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第一章:十八話 決着

 ダメージの大きい単眼巨人とハーピーは下がり、六本足の馬にまたがった首なし騎士が真正面から妖精ペットに突撃、機動力で劣る動く鎧も後に続く。妖精ペットが振り回した腕を首なし騎士の大剣が受け止めた衝撃音が広間を叩いた。


 宗兵衛は腰を落とし、両腕を広げた。遠目で見ていた一騎にもわかるほど、骨体に循環する魔力の質と量が変化、両前腕が骨の大刀へと形を変える。大刀と化した両腕を軽く振り、宗兵衛も妖精ペットへと向かって走る。


 妖精ペットの攻撃範囲は広い。前後左右上下に目立った隙はなく、かするだけでも甚大な被害をもたらす。極端に言えば広間のどこにも逃げ場はない。


 防御力の高い首なし騎士や鎧そのものである動く鎧、骨の強度を操作できる宗兵衛たちだからなんとかなっているのであって、一騎なら早々にミンチになっているか赤いシミになっているかのどちらかだ。


「『導き手』さん、接続状況は!?」

《良好。問題を認めません》

「うっし。騎士と鎧は全力で前線の維持! 宗兵衛は俺が指示したタイミングで突っ込め!」

「本当に大丈夫なんだな、小暮坂っ」

「ハードなゲーマーの分析を信じましょう」


 妖精ペットは腕を振り回す。地面ごと噛み砕かんと顎が迫る。巨大な尾が周辺を薙ぎ払う。上空に飛びあがり蹴り下ろしてくる。突進からの頭突きが、咆哮による吹き飛ばしが、闇雲に唸りを上げる異形の爪が、宗兵衛たちを刻一刻と追い詰めていく。妖精ペットが両手を組んで大きく振り上げた。


「! 宗兵衛!」


 暴風めいた攻撃を潜り抜けた宗兵衛の大刀が妖精ペットの左後ろ足を捉える。このときだけは妖精ペットに大きな隙が生じる。絶大な威力ゆえの振り下ろしは、後方に回り込めれば大きなチャンスへと変わる。一撃を掻い潜れるだけの速度と、あの一撃に飛び込んでいける度胸あっての話だが、宗兵衛は十分に応えてくれた。骨の大刀は剛毛と筋肉で覆われた妖精ペットの足を深々と切り裂いた。妖精ペットがバランスを崩して転倒する。


「左足を総攻撃!」


 一騎の指示が『導き手』を通じて飛ぶ。首なし騎士が大剣、動く鎧のランス、宗兵衛の骨大刀が炸裂、妖精ペットの片足を完全に破壊した。


 一騎の作戦は単純である。まず左足の破壊、次いで右足を破壊、両腕と続き、最後に首を落とすというものだ。言うは易く行うは難し。妖精ペットの攻撃パターンや予備動作に間隔、各種攻撃の範囲と威力、回避や防御行動のクセ、多用している攻撃、庇っている部位。


 とにかく様々な情報を短時間で収集し、有効な作戦を立てなければならない。収集した情報の中から取捨選択、宗兵衛らにできることとできないこと、継戦能力も考えて指示を出す。丸裸、とまではいかなくとも、一騎の前に妖精ペットはかなり分析されていた。


 左足から続く総攻撃に、いまや妖精ペットの四肢は砕けている。この状況で妖精ペットの尻尾が動く。薙ぎ払うのではない。尻尾の先端が二つに割れる。さながら口を開く蛇だ。尻尾の裂け目の中にはチラつく炎が見え、尻尾の前には首なし騎士が立っていた。顔がなくとも考えていることはわかる。首なし騎士は間違いなく死を覚悟していた。


 尻尾が炎を吐き出す、直前。


 尻尾に鎖が巻き付く。鎖ではなく骨だ。宗兵衛の左腕が大刀を先端にした鞭へと変わっている。妖精ペットの尻尾を巻き捕え、力任せに引っ張った。炎の狙いは逸れて壁面に着弾、爆音と爆風が広間を埋め尽くす。宗兵衛たちだけでなく妖精ペットまでも動きが止まる。


「ここだああぁっ!」


 一騎は骨刀を構えて高所から飛び降りた。跳躍できるまでに体力が回復した、わけではない。『導き手』に相談した結果だ。スケルトンの宗兵衛は筋肉ではなく魔力で動いている。なら自分も魔力で体を動かすことができるのではないか。こんな疑問を『導き手』にぶつけたのだ。


 答えは見ての通り。


 注意事項は二点。まずスケルトンは魂や本能に魔力による身体操作方法が刻み込まれている。翻って筋肉で動き且つ低級種族のゴブリンには、魔力で体を動かす技能はなく、『導き手』のサポートがあっても十全の動きはできないだろうこと。更に魔力の消耗が異常な量になることだ。


