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第二章:一話 やはり雑魚は走る

本日二話目になります。

 さて、無事に洞窟を出ることができた一騎たちの状況が劇的に改善するのかというと、もちろんそんなことはなかった。現実は厳しく、ゴブリンのような雑魚には尚、厳しかった。


「うぅおおおぉぉぉおおおっ!?」


 森の中を緑色のゴブリンが走っている。見るものが見れば陸上選手のようなフォームだとわかるだろう。難点を上げるなら一つ、ゴブリンの脚は短いので、フォームが速そうでも実際の速度がそれほどでもないことか。


 ヒュンヒュンと特徴的な風切り音がゴブリンの耳朶を打つ。流れる冷や汗、緑色の顔が青くなったときには少し遅い。後ろから放たれた矢がゴブリンの頬を掠めた。


「ひいいぃぃいいっ!」


 掠める矢もあれば、小気味よい音を立てて木に突き刺さる矢もある。一騎は不意に、ボウガンで猫を射殺したニュースがあったことを思い出してしまった。縁起でもない、と短い足の回転数を上げる。


 人間よりも優れたゴブリンの聴覚が、キリキリキリという弓が引き搾られる音を捉えた。


 ズキューーン!


「銃じゃねえかあああぁぁっ!?」


 弓矢だとばかり思いこんでいたところに、銃撃を受けることになった一騎は逃げまどう。後で聞いた話によると、この世界は魔法や錬金術が発展しており、値段は高いながらも銃も当然のようにあるのだという。


「おたおあたおた、お助けええぇっ!?」


 叫び声を上げてヘッドスライディングよろしく木の陰に飛び込むゴブリン、とそこにいた先客と激しく頭をぶつけてしまった。


「いでぇ! て、お、お前ら、こんなところに隠れていたのか!」

「なんだって他人様が隠れている場所に飛び込んでくるのですか。こっち来ないで下さい、しっしっ」

『死ぬなら一人で死んでいただきたいですよねー』

「秒速で見捨てるなよおおぉぉっ!?」


 隠れていたのは骨の魔物、つまりスケルトンと見た目は可憐な妖精の少女だ。心洗われる三者のやり取りに怒号が重なる。


 ――――野郎! どこに逃げやがった!?

 ――――今度はグリーンゴブリンが人里近くにまで下りてくるなんてっ。

 ――――ゴブリンだけじゃねえ! 猟師のヤスが一緒にスケルトンも見てやがる!

 ――――スケルトンだぁ? アンデッドじゃねえか。あいつらは洞窟か墓場か戦場跡くらいにしか出ねえ筈だろ。

 ――――俺が知るか。ヤス以外にも見たやつがいるんだ。間違いねえよ。

 ――――くそっ。魔物が増えてるたぁ感じちゃいたが、前はイエローゴブリン、今度はグリーン、更にアンデッドまで出てくるたぁ、不吉でしょうがねえ!

 ――――向こう側じゃ、地竜みたいなのが出たとか首なし騎士たちが走り去っていたとか、他にも見たこともねえ魔物を見かけたらしいぞ!

 ――――用心しろよ。最近の森の魔物どもは殺気立ってるからよ!


 聞こえてくる怒号の数は多い。ゴブリンこと常盤平一騎が目撃された地点が人里近くだったこともあって、容易く応援を呼ばれた結果だ。応援は応援を呼び、いまやちょっとした山狩りの様相を呈していた。


 下げていた頭の近くに一本の矢が突き刺さり、一騎は思わず小声で叫んでしまう。


「矢ぁっ!? な、なぜこんなことになったんだっ?」

「常盤平が歩きやすい道を探し続けた結果でしょうが」

『宗兵衛さんも止めなかったじゃないですかー』


 洞窟を出た後、一騎たちは行動を共にしている。既に三日目だ。大気中の魔素があれば活動できるスケルトンの宗兵衛と妖精のラビニアはともかく、ゴブリンの一騎は食べなければ死んでしまう。


 当初は近くの川で魚取りをして凌ごうとしていた一騎も、調味料もなにもない単調な味に二日目には飽きてしまい、どうにかして別の、もっとまともな食事を求めて移動を開始したのである。


 険しい山中も生い茂る木々も、魔物の目と体力があれば苦にはならない。障害になったのは一騎たちの精神面だ。人間だった頃の習慣で道、とまではいかなくてもある程度は踏みならされた跡を歩いてしまったのである。


 一騎は自分の今の姿がなんであるかをすっぱりと失念しており、単に歩き易い場所を探して歩いていた。獣道から猟師道へ、猟師道は踏みならされたちょっとした山道に変わり、山道は少しずつ幅が広くなっていく。


 歩き易い道に出た、としか考えていなかった一騎たちはそこで猟師と遭遇してしまう。とりあえず会釈する一騎に対し、猟師は顔色と目付きを変えて弓を構えた。運の悪いことに猟師は二人組で、もう一人の猟師は笛を鳴らして他の猟師仲間に事態を知らせる。


 さすがにマズいと気付いた一騎たちは身をひるがえして山の中へ逃げ込んだのだが、執念深い猟師と仲間たちは諦めなかった。応援を呼び、仲間たちと連絡を取り合い、今も尚、数時間に及ぶ追跡の真っ最中であるのだ。


