘘をつくな!』


 振り回されるフライパンを掻い潜りながら弁明を続ける一騎の顔に余裕はない。それもそのはず、フライパンの速度と威力が半端ではないのだ。腰にぶら下がる骨刀を抜かないのは、刃物を誰かに向けることに抵抗感があるからなのか、日本では武器を持つ習慣がなかったから失念しているだけなのか。


 物陰に身を隠すことに成功した宗兵衛がぼそりと呟く。


「あのフライパン、鉄製じゃありませんね」

『どうもアダマンタイト製のようですねー。魔力も帯びてますし、そこらの剣よりも攻撃力は高いですよー』

「離れた場所に隠れてしみじみ言うなぁ!? なんか俺の命が危ない、危険が危ないんだけど!」

『つべこべうるさい!』


 小さな台風めいてフライパンはますます加速していく。一騎が回避できなくなるのも時間の問題だ。


「だから俺は本当に元人間で教会とかも知らないんだって!」

『信用できるか!』

「本当だって言ってるだろ! そこのラビニアに召喚されて魔物に転生させられたんだよ! 頼むから信じ」


 ミシリ、と音を立ててアダマンタイト製のフライパンが一騎の顔にめり込む。その威力の凄まじいこと、一騎は敷地の外まで優に十メートルは吹き飛んだ。吹き飛んで、それで終わり。ブラウニーは追い打ちを仕掛けようとはせず、


『転生、者……?』


 フライパンを投げた姿勢のまま、空中で動きを止めていた。




 古ぼけた木の天井が一騎の視界に飛び込んでくる。見覚えのない天井に戸惑っていると、顔面に激痛が走った。痛み刺激によって一騎の寝ぼけ半分の脳がはっきり覚醒する。フライパンの直撃で意識を失っていたのだ。


 状況がわからないまま体を起こし、体を支える手に硬い感触を覚えた。一騎は木製の長椅子に寝かされていたのだ。思わず周囲を見回すと、他にも長椅子が並べられていて、ドキュメンタリー番組で見た礼拝堂のような雰囲気だ。天井に穴が開き壁や窓が崩れてはいるが。


 状況を痛みと共に思い出す。廃教会に足を踏み入れ、ブラウニーに敗北したのだ。あんな小さな妖精に不覚を取る転生者って自分くらいではないだろうか。一騎は思わず考え、深く考えると気持ち的に沈んでしまうので別のことに意識を向ける。


「そういや、ここってどこなんだ? 教会の中か?」


 一騎の声に応えはない。とうの昔に人の気配を失った礼拝堂は、無慈悲に一騎の声を吸い取るだけだ。宗兵衛の姿もラビニアの姿も見かけない。試しにと宗兵衛の『導き手』に語り掛けるも反応はなし。自分を置いてどこかに行ったのではないか、と疑念の生まれる一騎だ。


「あいつならやりかねん」

『あれ、目が覚めたんだ?』


 明るい口調でドアが開けっぱなしの、ではなく最初からドアのない礼拝堂に入ってきたのは、一騎を気絶に追い込んだ加害者だ。


「ひ、ひぃっ!」

『失礼な反応ね!』

「ししし仕方ないだろう。俺はお前にぶっ飛ばされたんだぞ!」

『それについては悪かったって。まさか転生者だなんて思わなかったんだから』

「? 転生者を知ってるのか?」


 ブラウニーの返事は肯定だった。成功しさえすれば簡単に戦力を向上させることが可能とあって、現在でもあちこちで研究が続けられている代物であるらしい。


「そんな簡単に研究できるものなのか」

『歴史のある戦力増強策だからね。人も魔族も研究だけはずっとしてるわよ。大体、どっちかが戦力的に劣勢になると、転生者の数が増えるわね』


 知りたくもない事実を知らされる一騎だった。世界を救うためだとか、ありふれた大義名分ですらない。単に戦力アップのためのもの。徴兵とどれだけの差があるというのか。軍隊に放り込まれるか、異世界に放り込まれるかの違いでしかない。いや、少なくとも衣食住を提供してくれるだけ、軍隊のほうが幾分かはマシですらある。


「異世界転生ってもっとこう、夢と希望に溢れてるものじゃねえのかよ……」

『なにを嘆いているかはわからないけど、真正聖教会では召喚した相手を勇者や英雄に仕立て上げ、布教の一環として用いているくらいよ』


 溢れているのは寒々しい現実だけのようだった。


「宗教って自分とこの権威付けのためには努力を怠らないよな」

『まあね。でも、わたしは別に転生者をどうこうするつもりはないわ。真正聖教会の信者や他のモンスターのようにこの教会に害を及ぼさないのであれば……とか思ってたんだけど、イッキっていったっけ? あんたには随分ひどいことをしちゃったわね、本当にごめんなさい』


 ブラウニーは空中に浮いたままで頭を下げる。その仕草が実に見事なものだったので、一騎は戸惑ってしまう。更にブラウニーは頭を下げた姿勢を保ち続け、不自然な沈黙が場に満ちる。


 沈黙を破ったのは、ラビニアを頭に乗せて礼拝堂に入ってきた宗兵衛だった。宗兵衛はわざとらしく首を振って言葉を吐き出す。


「いつまで頭を下げさせているのですか。謝罪を受け入れるのか拒絶するのか、さっさと返事をしなさい」

「お、お、ぉぅ」


 経験したことのない沈黙の責任が自分にあると知って戸惑いの増す一騎、が宗兵衛の眼窩の青白い輝きと、宗兵衛の頭の上で頬杖をかいているラビニアのしらっとした目つきに晒され、必要のない咳払いを何度もする。


「うぉっほん。貴女の謝罪を受け入れる。こちらこそいきなり協会に踏み入ってことを謝る、ごめんなさい」


 一騎も長椅子の上で頭を下げ、ブラウニーも一騎の謝罪を受け入れ、これにて手打ちの運びとなったのであった。

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