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第二章:序 それぞれに

第二章の開始となります。

今日は二話連続投稿です。


今後もよろしくお願いします。

 風を切って、どころではない。空気を引き千切り、突き破って、凄まじい速度で大地を疾駆する長大な影がある。頑強な鱗に覆われた、全長二十メートルに達する影は、時速にして二百キロもの速度で移動していた。


 移動の先、口の届く範囲にいたあらゆる生き物を食い散らかしながら、影は移動し続ける。


 長大な影の正体が地竜であるとは、容易には知れない。一般的な地竜と違って四肢がなく、一見すると蛇が巨大化したような姿だからだ。地竜の亜種として存在する種類だが、このサイズのものはまず確認されたことがない。


 転生者、南條は既に五人の転生者を殺し、食っている。転生直後は長さ数メートル、太さも三十センチ程度だった体躯も、今では十倍近くにまで成長していた。


 南條は真っ直ぐに、目的地へと向かっている。


 目的地、洞窟を脱出した直後に感じ取った香りの元、それは人間の匂いだった。森の中に入り込んでいた人間の匂いを感じ取り、真っ先に彼らを食い殺した。彼らの匂いから、彼らが進んできた道を見つけ出し、匂いの先にある町を突き止めると、町を襲おうと決めたのである。町を襲い、そこにいるすべての人間を食い殺すと。


 南條は怒りに囚われていた。この状況にだ。勝手に連れてこられて、勝手に魔物にされて、これで怒らない奴がいるものかと怒りを覚えていた。


 南條は愉悦を感じていた。転生によって得た力と、その力で他者を蹂躙することにだ。クラスメイトを、友人を殺し、食い、強くなることがたまらなく嬉しかった。圧倒的な暴力で、平和に暮らしているこの世界の人間を食い散らかすことができるかと思うと、怒りをはるかに上回る愉悦が全身を駆け巡る。


 規格外の地竜の体が加速し、痛烈な風が鱗を叩き、風が通り過ぎる度に、南條の両目から人の理性が吹き飛んでいく。代わって露わになるのは、剝き出しになった魔物としての本能だ。


 南條の鈍く濁った視線の先に、小さな村が映った。




 叫び声が虚空に響き合う。一方は勝利の、一方は敗北の叫びだ。


 一体の牛頭の魔物が、豚頭の魔物の右肩口に食らいついている。双方が巨大な肉体を振り回して暴れまわったのだろう、周囲の木々や岩は跡形もなく、ここだけがちょっとした広場になっていた。


 牛頭の魔物が噛む力を強める。鉄剣でも弾き返せそうな筋肉の鎧は、異音を発して食い千切られた。豚頭魔物の肩から鮮血が噴き出した。牛頭が食い千切った肉塊を骨ごと咀嚼し、飲み込む。と、牛頭魔物の体が一回り大きくなる。転生者が転生者を食ったことによる現象だ。


 魔力だけでなく血肉も取り込む牛頭魔物の両眼は爛々と輝いている。


 反対に豚頭魔物の両目は敗北と恐怖によって見開かれ、その顔は涙と涎と血によって無様に汚れていた。豚頭魔物が吠える。拳を握り込み殴りかかり、その拳は確かに牛頭魔物の顔面に命中する。牛頭魔物の鼻は砕け、何本もの歯も血と共に飛び散った。それでも互いの立ち位置は変わらない。


 これまでに蓄積しているダメージが違いすぎる。


 牛頭魔物が上、豚頭魔物が下。前者が勝者で、後者が敗者。勝者は相手のすべてを奪い去り、敗者は血肉の欠片が残るかどうか。


 豚頭魔物が吠えながら拳を振るい続ける。牛頭魔物は血を流しながら、同時に涎を流す。殴られて腫れた両目は、今度は逆さ三日月のような弧を描いた。


 人間だったときには絶対に見せることのなかった目だと、本人は気付かない。




 フクロウの頭部を持つ二足歩行の魔物は杖を振るう。


 単純な、それだけの動作で、放たれた魔法をかき消した。魔術師は驚愕のあまり、口を間抜けに開いている。魔術師の周辺には三人の死体が転がっていた。いずれも魔術師の仲間で、フクロウの魔物が殺した連中だ。