 スケルトンの宗兵衛がいかにもわざとらしく首を振る。


「やれやれ、だからあれほど気を付けるよう言ったでしょう」


 応じて妖精ラビニアも大仰に頷く。


『まったくです。人の話は聞かないといけませんよー』

「おいこら待てお前ら。大嘘並べて責任を盛大に俺だけに押し付けるんじゃない。宗兵衛は注意なんかしなかっただろ。俺が道に出たときもお前はこそこそと木の陰に隠れてただけじゃないか。ラビニアも宗兵衛の頭の上に乗っかって昼寝をしてたところまでは覚えているぞ。この目で見たんだからな」


 一騎の視線が宗兵衛とラビニアの視線と交錯する。


 視界が開けた、歩き易そうな道に出た、度毎に一騎は喜びの声を上げ、宗兵衛たちを積極的に誘導していた。先頭を歩いていたのは疑いなく一騎だ。しかし宗兵衛もラビニアも一騎の行動を止めようとはしなかった。加えるなら後押しすることもなく、かといって注意喚起をするわけでもなかった。


 ようするになにもしなかったのだ。宗兵衛は一騎から離れること十メートル以上を保ってついてきており、ラビニアは宗兵衛の頭の上に座ったり寝転がったりしていただけだ。ラビニア曰く、微妙なざらつき感とひんやりした感じが何とも言えず心地良いとのこと。


 ラビニアは細い人差し指を顎に当て、小首をかしげる。容姿も仕草も可愛いのに、言うことは無情だった。


『こいつ、つまらんところは見ていますよねー』

「はっはっは、遂にこいつ呼ばわりするようになりやがったか、この妖精」

「それで、常盤平。軍師無双を目指す君としては、この場を切り抜ける策の一つや二つはあるのでしょうね?」

「やめて!? まだふさがっていない傷を抉らないで!」

「それだけ期待しているのですよ、鳳雛さん」

「抉るだけで気が済まねえのかこの野郎! 完全無欠の死亡フラグじゃねえか!?」

「我々は今、争っている場合ではありませんよ、常盤平」


 こいつとはいずれ決着を付けよう。一騎は心に刻んだ。


 ――――どうだ、いたか?

 ――――見つからねえ! そっちは?

 ――――こっちにもいねえ。クソが、ゴブリン共、どこに隠れやがった!

 ――――絶対に逃がすんじゃねえぞ! 人里近くまで下りてきやがったんだ。生かしておくとロクなことになりゃしねえ。

 ――――どうしても見つからねえなら教会か冒険者組合に依頼を出すからな!


「「『……』」」


 三者三様の沈黙が木陰に漂う。ややあって口を開いたのはラビニアだ。


『思うのですけど、さっさとあの連中を皆殺しにしてしまえばいいのでは?』

「ぶっ飛んだこと言うなよ! 見てくれはこんなでも俺の心はまだ人間なんだよ!」

『あはは、その成り形で人間とか、笑い話としても三流ですよねー』

「おいこら下手人!?」


 一騎の声は少しだけ鋭くなる。


 ラビニアと行動を共にしていても、心から信頼しているわけでも協力関係を築けているわけでもない。なにしろこのラビニアは一騎たちを魔物へと転生させ、殺し合わせた張本人である。彼女の裏に別の黒幕がいると示唆されても、彼女自身への不平不満は山ほどあるし、憤怒や憎悪を感じていないと言えばウソでしかない。叶うのなら討滅したいとも思う。


『素敵な目付きですね。いいですよ? その怒りも憎しみも、わたくしは全部、受け止めますから』


 にっこりと笑うラビニア。周囲の気温が急速に低下したような感覚を覚え、一騎は知らず数センチを後退る。


「やめなさい、常盤平。今の僕たちでは、どう足掻いても彼女には届きませんよ。格が違います」

「お前がこいつの同行を認めたんだろうがよ」

「ええ。転生させた以上、魔族側が僕たちを何らかの手段で監視していることは十分に考えられますからね。いつ、誰に、どこから見張られてるかさっぱりわからないより、監視役がすぐ近くにいてくれているほうが心理的に楽でしょう」

 

 だからといって感情を無視することはできない。身を焦がすほどの怒り、とまではいかなくとも、ラビニアへ負の感情を抱いている一騎としては、彼女を抱え込みながら冷静で平静でいられる宗兵衛に、一言二言言わずにはいられない。一騎はジト目を宗兵衛に向けた。


「お前……魔族とかこいつへの怒りとかないわけ?」

「おや、知らないのですか? 怒りも憎しみも、乗り越え、許すことで、真実の友情を得ることができるのですよ」

「どこの宗教だ!? 予想外の返事だよ!?」


 ――――おい、今なにか聞こえたか?

 ――――こっちだ!

 ――――全員で追い込むぞ。油断するな!


「常盤平がでかい声を出すからですよ。猛省しなさい」

『もう皆殺しでいいんじゃないですかー?』

「よくねえ!」


 兎にも角にもまずは逃げる。言いたいことがあるだとか、決着をつけるだとか、いずれも優先順位は低い。一騎らは頷き合い、この場を全力で離れることを決める。


 ゴブリンとスケルトンと妖精のちぐはぐなパーティは、一目散の表現そのままに森の奥へと走り出したのだった。いや、走るのはゴブリンとスケルトンだけで、妖精はスケルトンの頭の上に乗っているだけなのだが。

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