「うおぉりゃぁぁああっ!」


 飛び降りるだけの一騎には大した問題ではない。飛び降りる前に骨刀は構えている。狙い通りのポイントに落下できればそれで構わないのである。狙いは眉間。そのど真ん中に骨刀を突き立てることだ。落下の加速に乗って突き出された骨刀は、目を見開く妖精ペットの眉間に正確に突き刺さった。


 四肢を破壊。眉間への一撃。さすがの妖精ペットの動きも止まる。一騎も宗兵衛も、誰もが勝利を確信した瞬間、妖精ペットは更に大きな咆哮を――裂けた腹から吐き出した。


 否、腹が裂けたのではなく、腹の部分に別の口が開いている。ぎょろり。音がしそうなほどの勢いで、妖精ペットの胸部部分に二つの目が開く。妖精ペットは頭部とは別に、体幹にも目と口を持っていた。


「げぇっ!」


 思わず口をついて出た一騎のセリフは本来、軍師は言われる側であって言う側ではない。二段変身はあっても羽が生えるとか巨大化するとかを想定していた一騎は、予想外の展開に全身を固くする。


「ちょ、ちょっと予想外! これはあの妖精の罠かああぁっ!?」


 いずれにせよ、軍師になって無双するという一騎の目論見は、デビュー戦で霧散した。


「信じた結果がこれだぞ、小暮坂!」


 首なし騎士こと荒巻周平が抗議の声を上げる。


「四肢を破壊できただけでも良しとします。いくら化物でも、この状態からできることはそうそうないでしょうし」


 宗兵衛の言葉が終わるかどうかのタイミングで、妖精ペットが吠え、体を大きく振り回す。凄まじい遠心力で、一騎は骨刀から手を離して大きく吹き飛び、地面に叩きつけられた。強かに背中を打って息ができなくなった一騎が見たものは、腹の口を開く妖精ペットだった。地獄の蓋が開く、なんて古い表現を一騎は思い出す。ごぼごぼと奇怪な音が広間に響く。


「まずい! 避けろおおおぉっ!」


 地面に転がったままの一騎が絶叫する。妖精ペットは大量の液体を吐き出した。消化液なのか溶解液なのか、妖精ペットが吐き出した液体は地面や壁に触れると同時に、異音と異臭を伴って悉くを溶かしていく。首なし騎士も動く鎧も単眼巨人も必死に身を躱す。


 絶望的なのは一騎だ。頭上に、広範囲に亘って消化液が広がっている。逃げ場はない。全身に浴び、数秒後には欠片も残さず消え去るだろう。


「くっそおおぉぶべごっ!?」


 助けたのは宗兵衛だった。振るわれた右手の骨鞭が一騎の体を叩いて弾く。一騎は数メートルを転がり、消化液の攻撃範囲から脱することができた。代償は宗兵衛の右腕だ。消化液の直撃を受けて、きれいになくなっている。倒れたままの一騎が声を張り上げた。


「おい、宗兵衛!」

「別に問題ありませんよ」


 落ち着いた言葉通り、宗兵衛の右腕は瞬時に再生された。


「         」


 妖精ペットの腹の口から怒りの絶叫がほとばしる。体幹に開いている両目も宗兵衛を睨み据えている。明らかに最優先目標として宗兵衛を捉えていた。


「あいつ、どう見てもお前をロックオンしてるな、宗兵衛」

「本当、ご免被りたいですね……それで、常盤平、まだ策はあるのでしょうね?」

「あるぞ。色々とやばい橋を渡らなきゃならんけどな。一つ確認なんだが、宗兵衛」

「なんですか?」


 一騎は倒れたままなので、宗兵衛が耳を近付ける。


「……どうですか、『導き手』? できるのですか?」

《問題なく可能です》

「なら、なんとかなりそうだ」

「接近する必要がありますよ。今の君で大丈夫とは思えませんが」


 宗兵衛の指摘に一騎はニッと笑う。


「作戦は『導き手』さんを通じて行う。頼りにしてるぞ、相棒」

「もちろんです。僕に対しては揺るぎのない全幅の信頼を寄せるといいですよ?」

「微塵も信用できなくなったんだけど!?」


 ふざけているのは余裕ではなく、互いに表出しまいと決めての行動だ。


「正念場ですね、よろしく頼みますよ、『導き手』」

《了承。主の考えはすべて対応可能です》


 宗兵衛の魔力循環が加速、骨折を連想させる音と共に、左右二本の腕を新たに作成する。都合、六本の腕を持つ異形となった宗兵衛も内実は楽ではない。消化液で消された腕も再生しただけであって、再生や腕作成に用いた魔力までは回復していないのだ。一騎も先の戦いでの消耗が響いている。首なし騎士らも五体満足なものは一人もいない。