 特にこれといった理由はない。強いて言うなら、フクロウの魔物が空を飛んでいると、眼下で楽しそうに食事をしている冒険者たちの姿が目に入ったことが理由だ。


 仲間なのか友人かはわからないが、笑いながら、ときにふざけながら食事をしている光景が許せなかったのである。


 できるだけ惨たらしく殺すと決めて、フクロウの魔物は冒険者たちの真上に着地した。そう、冒険者の一人を踏み潰したのだ。肉が砕ける音、骨がへし折れる音、血や内臓が飛び出る音、飛び散った臓腑が地面に広がる音。凄惨な様を見て悲鳴を上げる人間たち。


 どれもこれもがフクロウの魔物に歓喜と満足をもたらした。


 抵抗する人間たちの無力さが滑稽で、逃げ出した人間の背中を打ち抜くと背筋がゾクゾクして、仲間を殺されて心神喪失に陥った人間が正気に戻るまで待ってから殺すのが楽しくて、自分たちのすべてが通用しないと絶望する様が愛おしくて、フクロウの魔物は思った。


 最高だ、と。




 首なし騎士こと荒巻の大剣が横薙ぎに振るわれる。十分な威力の一撃は、しかし目測を誤って敵に届かなかった。


「なにやってんの、荒巻!」


 ハーピーこと菊池美波がパーティリーダーを怒鳴りつける。妖精ペットとの戦い以来、荒巻の攻撃は大雑把さを増していた。魔力が強くなり、強くなった分を制御できていないのだ。


「まだ振り回されてるんだ。フォーメーションCで行く、頼む、美波!」


 フォーメーションCと表現するくらいなのだから、AもBもあるのかと思いきや、実はCしかないのが現状である。このあたりの荒巻のこだわりはパーティの誰にも理解されないでいるが、一応はリーダーを背負う立場に敬意を表して、支障がない限りは通してやろうとの判断がメンバー間で共有されていた。


 菊池美波が羽を羽ばたかせ急速に上昇する。大きく息を吸い、音の衝撃として打ち出した。音による重圧で相手の動きを止め、相手が回避不可能に陥ってから荒巻の一撃で仕留める。これがフォーメーションCだ。


 荒巻が大剣を担いで敵に迫る。一撃目は見事に空振り、二撃目は抵抗できない地面を叩き、三撃目でようやく動けない敵を左右に両断することに成功した。


「よっわ」「へったくそだな」「美波、お疲れ~」「最近、サポートばっかだよ~」


 戦場から後方に五メートルばかり、荒巻の仲間たちが地面や岩の上に座り込んでいる。


「げ、ババを引いちまった!」と動く鎧こと矢野大輔が言えば、「大輔は左から取っていく癖があるからな」と六本足の馬こと日下純一郎が笑う。努めて冷静な単眼巨人こと鈴木喜久雄は「これで上がり、と」とペア札を場に出し、ハーピーの美波が「喜久雄、四連勝じゃん。やるねー」と喜久雄の肩を叩く。


「お前らな!? なんでそこまで寛いでんぶげ!」


 荒巻は怒りのあまり腋に抱えていた頭を地面に投げ、尖った石とキスをする羽目になった。


「いや、任せろつって突撃したのはお前だろ」「つーか、今の周平の傍には寄りたくねえよな。巻き添えでこっちが死ぬ」日下が冷たく切り返し、矢野が追い打ちをかけ、鈴木はコクコクと頷く。


「うごご、返す言葉もないが……いや待てお前ら、どっからトランプなんか出してきたんだ? 荷物なんか誰も持ってきてなかっただろ?」


 荒巻の疑問に答えたのは日下だ。


「別れ際に小暮坂にもらった。なにかあればよろしく、今後も良い関係を築いていきたいですね、とか言いながら持たせてくれた。あと花札も」

「あの状況で!? すげえなあいつ!」


 奇妙な感心を荒巻は覚えるのだった。




 降り注ぐ太陽の陽気に中てられて、大小様々な石たちは無責任に熱を反射する。木々の隙間からたまに見える冒険者らしき人間たちは、袖を半分にまで捲り上げ、額にタオルを当てている。そんな、汗ばむ陽気の中、背筋が凍る思いをして、森で足を動かし続ける一体の魔物がいた。


 不規則な足音と荒い呼吸、平静を装うとして明らかに失敗している。表情からは余裕が剥がれ落ち、しきりに後ろを気にする様から逃げている最中なのだとわかる。


 あのとき、崩れた洞窟から脱出したときのほんの一瞬だけ、姿を見られたような気がしていた、と彼は感じていた。うまく瓦礫の影に隠れることができたと考えていたのだが、それが間違いであると悟ったのは、森を歩き始めてからしばらくしてのことだった。


 必死で逃げていた洞窟の中では感じたことのない、得体の知れない空気が彼の周りに漂っていた。常に監視されているような気分を感じ、気を抜けば一瞬にも満たない時間で喉を食いちぎられるという直感が頭を掠める。どれだけの距離を歩いても、敵意の混じった空気は僅かも薄まることなく彼の周囲を取り巻き続け、少しでも日の光が弱くなると途端にその濃度が上昇したかのような感覚が彼の全身を巡る。


 全身の毛穴から冷や汗が搾り出されているような悪寒を感じた彼は、歩く速度を早足へ、早足から走り出し、今や全力で森の中を突っ切ろうとしていた。


 走る。走る。走る。走り続ける。


 一秒でも足を止めたら死ぬ。殺される。そんな、根拠も何もない直感に身を任せて、彼は走り続けた。折れた大木の前を通り過ぎる。目の前に岩が落ちていたから進路を右に変える。自分を見て逃げ出した魔物のことは無視する。水溜りを蹴って飛び散った水滴は気にしない。転がっていた石ころを蹴り飛ばす。カチカチと歯がぶつかり合う音が聞こえる。


 そうして走ること一時間、真綿で首を締め付け続けるだけだった状況にようやくの変化が訪れた。彼の周囲に三つの影が現れる。見覚えのある顔だった。オタクとして知られている緑川、赤木、黄瀬の三人だ。


 彼の脳裏に疑問符が大挙する。緑川たちを最後に確認したとき、連中はゾンビだったはずなのに、今の姿は少し違っている。鋭い爪を生やし、動きは俊敏で、全体的にかなり強化されている感じだ。だがなによりも、目が恐ろしいと感じる。


 好戦的で、しかし戦意を大きく凌ぐ執着心が炎となって目を不気味に輝かせている。


「よ、よお、緑川。赤木と黄瀬も。お前らも無事だったんだな、安心したぜ」

「こっちも、お前が無事で安心した、太田」

「横山の次はお前にしようって決めてたんだ。見つけられてよかったよ」


 赤木と黄瀬の言葉に、太田の表情筋が引きつる。


「決めたんだよ、俺たち。これまで俺たちをバカにしてきた連中を後悔させてやるってな。横山の最期の無様さといったら、何度思い出してもゾクゾクするからさ、太田にも見せてやりたかったんだぜ。だってお前と横山は昔からの友人だったんだもんな?」


 緑川の長く鋭い爪に、ドロリとした液体が生じる。毒であることは明白だ。赤木と黄瀬の爪も毒に濡れる。


 太田は唾を飲み込んだ。人間だったときは赤木たちよりも格上だった横山が殺された。赤木たちは続いて太田も殺そうとしている。太田の行動は単純で明確だった。悲鳴と涙と涎を撒きながら逃げ出したのだ。


 三体のゾンビ――いやグールと呼ぶべきか――は嗜虐性を大いに刺激されて、哄笑を上げて追跡を始めた。




「本当に大丈夫かい?」


 夕暮れの穏やかな日差しを受けて街道を走る馬車の御者席から、商人は荷台の少女に語りかける。行商の最中だった商人は、この少女が街道をふらふらと歩いているのを見かけ、親切心から助けたのだ。


 少女は、服と呼ぶのが憚られるほどボロボロの衣類を身にまとっただけの姿でさ迷っており、明らかに尋常ではない事態だった。先程から何度か商人が話しかけてみるも、返答は一度たりとてない。