 絶体絶命、なんて脳裏に浮かんだ四字熟語を、頭を振って追い出す一騎に妖精ペットの尾が向いた。二つに割れた先端には巨大な炎。


 四肢の砕けている妖精ペットの攻撃方法は限られている。消化液の放出、尾での薙ぎ払いや振り下ろし、尾からの火炎だ。妖精ペットの広範囲への火炎放射、よりも早く宗兵衛が動く。


 六本の腕に尋常ではない魔力が循環、地面を砕くほどの踏み込みですべての腕を振る。振り抜かれた腕から発射された骨弾は瞬時に音の壁を破った。超音速の弾丸は残らず妖精ペットに着弾、妖精ペットはこれまでは明らかに違う叫びを上げた。周囲を威圧するそれまでの咆哮ではなく、ダメージへの反応としての叫びだ。


「なんだ? 宗兵衛の奴がどうしたかわかりますか、『導き手』さん?」

《主が作成した弾丸は貫通力はありませんが命中後に弾頭が体内で破裂し、激しい裂傷を作って殺傷力を高めるといったものです》

「待て待て待て! 国際条約で禁止されている弾丸にそんなのがあったぞ!?」


 一本の腕から五発、六本の腕で計三十発が一度に放たれる。しかも骨は即座に再生、次弾を発射ができるのだ。


 強力な一手だが問題はある。骨弾は魔力が続く限り無尽蔵に作り出すことが可能、しかし宗兵衛自身に長期戦に耐えうるだけの余力がない。骨の変形や再生に大量のスケルトン生成など、戦闘に伴って大量の魔力を消費している。六本の腕も一振り毎に亀裂が生じ、一本、また一本と砕けていく。が、宗兵衛は残弾が残りわずかになりながらも攻撃を緩めない。


 いかに妖精ペットが頑強極まりない肉体を持っていようと、たまったものではなかったのだろう。身を捩り、戦いが始まって初めて防御と回避の行動を採る。役に立たなくなった両腕を振り上げ、力任せに振り下ろす。その反動を利用して大きく跳躍した。


「どおおおおぉぉりゃあああぁっ!」


 倒れたままだった一騎が憤然と立ち上がり、助走をつけ、妖精ペットを追うように飛び上がる。


 なんて無様なんだ、と一騎は自覚していた。せっかく転生したのに、せっかく自分の手で決着をつけるタイミングが回ってきたのに、決め技もなければ、格好良く登場することもできない。


 この行動にあえてスキル名をつけるとするなら「ゴブリンダッシュ」から「ゴブリン大ジャンプ」への繋ぎ技といったところか。物語の主人公になるには、成分とか要素があまりにも足りない。


 妖精ペットの体幹の両目が一騎を射抜く。空中ではこれ以上体を動かすことは困難、四肢も動かしようがない。動いたのは尾だ。目障りなゴブリンを焼き殺そうと尾が持ち上がり、


「さあああぁぁせるかああぁぁっ!」


 気合一閃。荒巻が思い切り振り回した大剣が異様な唸りを上げて、妖精ペットの尾を斬り落とした。空中で妖精ペットは吠える。威嚇なのか戦意の表れなのか。


 とにかく、一騎の手は届いた。


 妖精ペットの頭部、突き刺さったままになっている骨刀に。両手で骨刀の白い柄を握る。歯を食いしばり、ありったけの魔力を骨刀に流し込んだ。


 宗兵衛が自身の骨の形状を魔力によって操作できるのなら、宗兵衛が創った骨刀もまた、魔力により形状を変えることができるのではないかと一騎は考えたのだ。『導き手』が肯定するまで、宗兵衛も考えていなかったこれが、文字通りの最後の手段。


 ズン、と音がして、妖精ペットの左大腿部から骨刀の先端が突き出て、そのまま地面に突き刺さった。


 空中に縫い止められる形になって尚、妖精ペットはもがき続ける。振り落とされそうになりながらも、一騎が強く両眼を閉じ、更に骨刀に魔力を込める。妖精ペットの全身至るところから白い棘が突き現れた。


「         」


 妖精ペットはこれまでで最大の息を吐く。


 全身を大きく動かし、消化液を撒き散らし、周辺への攻撃をやめない様は正に断末魔。妖精ペットの動きは少しずつ小さくなり、体を動かすことができなくなり、胸郭運動もなくなり、数分を経て、遂には二度と動くことはなかった。


 一騎たちの勝利だった。 

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