 どこかの貴族か裕福な商人の奴隷にでもされていて、ようやく逃げ出したのだろうか、と商人は考えている。一言も喋らないのも、精神的なショックが原因だとすれば納得もいくからだ。


 納得ができても悩みは尽きない。奴隷はあくまでも他人の財産だ。奴隷の逃走に手を貸したことがばれた場合、良くて官憲に逮捕、悪くすると所有者に捕まって私刑の対象にされてしまうかもしれない。


 商人は体を震わせる。もしかすると厄介事を抱え込んだか。心中の逡巡は、荷台で体を小さくしている少女の姿を見て消し飛んだ。権力や富にすり寄るよりも、いたいけな少女を助けるほうが優先だと決意する。四十歳を過ぎて未だに自分の店を持てずに行商を生業としているのが、この性分に理由があるとわかってはいても、商人は少女を見捨てる気にはなれなかった。


 その考えが変わったのは、時間にして半時間後のこと。


 商人は目の前で起きていることが信じられなかった。襲ってきた盗賊たち六人が、少女の体の中に取り込まれている。必死にもがき、脱出を試みて、無駄を悟って絶望に顔を歪ませ、徐々に徐々に生きたまま消化されていく。


 少女はスライムという、不定形の魔物だった。少女の姿の魔物は盗賊たちを食べ終わると、ゆっくりと商人に向き直る。商人は恐怖に顔を引きつらせ、少女は喜びに顔を歪ませた。




 ホーホケキョ、なんて鳴き声が聞こえてきてもおかしくないくらい、弛緩した空気が川辺に漂っている。川岸の岩の上には、一体のゴブリンと一体のスケルトンとが並んで腰掛け、のんびりと糸を垂らしていた。ゴブリンは近くで拾ってきた木の枝を、スケルトンは真っ白い骨杖を、それぞれ竿代わりにしている。


「全然、釣れねえな、宗兵衛」

「お日様の下で愚痴らないで下さい」

「いや愚痴るよ。骨のお前は食べなくても大丈夫だろうけど、俺は食べないと死ぬんだからな。あと、アンデッドが堂々とお天道様の下で魚釣りしてるってどうなのよ」

「牧歌的でいいと思いますが?」

「どこが!?」


 騒がしく喋っているから魚が逃げていることに一騎は気付いていない様子だ。宗兵衛は気付いているが、自分は食べなくても平気なので注意を促したりはしない。


 頬杖をつく宗兵衛の頭の上に、妖精のラビニアがふわりと降り立った。


『あのー、待ってる間に薪が切れちゃったんですけどー』

「うげ!」

「おやおや。じゃ、釣りは諦めて、出発しますか」

「ちょ、待て待て待て! もう少しだけ! 洞窟を出てから初めて見つけた川なんだぞ? ここを離れたら、次いつ水を見つけられるかわからないんだぞ? もう少しだけ粘ら」


 一騎が余所見をしているタイミングを見計らったかのように、竿に当たりがくる。勢いよく竿を振り上げる一騎。魚が水面を突き抜け、宙で陽光を反射して光り輝く。この日最初の釣果とあって、一騎の目もまた光り輝いていた。


「よっしゃああぁぁっ! 宗兵衛、火!」

「薪は切れましたけど、火自体はまだ残ってますね。さっさと焼けば間に合うのでは?」


 釣り上げた魚を手掴みで焚き火に走る一騎。転生してから初めての食事である。一騎のテンションは否応なく高まり、内臓の処理もせず塩などの調味料もなく生焼けの川魚を食べ、見事に下痢になるのであった。


 大合唱を奏でる腹を両手で押さえ、内股でよろよろ歩きながら、一騎は同行者に手を伸ばす。


「宗兵衛、友として頼む。背中を……貸してください……はぅっ」

「……昔、なにかのスポーツ漫画で言ってましたね。友達はボール、だと」

「逆! それ逆だから! それだとただのイジメだから! イジメかっこ悪いよ!?」


 一騎は見た。宗兵衛が野球のバッターのように骨杖を構えるのを。骨杖から無数の棘が生えるのを。

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